自重決定

 「はぁ、……なぜ俺たちがこんなことを」


 「何言ってるんですかガレイさん。なぜも何も完全に俺たちが悪かったんですからこれぐらい当然ですよね?」


 「うっかりしていた。あそこは止めるべきだった」



 俺たち三人は今、冒険者の酒場で働かされていた。


 どうしてこうなったか、話は数十分前までさかのぼる。



 俺が出した障壁はガレイによってひびが入った。


 ピキィィィン!!と思いっきりいい音を立てて



 で、その音があまりにも大きすぎたため、たまたま厨房で洗い物をしていた給仕の女の子が驚いてうっかり手を滑らせ、皿を落として割ってしまった。


 さらに、今は人が少ないとはいえまったくいないわけではなく、音を聞きつけた冒険者やギルドの職員たちが慌てて駆け込みちょっとした騒ぎになった。まさかここまで大音量だったとは。


 当然俺たちは酒場の女将さんや職員に説教されたのだが、特に女将さんが怖かった。鬼って本当にいるのかって思ったぐらいだ。


 そして女将さんからペナルティとして今から一日中ここで働くよう言い渡された。もちろん無給かつ無休で。あ、別に狙って言ったわけではない。


 「すみません。私のせいでこんなことになってしまって」


 さっきの給仕の人が食器を拭きながら謝ってきた。


 「いや、別にそっちが謝る必要はないだろ。原因を作ったのは俺たちだし。それに、公の場で騒ぎを起こしてこれぐらいで済むんだったら安いもんさ」


 皿を洗いながらなんて事のないように答える。


 ほかの二人は今荷物運びでそのあとは掃除らしい。銀ランクだからって大目に見たりはしないんだな、あの女将。そういう人って結構いいよな。


 「それはそうかもしれませんけど…」

 「ところでけがとかなかったか?」

 「あ、大丈夫です」

 「そうか、ならよかった」




 ……やばい。


 何がやばいって、俺の隣に美少女がいるんですけど!


 しかもこうやって二人で並びながら会話してるんですけど!!


 これはあれか?異世界に来て美少女ヒロインと出会うイベントがついに俺のところにもやって来たってことか!?……って、なわけねーだろ。


 非モテが異世界に飛ばされていきなりモテるだなんてただの幻想だ。そんな都合のいい話なんて存在しない。


 ちらりと横目で彼女を見る。


 濃紫の長い髪と翡翠色の双眸、うっすらとした桜色の唇、聞いていて心地よくなるようなその声、そして何よりあの見ていて癒されるような一つ一つの表情、仕草……。 


 釣り合わねーな、俺とこんな可愛い子とじゃ。他の人だって目を付けないはずないし、それにもうすでに彼氏持ちかもしれない。


 そもそも俺は仮に誰かと付き合えたとしても、その子を幸せにできるかといえばノーに近い。


 どうせ俺なんて…っていかんいかん。またネガティブ志向のループにはまるところだった。


 最近はもう完治していたと思っていたんだが、まだまだ油断はできないようだ。


 こういうのは一度はまるとエスカレートするばかりで心が沈んでいく一方だ。切り替え切り替え。


 吸ってー、


 吐いてー……。


 よし、問題ない。雨宮渡、お前はやればできる男だ。自信を持て!


