Gang襲来 Ⅴ

「……やめておこう」

「っ!? 待てっ!」


 男の言葉を聞いた瞬間に、次に何をしようとしているのかを理解した。

 奴は、僕のギフトを脅威だと認めたことで、蟻を倒されないようにすることよりも、自分の身の安全を優先させようとしている。

 加速して追いかければ逃げられることなどない。しかし、それは僕とエレオノーラに対して邪魔をする相手がいなければ、だ。


「後ろっ!」

「え? きゃあ!?」

「やっぱりまだ残っていたか」


 エレオノーラの背後にあった穴から、再び巨大な蟻が這い出てくるのを確認しながら、加速してエレオノーラを抱きかかえて逃がした。

 蟻に注意しながらちらりと後ろを見ると、ギャングの男は既に遠く離れた建物の上を走っていた。今から加速して追いかけても、もしかしたら僕の方が息切れするかもしれない。それに、このまま蟻を放置しても、周囲に青の騎士団の団員はいないのでやりたい放題されてしまう。ここは、蟻を優先するしかない。


「エレオノーラは後ろに」

「なっ!? あの男を逃がす気なの!?」

「でも、この蟻をなんとかしないと、この公園周辺に被害が出る」


 蟻が巣のような穴を掘って出てきたのは、都会の住宅地にある公園だ。このまま好き勝手に裏世界で巣を掘られると、現実にあるこの公園を中心に地面が崩落する危険もある。蟻をここに放った原因であろう男を追いかけるのは確かにしたことだが、何も知らずに見ることもできない一般市民を守るのも、裏世界に生きる者の務めだ。


「とにかく、前に出ないでくれよ!」

「待ちなさいよっ!?」


 エレオノーラの静止を無視して、俺は蟻に向かって突っ込んだ。




「何とかなった、か?」


 穴から無限に出てくるのではないかと思うほどの数を相手にした僕は、ギフトを使い過ぎたことで、全力疾走した後のように肺が痛かった。ただ、身体を酷使した甲斐もあって、蟻はなんとか全滅できたみたいだ。実際に巣の中に入り込んだわけではないが、穴の中から音も響いていない。


「男には逃げられたわよ」

「仕方ない。あた追えばいい」

「それができないから問題なんじゃない! ロッソが何年ビアンコを追いかけていると思っているのっ!?」


 それは僕にはわからないことだ。ただ、これほどエレオノーラが怒るということは、ただならぬ因縁ではあるのだろう。


「あいつらのせいで……イタリアは滅茶苦茶にされてしまうのよ!?」

「蟻を放置しても、ここは滅茶苦茶になっていた。優先順位を間違えてはいけない」


 エレオノーラが感情的になる理由も、なんとなくわかる。祖国を滅茶苦茶にする人間を野放しにして、自国を攻撃するからと蟻の駆除を優先する僕は、さぞ憎い相手のように思えるだろう。


「……失望したわ。日本とは、同盟なんて組めないわ」

「自国のことを優先しているのは、君も同じだ」

「っ!?」


 僕の反論になにか行動を示す訳でもなく、エレオノーラは走って行ってしまった。

 こればかりは、生きてきた国の違いでしかない。滅私奉公してまで他国を守りたいとは、僕は思わないからだ。

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