隧道作戦
カン!カン!カン!カン!
何度も鳴り響く鐘の音、あたりを駆け回る人々の声。突如俺の安眠は妨げられた。
これは……見張り台から?非常事態か!
族長の家から慌てて飛び出すとみんな武器を取って広場に集まっていた。
「ワイズさん!いったい何が起きたんですか⁉」
「おお、ワタル殿!どうやら敵襲のようだ」
「敵襲?いったい誰が」
「それはわからん。だが一番可能性があるのは……」
「新世界か!」
いつか来るとは思っていたが、思っていたよりも早かった。できればこっちの修業がもう少し進んでからにしてほしかった。
「敵の数はどうだ!」
「目視できる範囲で、
多すぎだろ!いや、フィロソ族が相手なんだし適正な数か?素の戦闘力だけでなく魔法の武器とかも持ってるわけだし。
「計134ですか……。アレスにいる悪魔は全員ここにきているようですね」
「結構な数はあそこにいると思っていたが、上級まで二桁もいたのか」
「ちなみにほとんどが精神干渉に特化した個体です」
なるほど。道理でみんなあそこまで操られていたわけだ。
「特化型ということは素の戦闘力はそれほどでもないってところか?」
「同じランクの悪魔と比べればそうですね。ただ、小悪魔は問題ないとして、下級や上級の精神干渉はここにいる何割かが影響を受けてしまうかもしれませんよ?」
操られて同士討ちとかになったら厄介すぎる。
「俺とか一番操られそうなんだが、対策とかってなんかあるのか?」
「安心してください。私がいますから(天使状態の私がご主人様に憑依すれば多少は上級の効果でも受けにくくなりますよ)」
誰かが聞いているかもしれないので後半は念話で教えてくれた。加護みたいなものか。
まぁぶっちゃけ俺のような弱いやつが操られるだけならまだましなほうなのだが。強いやつまで操られないようにするためには___
「ワイズさん!奴らは精神干渉に特化しています!近づかれるとこちらが不利になります!」
「精神干渉?よし、わかった。皆の者!弓や魔法で遠距離攻撃だ!決して奴らを近づけるな‼」
老人ロロ=ジオロは流浪の旅人にして知る人ぞ知る考古学者であった。
幼いころに古代遺跡から発掘された宝物の美しさにひかれて以来、独学で必要な知識を手に入れ、やがていくつかの学園の教授や研究員からは一目置かれるほどになっていた。当然教授に推薦されたことは何度かあったのだが、どこか一つの場所にとどまって講義をするよりも、自由気ままに各地の遺跡を目指して転々とするほうが性に合っていたので、すべて断った。とはいえ、時々臨時の研究員として働くことも何度かあったが。
数十年の月日がたったある日、ラプトレア王国のイニスで孫の一人、ロルが冒険者として活動し始めたという話を聞いた。早速会いに行くととても喜ばれ、お互い積もる話もあったので一晩中語りつくした。そろそろ実家で過ごしてほしいと注意もされたが。
数日後、一人の男から古い木箱に書かれた古代文字の解析をしてほしいと依頼された。なんでもその箱はとある資産家の蔵から発見されたものだったのだが、はたしてそれがどういうものなのかが誰にもわからず唯一手掛かりになりそうな古代文字を解読しない限りどう扱えばよいのか決めかねる、とのことだった。
二つ返事で了承してしまったロロは調べ始めてすぐに驚愕の事実を知った。この箱にはあの有名な勇者殺しの大悪魔『最凶』が封印されており、ここにはその封印の解除方法が記されていた。
慌てて問い詰めた彼はすぐさまこれを国王陛下の元まで渡し、だれにも触れさせないよう進言すべきだと主張した。
だが、いつの間に待機していたのか男が合図を送ると黒いローブの男たちが現れ、ロルとともに瞬く間に捕らえられてしまった。
どこかの廃屋へと連行された彼は、ロルを人質に取られ、解読を強要された。どうやら彼らはフィロソ族から箱を奪う際、不幸にも古代文字に詳しい人間を全員討ち取られてしまい途方に暮れていたらしい。
しかし、とっさのスキを突いたロロはどうにか自分の孫に木箱を持たせ、逃がすことに成功した。