 「?どうかしましたか?」

 「ん?あぁいや、まだやり始めたばかりだから気合い入れていこうと思ってね」

 「あぁ確かに。この量だと気合入れていかないとやってられませんよね」

 「まぁね」


 初めて見たよ。こんな山積みされた食器。ピーク時はめちゃくちゃ人来るよなこの酒場。今日は俺が遅い昼飯食いに来た数十分前までまだたくさんいたらしい。そりゃ大変だ。



 「そういや、別にここ以外にも飲食店って何件かあるよな?」

 「えぇ、ありますね」

 「冒険者の俺が言うのもなんだが…、なんか冒険者ってほとんどここばっかり利用してないか?」


 俺は早くこの街になれるためにどこの店も同じぐらいの頻度で行っていたが、ここ以外だと冒険者の姿をあまり見かけない。


 「多分、ここではかわいい子がたくさん働いてるからだと思いますよ」


 あぁ、所詮そんなもんか。


 確かに、初めてここに来たときはどっからこんなに集めてきたってツッコミたくなったし。


 ただ、個人的には他の店の子も負けてないと思う。



 「まさか美人じゃないと採用しないとかそんなルールでもあんのか?」

 「いえ、たまたまじゃないでしょうか?」

 「そりゃそうか」


 別に本当に気になったわけではない。ただ会話を続けたい、それだけだ。あ、もちろん仕事はちゃんとしているので問題ない。


 そろそろ名前聞いてもいいだろうか。


 自分から聞いたことってほとんどないが…悪いことでもないんだから躊躇する必要はない。


 さぁ勇気を出せ渡!お前ならでき_


 「あの、そういえばお名前は?」

 「えっ?あ、あぁ、名前ね。俺はワタル。そっちは?」


 うぉぉぉぉ!先に聞かれてしまった!


 やっぱ迷ってたらだめだな。男は度胸。今度そういう機会があったら今度こそ自分から聞こう。


 「ノルンです。よろしくお願いしますね、ワタルさん」

 「ノルンか。こっちこそよろしくな」


 ここは「いい名前だな」って言うべきなんだろうか。


 「おいお前たち、口だけじゃなくてちゃんと手も動かしているんだろうね?」


 げっ、さすがに少ししゃべりすぎたか?


 「あ、大丈夫ですよ女将さん。もうほとんど洗い終わりましたから」

 「ずいぶんと早いね」


 少し身体強化でペースアップしたからな。


 鍋とかでかいもん持ってても大して苦にならなかった。


 この世界で一番応用が利く魔法かもしれない。ほかの魔法大して知らんが。


 「ふむ、ちゃんと丁寧にできてるね。こういうの慣れてるのかい?」


 女将さんが食器を何枚か手に取った後尋ねてきた。


 「えぇまぁ。俺は冒険者を名乗ってはいますけど、実質便利屋みたいなことしかしてませんから」

 「モンスター討伐はされないんですか?」

 「今はまだやらないつもりだ。昨日モンスターでもない普通のクマと戦ったけど、すぐに倒せなかったし。もっと鍛えないとだめだな」


 瞬殺できるぐらいには強くなりたい。


 「あんたひょっとしてソロかい?」

 「はい、そうですが」

 「クマを一人で倒せるなら、スライムとかいけそうだけどねー」

 「そうなんですか?」


 この世界のスライムは弱いのか?


 あのモンスター、作品によって最弱だったり厄介なほど強かったりでバラバラすぎるからどうしようか迷ってたんだよな。


 木片の依頼書に討伐依頼があったから弱いほうだと思ってはいたんだが…、だからと言って安心はできない。


 最弱のゴブリンに冒険者がやられる話も前の世界でそれなりに読んだことがあるしな。どんな相手だろうと絶対に油断はできない。


 「ま、それより格上だとパーティープレイにするべきだけどな」


 パーティーか。……俺この世界でも知り合い少ないんだよな。


 フィアたちに誘ってもらう…いやレベル差ありすぎて足引っ張るだけになる予感しかしない。


 「そうですね。少し考えてみます」

 「あぁ、最初のうちはなるべくたくさんの奴と組んどきな。人とのつながりってのは思ってもいないところで役に立つことがあるからね」


 うぅ、なるべくたくさんか。一生の間に何人と知り合いになれるだろうか。


 あっ、もう洗い終わった。


 「ほかに何かすることってありますか?」

 「そうだねぇ、あんた料理はできるかい?」

 「まぁ、それなりには」

 「じゃあ、さっそく向こうの方手伝ってもらうよ」

 「わかりました」

 「それとノルン。いつまで同じ皿ばっかり磨いているんだい?」

 「えっ?あっ…」





 閉店時間になり、俺たちはようやく解放され、ギルドの外に出た。


 ここは遅くまでやっているので、終わった途端どっと睡魔に襲われそうになった。


 結局フィアたちとは話せる機会があまりなく、明日またここで会う約束だけした。


 「今日はお疲れ様でした」

 「ふぁーあ…。…ん?あぁお疲れ」

 「いつもひどく疲れてるように見えましたけど、冒険者の仕事って大変なんですか?」

 「えっ、いつも?」

 「はい、私夕方からが接客の仕事で、ワタルさんのこともたまにお見掛けするんですけど…疲れた顔しか見なかったのでそうなのかなって」

 「……ひょっとして何度か俺のところに注文聞いたり料理持ってきたりしてた?」

 「はい」

 「…いつからここでバイトしてた?」

 「半年ぐらい前からだったと思いますよ?」

 「……そうなんだ」



 チッキショー!全然気が付かなかった!


