模擬戦闘

「ふむ、話に聞いていた勇者とはお主のことか」

「はじめまして。ワタルと申します」


集落に無事着いた俺たちは今、族長と家の中のとある一室で向かい合っていた。


彼らの家は簡易的な一階建ての木造建築でほとんど同じ形だ。族長の住んでいるところが一番大きいがそれ以外の相違点は特にない。


そして衣装だが……普通だった。普通に街の人が着ているような上着やズボンあるいはスカート。狩から帰って着たのか革鎧をその上からつけている人も何人かいた。族長のものは少し豪華という感じだがやはり街の人の格好に似ている。もっとザ・民族衣装という感じを期待していたのだが……残念だ。まあよく他の街と交流しているんだから他所から買った服を着ていても不思議ではないのか?


閑話休題。


ここにいるのは俺とリオネ、フィア、ガレイ、そして族長の5人。ちなみにフィロソ族には俺とリオネはあくまで客人とだけ伝えられている。今はまだ、の話だが。


 それにしても族長の両目が白髪交じりの長髪のせいで全く見えない。しかし、なぜだろう。とてつもない目力を感じる。もし髪で隠れていなければ直視できないのではないだろうか。だから隠しているのか?でもちゃんと見えているのか不安になる。


 「ふむ。……ところで、もしやお隣におられるのは天使様であろうか?」

 「はい。おっしゃる通りわたくしは天使族が一人、リオネと申します。現在は勇者であるワタル様の従者ですので彼より下の扱いで結構ですよ」


 族長から感じるオーラが一瞬増した……ような気がする。


 「なんと。天使様が直接勇者の力に」


 そりゃ驚くよな。この世界じゃ神や天使は基本的に下界には不干渉。せいぜい信者のうちの何人かに神聖魔法とか回復魔法のスキルを与えるぐらい。降りてきたことなんてもう数百年もないとか。


 そういえば俺のような召喚型の勇者と違って現地型、つまり生まれも育ちもこの世界の勇者は神が任命するものだよな?となるとグリングルド領滅ぼそうとしている奴も神が任命した者の一人というわけだが、神の目的は魔人の殲滅なのだろうか。


 「では改めて。お二人ともよくぞ参られた。私の名はワイズ=フィロソ。今宵は盛大に宴を開くのでどうか楽しんでもらいたい」


 いや、別にそこまでしなくても。というか俺酒飲めない。少なくとも二十歳までは飲みたくない。まあ無理に断るのも悪いしご馳走だけいただくとするか。


 「それでだな……。今回勇者殿がこちらに参られたのは我々とともにこの木箱を守るため、ということでよいのだろうか?」

 「はい。それと、一つお願いが」

 「お願い?我々にできることであるならば構わぬが。一体どのようなものかな?」

 「実は__」


 俺は知っていることをほとんど話した。自分が魔人たちによって召喚されたこと。勇者が世界征服をたくらむ秘密結社の仲間であること。箱を狙っているのもその組織であること。リオネが悪魔であることは話さない。知られたら厄介なことになる。


 しばしの沈黙の後、族長が口を開いた。


 「なるほど……。今代の勇者には何かあると思っておったが、まさかそのようなことを」


 どうやらフィアやガレイさんも薄々気づいてはいたようだ。だが恐らくそれも当然だろう。小悪魔や下級悪魔の精神操作は自分より上の実力者であれば簡単にレジストできる。干渉さえされなければ勇者の行動や街の雰囲気に疑問を持つのにそう時間はかからないはずだ。


 他にもレジストできている冒険者と言ったらフィアと同じパーティーメンバーのレギンさん、セメリーさん、ウィル君ぐらいだろうか。


 あいにくとモンスターが少ないせいで強い冒険者はほかの町に行ってしまっている。というか、そもそもあそこにいる冒険者の数自体が少ない。リオネいわく、だから最初にターゲットに選ばれたとか。勇者が派手に暴れていたのはその下準備だったのか。