古代文字を読めるものが現状自分しかいない以上解読が終わるまで殺されることはないと踏んでいたからの行動であった。
だが、万が一こうなることが起きた時のために羊皮紙に文字をすべて写し取っていたらしく、箱が戻るよりも前に早く読み進めるよう死なない程度に拷問を受け続けた。
古代文字に精通していない者はほとんどよく似た文字を同じ文字だと誤認してしまうことがある。だからここに書かれているものだけでは正確に読むことはできないと苦し紛れの言い訳を言ってからは、殴られることもほとんどなくなった。
十日も経たないうちにロルが捕まった。箱はフィロソ族に奪い返されたようだが。
再び人質をとった男たちは羊皮紙に書かれた文章だけですべてを解読できた場合はロルを開放、できなければ殺害。そして箱が手に入れば今度は他の家族を人質にとって同じことをやると言い出した。
封印が解かれれば世界がどうなるか分かったものではない。だが、目の前で拷問され続ける孫の姿に耐えられなくなり、とうとうすべての文章を解読してしまった。
満足した彼らは本当にその通りの方法で合っているのか確かめるために、ロロたちを連れてフィロソ族の集落まで向かうことを決めた。もちろんその場で何も起きなければロルを殺すつもりでもある。
箱がまた別の誰かに奪われていれば、そう願わずにはいられなかった。
フィロソ族の猛攻によってかなり数を減らすことができた。さすがに全滅とまではいかなかったが小悪魔と下級悪魔は瀕死寸前、上級もそこそこ消耗している。
「小悪魔16、下級悪魔26、いずれも瀕死、上級悪魔9、損傷あり!ここから接近戦!最後まで気を抜くな!」
ここから俺も頑張らねーと。本当は遠距離戦にも参加したかったが、火力不足で断念した。早く強くならないと。
(さすがに瀕死状態になれば精神干渉はほとんど気にしなくて構いません。上級はまだ気を付けなければいけませんが)
(あぁ。だが本当に気を付けなければいけないやつが現れたようだな)
少し離れた距離に魔法陣が浮かび上がった。ボス格のお出ましか。
召喚獣はこちらの世界に現れる前に魔法陣を破壊してしまえば出てこられない。だから何人もの人たちが弓や魔法で破壊を試みているが、残っていた小悪魔と下級悪魔が自分たちを盾にしてそれを妨げる。
結局魔法陣の破壊はかなわず、数秒後にそいつが現れた。
それはまさしく花だった。葉も茎もない。根っこはあるのだろうか?5枚の分厚い花弁は赤褐色で黄白色の斑点が存在する。その巨大な花の中心部からは5本の触手が伸びており一つ一つの先端がこれはまた巨大なハエとなっていた。
異形の怪物。上級悪魔の中でも上位の存在。その名もラフレシアのラトゥン。そしてその名の通り……
「あ゛、ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ー‼」
「ば、ばながぐざる(鼻が腐る)‼」
とにかく臭い。この場にいるほとんどがあまりの激臭にもだえ苦しんでいる。ワイズさんたちは何とか立ち上がっているが、このままでは上級悪魔とまともに戦うことはできないだろう。
俺もあんなふうになるところだったのか。
(ひょっとすると、俺が今までで一番お前に感謝したのがいつかと聞かれたら今日このタイミングだった、って答えるかもな)
(でも気を付けてくださいね。今はもう元の下級悪魔に戻っていますから、精神干渉への耐性も失っています)
奴が召喚されたタイミングでリオネには悪魔の姿に戻ってもらった。もちろん俺に取り憑いている状態のままで。そして嗅覚の支配権をリオネ側に移行させた。
あの匂いを臭いと思うのは悪魔以外のすべての存在。だが逆に、悪魔にとっては甘くてかぐわしい香りなのだそうだ。感覚を共有できるわけではないのでどれほどいい匂いなのかはわからんが。
ってこんなことしている場合じゃない。早く戻らねば。
(ほわ~……ご主人様ぁ、あと5秒だけ堪能_)
(ダメだ。早く中に入らねーと見つかるぞ)
(え~、けちぃ~)
まさか、酔ってるのか?
