二度会える人
過去のお家騒動の話はここまでにして、放蕩生活を始められた理由と言いうべきか元凶というべきかは分からないが、とある一人の男を中心に話を進める。
あれはまだ自分が借りた教室で放課後でメダカを使った実験をしていたころの話。大学に入学して二カ月、平和にその実験をしていたのだが、その日常は突如現れた一人の変態によって壊された。
「ここに銀の名を持つ遊び人がいると聞いて来たのだが、あんたか！」
「……お前誰？」
無駄に元気だけ良い不届き者が入ってきて動揺し、三秒ほど誰か検索かけてみたが該当せず、首を傾げた。こんな底抜けに明るい人物が知り合い、または一度でも目にしたなら覚えてないははずもない。
不届き者は教室を一望して、腕を組みフムフムと頭を弾ませ「なるほど、あんたが銀の遊び人かぁ！」と無駄にデカい声で自己完結したのか雄叫びを上げた。
「うるせえよ！お前誰だよ！入室を許可した記憶はないぞ！」
勝手に彼の中では話が進んでるようで、単刀直入張りに本題を切り出してきた。
「なあ、俺の夢を叶えるために手を貸してくれ、頼む！」
これまた無駄に立派な深々としたお辞儀をして頼み込んでくる。自分からしたら何のこっちゃとしばらくシバシバと目を瞬かせることしかできなかった。
変にじらしても無駄に文字を消費するだけなので紹介するが、その人間こそが未来『出逢いと体験を提供する会社、魅音座』の名で世間に認知され、人間調香師などと呼ばれることになる松木戸幸之助。並びにファーストコンタクトであった。
細かいところを詰める前に、なぜ一介の大学生が大風呂敷を広げたかのように教室を借りられたのか、訳を話しておく。
まだ高校生だった時期。
余談になるが、別に高校を卒業した後すぐに社会人になっても良かったのだが、親父が「どこでも良いから大学に入って、やりたいことをやってみな。学費と仕送り出してやるから」と進学を強要され渋々入った。
結果、当時住んでいたアパートから最も近かった蒼穹大学に入るのを決め、そこそこの成績を取って卒業しようかと最初は考えていた。そう最初は……。
見学している時に気になる教室がいくつもあり、偶然にもその大学で理事をしていた
その話を聞いて、空き教室を借りることができるかと質問してみたら、蒼井氏は「六〇点ラインの赤点なし、一教科でも良いから最高点が八〇点以上、一定の単位を取ってくれるなら、良識ある範囲で自由に使ってい良いよ」と約束を取り付けることができたので、受験では本気を出し条件を満たす以上の成績を叩きだし、理事との約束に返事を出した。したがって自分は教室を借りれる権利を貰い、そこで次第に飲み食いするようになり、実質第二の拠点を手にすることができた。
だから、勝手に入ってくる者は管理者も除き不届き者と認識していた。
反応が返って来ないことに痺れを切らしたのか、再び不届き者は「自分の夢を叶えるために手を貸してくれ」とお辞儀し直す。対応に困った結果、「頭を上げろ、後ろ向け、開いてるドアの外まで出ろ」と句点を付ける都度、従順な軍人のように「はい！」と声を出し、外に出たのを確認してドアを閉め鍵を閉めて「帰れぇ！」と命令し、「了解！」と言ってそのままどっかに行ってしまった。
そして翌日の放課後。
「自分、二度と来るなと言ったよな」
「いえ、帰れと言われただけです。それに二度と来るなと言われても、ここに来るのは三度目なので従えません」
「お前なぁ……」
最初は会話をしているだけでも頭が痛くなったのは言うまでもない。無駄に執念深いは、トンチという名の屁理屈の上手さに翻弄され、気が付けばこのような日常が三週間以上も続いていた。このことを識ったとき、自分も大概だなと気が滅入るような、呆れるような不確かな感慨に襲われた。
こういう人間は別の人生の岐路を選んだとて、狙ったように降って湧いてくるのだろう。半ば諦めと抗いの感情が空中戦を繰り広げていたことを妙に覚えている。