 もっと早くから出会ってたのかよ。覚えてないとかもったいなさすぎるだろ。



 「いや、仕事はそれほどでもないんだが、四六時中魔力使ってるせいで夕方以降は疲れて仕方ない時がほとんどなんだよ」


 こんなことならもっと休むむべきだったか?そうしたらこの子のこともっと早くから気付いていたかもしれないし。


 いや、今まで頑張ってきたからこそ今の俺があるわけだし…。


 「そんなにずっと何に使ってるんですか?」

 「魔力って消費するほど使える量が増えるだろ?だからいつもほんの少しだけ身体強化したりとか、服の下に薄く障壁張ったりとか思いついたことをいろいろ試してるんだ。例えばこんな風に」


 そういいながら右腕に魔力装甲を出現させてみた。


 あ、やっぱ驚いてる。この世界じゃ珍しいなら、自重も考えておこう。


 「もしかしてあの時の音って、マジックアイテムの誤作動じゃなくて…」


 念のため、一応あの場にいたものにはそういう風に説明した。


 「いろいろって言ってましたけど…、魔力系のスキルそんなに持ってるんですか?」

 「いや、まったく。でも、そんなのなくても俺がさっき言ったようなことは誰だってできるぞ?」

 「そうなんですか?」


 そうだ。


 「思ったより便利で簡単だし、もしよければ教えるけど」

 「えっと…、じゃあぜひ」


 よし。


 そしてその後、時間も時間なのでノルンの家まで歩きながら教えることにした。


 まさか、「じゃあ今日はもう遅いし、歩きながらにしようか。ほら、女の子の夜道は危ないし」って言ってすんなりオッケーが出されるとは。


 普通は、明日にしましょうとかそういう流れになるのでは…。


 やはり彼女も一人で夜中に帰るのは心細いとでも思っていたのだろうか。




 一通り教えてみてわかったが、彼女は魔力制御が得意なようだ。


 「ひょとして魔法使えるのか?」

 「まさか。もしそうだとしたら私も冒険者になってますよ」


 ま、そうだよな。一つ使えるだけでも需要はかなりあるわけだし。


 よっぽど何か使ったらまずいようなことが起きるわけでもない限り、使わないのはもったいない。


 「これって全部ワタルさんが開発した魔法なんですか?」

 「開発って表現は大げさだけど、まぁそうだな」

 「……凄い。特定のスキルがなくても使える魔法だなんて画期的ですよ。ひょっとしてこれ以外にも何か考えていたりって…」

 「まぁ、まだ練習中のやつもいくつかは」

 「そんなに発想力が豊かだったら学者とか向いてますよ絶対。今のだけでも十分世間から注目を浴びるほどのことをしているわけですし」

 「いくら何でも言いすぎだ、って言いたいところだが…、そんなにすごいことなのか?」

 「魔法の知識なら多少ありますけど、それは間違いありませんよ。スキルなしで魔法を使おうっていう発想は誰も持っていなかったんじゃないでしょうか」

 「そ、そうなんだ…」


 となるともうこれ以上は誰の目にも見せない方がよさそうだ。騒ぎなんて起こしたら面倒だし。もう今日起こしてしまったが。


 練習は別に今のままでいいだろう。注目を浴びないよう注意してたし。


 過去のラノベの主人公は自重しなかったせいで次から次へと厄介事に巻き込まれる羽目になったが、俺はそんなことごめんだ。


 俺は平穏な毎日を送りたい。ハードな冒険など日常に求めたりはしない。


 そのためには必要以上に目立たないようにしなくてはならない。


 というわけで自重決定だ。

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