マジックアイテムが保管された倉庫に戻った俺は、状況を打破できそうなものがないかを再び探し始めた。俺の本領は強力なアイテムの無限使用。戦いたい気持ちはあるがそれは今じゃない、いや、これが俺の戦い方というべきだろうか。
問題なのはあの悪魔が放つ臭い。それさえどうにかできればあとはこちら側の勝利。そのために必要なのは……。
臭い消し……弱すぎる。俺しか近づけないし、俺だけじゃおそらく倒せないだろう。
威力強化が施された武器、頑丈な鎧……違う、今求めているのは攻撃力でも防御力でもない。
そうだ、スクロールは?あれなら強力な魔法が使える。
ファイアボール、アイススラッシュ……これじゃない。
アースバインド、マジックシールド……これでもない。
これは……トンネル?穴掘ってどうしろと。
広範囲の空気を清浄できそうなものがほしかったんだが、やはりなかったか。もういっそのこと攻撃魔法のスクロール使って正面戦闘するしかないか?顔が5つもあるんじゃ死角を狙って不意を衝くこともできないし。向こうも魔法使ってくるしマジックシールドも持っていくか。
本当は誰にも気づかれずに接近して向こうに攻撃させないまま一方的に集中攻撃ができたらよかったんだが、そんな都合のいい展開なんてあるわけがない。
……いや、待て。本当にそうか?
リオネの話だとあのハエ頭それぞれに自我がある。触手が届く範囲に限定されるが、範囲内であれば自由自在に移動が可能。体を透明にするか、5つとも同じ方向を向いているとかでない限り近づいた敵を見逃すことはない。死角はどこにも……いや、ひとつだけある!どこを向いていようが絶対に見えない場所が‼
スクロールの一つをもって駆け出し、近くに誰かいないか探す。
いた!
憑依状態のリオネに思念を送り、『流氷天使』で生み出した氷の槍で上級悪魔の側頭部を狙わせる。まさか本調子で動ける人がいるとは思っていなかったらしい油断した悪魔はよけることができなかったが、致命傷にはなっていないようだ。ま、当たり前か。
それなら、
上級悪魔の周囲に6本の触手バッカルコーンを5つ召喚、クリオネ型モンスターも1体召喚。それらを巻き込ませるように幾本もの氷の鎖で悪魔をがんじがらめにする。そして同時にバッカルコーンとモンスターによるドレインタッチを発動。急速に魔力が奪い取られていく。だがこれで倒せるとは思っていない。しばらくしないうちに拘束を振りほどくだろう。なのでとどめは、
「今だ!」
「あ、あぁ‼」
巨大な戦斧の一撃が悪魔の首をバッサリと切断した。
(すまない、助かった)
「礼は後でいい。協力してほしいことがある」
見るからに苦しそうなのでアイコンタクトとジェスチャーだけで感謝を伝えられた。
ガレイさんを連れた俺は人通りがほとんどない地点を見つけ、そこでスクロールの封を切り、魔法を発動させる。
「『トンネル』」
魔法名を唱えた瞬間地面から地下へ斜め下に伸びるやや大きな穴が出現した。それと同時に薄茶色だったスクロールは見る間に灰色へと変色した。使用済みになるとこうなるのか。
(何をするつもりだ?)