 ちなみに、なぜレギンさん達に協力を求めなかったのか理由を聞いたところ、今までモンスターばかりと戦ってきた人達は、いきなり人間と殺し合いをしようとしても本来の力をうまく発揮できなくなるかららしい。


 戦いのことはよくわからないが、多分そういうものなのだろう。やはり誰だって最初は躊躇してしまうのかもしれない。


 「フィロソ族はマジックアイテムや魔法が込められた武器の生産が得意だと聞きました。ですからその中から少し譲っていただけるか料金を分割後払いで売っていただけるとありがたいのですが」


 木片で稼げる額なんて大した量じゃないが真面目にやれば数年後には返せる……はずだ。どれほど高いか全く知らないからかなり不安だが。


 「……お主は魔人達を助けたいようだが、それを成し遂げるだけの力はあるのかね?確かにここには強力なものがいくつかそろってはおるがさすがに勇者に対抗できるかどうかはわからんぞ」


 この人は再使用俺のスキルのことを知っている。無論唯一無二オンリーワンのことも。そのうえで聞いてきたわけだ。つまり、マジックアイテムを使いまくっても勝てるかどうかは怪しいということだ。


 「残念ながら私自身は大した力を持っていません。できることと言ったら消耗品をほかの人よりも長く使えるだけ。多分歴代最弱の勇者だと思います」

 「つまり、負けて死ぬ可能性が高いということだな」

 「はい」


 昔の俺なら考えられないことだな。自分の命を捨ててでも誰かを守ろうだなんて。いや、弟のためならいくらでも死ねたかな?


 「怖くはないのか?」

 「もちろん怖いです。今でも死にたくないという気持ちでいっぱいになることもあります。でも__」


 「__ここで何もしなかったら私は自分を許せません。後悔してもしきれません」


 「まだ数回しか話したことはありませんが、あの魔王は私が戦わなくても恨まないかもしれません。むしろ死なせずに済んでよかったと思うかもしれません。でも誰かから恨まれるとか恨まれないとか関係ないんです」


 「たとえ自分が無力だったとしても、自分が何かしてもしなくても結果が変わらないのだとしても、助けてほしいという願いを突っぱねて、その後助けを求めた人たちが死んだとしたらどうしようもないくらい嫌な気分になります」


 あの時の俺はこの世界の情報をまったく知らなかった。だから彼らが言ったことが本当かどうかなんて判断のしようもなかった。それに、初対面の人間をすぐに信じるのもそれはそれでどうかと思う。だからグリングルドから離れようとしたその決断は正解ではないものの間違っていたとも一概には言い切れない。


 だが、今はもう知ってしまっている。勇者のほうが悪だと。魔人たちは冤罪をかけられているのだと。


 やらなくて後悔したことがどれほどある?やって後悔したことは本当にあったか?


 「勇者殿?」


 おっと、少し黙りすぎていたか。


 「ああ申し訳ありません。えっと、もちろん新世界ネオヘイムから封印の箱を守ることにも協力はします。ですが、勇者がアレスに帰ってくるなどの情報が入り次第、グリングルドまで向かって魔人たちと共に戦うつもりです」


 俺は深々と頭を下げた。一拍遅れてリオネも。


 「無理は承知でお願いします。どうか私にマジックアイテムを譲ってはいただけないでしょうか」



 どれほど沈黙が続いただろうか。


 「ふむ。勇者殿、これから模擬戦をしないかね?」

 「?模擬戦、ですか?」

 「うむ。あちら側の勇者は話によると銀ランクと同等の戦力になるらしい。の話だが」


 俺という例外を除いて、勇者の恐ろしさは身体能力や獲得できるスキルの多さだけではない。尋常ではない成長速度だ。たとえ最初は勝てたとしても一度こちら側のスペックを超えられてしまったら、もうどれだけ鍛錬を積もうと勝負にすらならないという話まである。