さらに数日後。今日も放課後、アイツの対応をしないといけないのかと、律儀に待っていたが、そんな日に限って現れなかった。いつもならこの時間に来るだろうと思って、待てば待つほどに、イライラしてきて舌打ちが増え、貧乏ゆすりまでし始めて、何を思ったのか、自分はあの不届き者を探しに校内を回り始めた。
だが、見当もつかなかったので一度諦めて、自室に帰還した。そこにアイツがいるワケもなく、追い出していた立場なのになんだか青菜に塩をかけたような気分になった。きっと、すり鉢を舐めた猫の要蔵も泥棒猫に対し、そう思っていたのかと妄想する始末だ。
ブクブクと気泡が上がるメダカ水槽を見て、普段ならネットに転がっている記事とか論文を見て考察をしたり、実験をしていたが、気の迷いで学校の資料室に行こうと思い立ち足はそちらに向いていた。
そして、また彼と出逢えた。第一の目的を果たせたはずなのに気分は晴れず複雑な境地だった。目が合ってしまえば、きっと向こうも気まずい顔をすることだろう。しかし、アイツにはその未来が見えていないらしく、障壁だと言わんばかりに本を積み重ね、ずっと何かの書籍に夢中になっている。
もちろん、何を読んでいるかは気になったが、陽キャのようなチャラさやフットワーク、もしくはアイツのような毛の生えた心臓などは持ち合わせていなかったので、訊くにもキツイところがあった。
とはいえ、第二の目的となったメダカ、魚類図鑑は彼の背後にある。不可抗力的な場面なるが、一度決めたことは不可能じゃなければやるというポリシーがあるため、毅然とした態度をしながら目的の存在に近づいた。
ターゲットに気付かれず背後を取り、目的の物を取ろうと手を伸ばした。はずなのに何故か、その手は咄嗟に引き、駿馬のように身体を翻し、熟読している対象から書籍を奪い取った。挙句、自分はその書籍を開いてる窓からぶん投げ、意識が追い付くころには一羽の鳥となっていた。
自分でも理解が追い付かない行動を喰らった、もう一羽の鳥は文字通り豆鉄砲を食らった顔をしており、お互い落ち着くまでに五秒ほどかけ、松木戸は怪訝な顔で見つめ、「何の用だ」とごもっともの台詞を吐いてきた。
一瞬言葉が詰まりはしたのだが、この数週間勝手なことをされたんだ、と威圧的な態度を取り出てきた言葉は、
「あんなクソみたい経営学の本を読んでも、ロクな知識も学べねえよ。やるなら実践的な身の振り方だ！そこが出来なければ、いくら知性があろうが名声があったところでゴミだ！教えてやるから、明日も来いよ！」
自分でも驚いた。高校時代、二度と商売なんてやるかよと、看板を踏んだ食ったはずの自分だったはずなのに、バカ熱を上げてしまうとは。
いまさら勧誘するのはおかしいとは思った。けど、その声を待っていたと言わんばかりに幸之助はキラキラだどころかギラギラと目を輝かせ立ち上がり「是非！」と両手で右手を掴み、自分の腕は縄跳びかと思わんばかりに振り回した。
「ああぁああ、解った、解ったから、放——」せ、と言いかけた瞬間。
「何がが解ったのかしら……？」
声音でも解る怒りの感情。いつから、少なくとも自分がダイレクトシュートを決めていたころにはいたのだろう。そこには蒼井理事がいた。
「一体、ユガ君と幸之助君はここで何をしていたのか。話してもらおうかしら」
「「……あ、はい」」
蒼井理事に捕まった二人仲良くお叱りを受け、罰として三か月、校内の朝の清掃に駆り出されることになった。
こうして、師弟関係が生まれ、この後話す源遊会へとシフトする。そこの話はいろいろややこしいところがあるので、面倒くさいという人は結論だけでも参照してくれたら、今後の書籍においても理解は楽になると思うので続けてご覧ください。
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