「ここからあの花悪魔の魔法陣まで移動します。まだ魔法陣があるということはそれを破壊すれば魔界に送還できるはずです」
植物の姿をしているからか幸い魔法陣からは一切移動できないらしい。その分倒すことが難しいようだが俺の目的は奴を倒すことじゃない。箱さえ守ることができればそれでいい。組織の奴らはできれば確保したいが贅沢は言っていられないので倒す方向だ。初めて人を殺すことになるかもしれないわけだが、ここは覚悟を決めるしかない。
思考を切り替え、花悪魔の位置を確認して穴の中へと進む。傾斜はそこまでにならないよう設定したので転ぶ心配はないだろう。
奥へ奥へと進み、行き止まりになったところで『再使用』を発動し、今度は地面と平行になるようにトンネルを作る。
だいぶ距離が近づいたと思うが、あとどれぐらいだろうか。
通常なら一度地面に顔を出して確認しなければならないが。
(もう少し先、あと10mほど進んでください)
ここにいるリオネを含むラトゥンの眷属たちは主のおおよその位置がなんとなくわかるそうだ。加えて、上級悪魔ともなれば莫大なエネルギーの塊のようなものなので、眷属でなくてもある程度魔力の感度が良ければ壁越しであろうと近くにいればはっきりとわかるとのこと。やはり相手の魔力を感知する手段はあったほうがいいな。魔力のない生き物は存在しないわけだし。
(あっ、ちょうどこの真上です)
(ふむ……)
少し試してみるか。
空気中に微細な魔力の粒を大量に散布し、ゆっくりと拡散させていく。そしてそのまますべての魔力を地表へと通過させていくと違和感が生じた。
土よりもはるかに移動しにくい。そして魔力がつっかえている場所にある「何か」はよくよく意識を集中させると、ある一定の流れで循環していることがわかる。外側の形状は……円?そしてその内部を複雑に行ったり来たりと……そうか!これが魔法陣か!じゃあこのずっと流れ続けているものが魔力か‼
ということは魔法陣の中心は、ここか‼
頭上にスクロールで開けられた穴は紫色の幾何学的な文様で蓋がされたような状態だった。全体の模様を見ることはできないが間違いなく魔法陣だ。
うおっしゃあ‼
心の中で思いっきりガッツポーズをとった。
空中に集めた魔力の塊は制御こそしにくいものの、言って見れば手足のようなもの。意識して散布すれば感覚を拡張できるのではと思ったのだが……うまくいってよかった。
他人同士の魔力は混ざりにくい。だから魔力の通りが悪い部分には別の誰かの魔力がある可能性がある。感覚を拡張さえできればそれを感知するのはそう難しくは無い。
まあ、これで俺にできることがまた1つ増えたわけだ。
(おめでとうございます。まさか他人の魔力を感知できるようになるなんて思いもしませんでした)
……つい忘れかけていたが、俺の心は終始こいつに覗かれているんだった。
なんか恥ずかしーな。穴があったらってもう入ってるな。
気を取り直すようにマナポーションを飲み干した。
「え、えーっと。悪いけどガレイさん。ここからあの魔法陣をはか…い……」
振り返ると、そこにはとても窮屈そうに身をかがめていたガレイさんがいた。
「……。」
「どうかしたのか?」
「いえ、とにかく今のうちにあれを破壊してください。ガレイさんほどの身長なら全く問題ないですよね?」
「ああ、任せろ」
位置を入れ替わったガレイさんはようやく圧迫感から解放されたといわんばかりに軽く伸びをし、そしてそのまま戦斧による連撃であっという間に魔法陣を粉々にした。
この人はいろいろと俺にはないものを持っている。強さとか外見のかっこよさとか、身長とか。
なんかすぐ近くから化け物の叫び声が聞こえたような気がしたが特に耳に入らなかった。
思わずため息をついてしまった。
(あの、そんなに気にするほど背が低いとは思いませんけど)
(いや、自分でもわかってはいるつもりなんだが……)
「お前のもくろみ通り悪魔はいなくなったようだな。……よし、すぐに戻ろう。倒して送還させたわけではない以上まだほかの上級悪魔が残っているはずだ」
「あっ、はい。そうですね」
そして地上に出た俺たちは急いで集落へと駆けていった。
(そんなに気になるなら高身長の提供も契約内容に含めましょうか?)
(いや、魔法やそういった手段で伸ばすのは負けた気しかしない。ありのままの俺を認めるしかねーんだよ)
ガレイさんの背中を見つめながらそう返した。
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