 つまり、勇者とは時がたてばたつほど倒せなくなる存在なのだ。


 「ここには私も含めて何人か銀ランクと同レベルな人がいる。フィアは実際に銀ランクだな」

 「えっと、つまり、銀レベルを相手取れるかどうか確かめるということでしょうか?」

 「その通りだ」


 これはいい機会だな。フィアたちとまともに戦えないようでは絶対に勇者を倒せない。


 「わかりました。こちらはどのタイミングでも構いませんよ」

 「では、さっそく始めるとするかな」

 「族長。それならば私が彼の相手をしましょう」


 挙手をしたのはガレイさんだった。










 ワタルとガレイが広場の中央へと向かい用意された訓練用の武器から各自選び始めた。


 集落にいるものはみな彼が誰なのかは知らないでいたが、この中でも指折りの実力者が相手をすることにそこそこの興味を持っていた。


 彼らとリオネが二人を囲うような形で見守っている中、少し離れている位置にいたワイズとフィアが誰にも聞かれぬよう小さな声で話し始めた。


 「フィア。お前のことだからとっくの昔に『解析』は使ったのであろう?彼女は本当に天使なのか?」

 「間違いない。確かにあの子の種族は天使だった」

 「ふむ。だとすると疑問が生じるな。天使がわざわざ下界に降りて勇者の力になるという話は聞いたこともないが……」


 これまでにも神や天使が勇者の手助けをしたことは一応あった。しかしそれはあくまでお告げという物理的な影響を及ぼさないものであった。過度な干渉を嫌う天上の存在が目に見える形でここにいる。それはイレギュラー中のイレギュラーであった。


 「もしこれが、神によって選ばれたにもかかわらず大した力を得られなかった、ということであるならば可能性としてはなくもないかもしれん。しかし、彼が人為的な手段で勇者になった以上あり得ないことだ」


 だからこそ、種族を偽装しているのではと思ったのだが。


 「スキルや称号についてはどうだったのだ?何か妙なものはあったか?」

 「ごめんなさい。事前に私がどんなスキルを持っているのか知っていたみたいで__」



 リオネと出会ったとき真っ先に『解析』を使おうとしたのだが……。




 (種族は本当に天使みたい。『鑑定』と違って偽装系のスキルにも強いからほぼ間違いないけど……でも本当に?)

 「あの、わたくしの顔に何かついてますか?」

 「っ!ううん、何でもない。少し見とれてしまっただけ。あまりにもきれいな姿をしていたから」

 「そうでしたか。ありがとうございます。でもあまり見つめないでくださいね。まるで自分の内側スキルや称号を勝手にみられているみたいで複雑な気分になりますから」

 「ごめんなさい」

 (気づかれてる!)


 結局『種族:天使』より下の項目は一切見ることができなかった。


 彼女は知る由もなかったが、リオネは木から飛び降りる前にワタルの精神に干渉することでフィア達の情報をある程度入手していたため、難を逃れることができたが、もしそうでなかったら今頃魔界に強制送還フルボッコにされていたのではと本人は内心ぞっとしていた。


 「お爺様も『真偽の魔眼』使ったんでしょう?どうだったの?」


 ワイズのスキル『真偽の魔眼』は目視した対象の嘘を見破ることができる。


 「何の反応もなかった。彼らが言っていたことはおそらく本当だろう。彼女が天使であることも、勇者を倒して魔人を救いたいという気持ちも」


 なお、彼のスキルは嘘さえ言っていなければ何も起きないため、決して万能ではない。あいまいな表現や質問を質問で返すなど、相手をごまかす手段は他にもあるからだ。ゆえに、彼自身はそこまで自分のスキルに期待していない。だからこそリオネが天使という言葉が本当かどうかフィアに来てみたのだが……。


 『流氷天使クリオネ』の能力が偽装ではなく、変更であったのはまさに奇跡であっただろう。


 「じゃあどうするの?」

 「何かはあるのだろうが……ひとまず様子を見るほかあるまい」

 「あっ、始まる」


 いつの間にか二人とも武器を選び終え、向かい合っていた。


 「ガレイが勝つとは思うが……、果たしてどんな戦いになるかな?」

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