第47話 当日

 相手を見つけてからはだいぶ簡単だった。なにせ膨大なネットから無作為に探る手間が省けたのだ。そいつのことだけ知ればいいのである。手段はシンプル。まず張り付く。偽アカウントで声を掛ける。相手に取り入る。仲良くなる。


「……それでこの情報を手に入れたと?」


 俺がメモに纏めた情報を三鳩さんに見せたら、頭を抱えて呆れ顔を浮かべられた。


「名前に住所から……職場も電話番号も。彼がやってるゲームとか、購入品の一覧まであるじゃないですか」


 "彼"の情報はおおよそ掴ませてもらった。俺の演じる偽装アカウントのことはきっとだいぶ価値観の合う人間だと思ってもらっている。聞きたいことにはだいたい答えてもくれた。


「急ぎではあるんですけど」

「……クラックとか、そういう仕事もできるのでは?」

「流石に無理じゃないですか」


 俺がやったのは専門の人みたいなスマートに情報を抜き取る作業じゃない。泥臭く張り付きまくって仲良くなって"教えてもらった"だけだ。リープ前に仕事でこういうことをやらされた。当時は成績が良くても虚しいだけだったが、今役立つとはわからないものだ。


「購入品は一部ですけど、一番新しく買った物を見てもらえますか」

「これは……」


 三鳩さんがメモをめくった所。彼はわざわざサバイバルナイフを買っている。アウトドアな趣味なんてないのに。


「そいつ、ナイフを持って皆森に会いに行こうとしてるので」

「……!」

「絶対に皆森に危害を加えさせるわけにはいかない」


 彼はだいぶ古参のファンのようだ。水無月紗良が好きすぎて、もう崇拝の域に達していた。メリフレと水無月紗良にかけた金額も時間も途方もないくらいだ。ただそれゆえに、ここまで愛を注いだ自分に還元が無いのはなぜなのか? という歪んだ思考に染まっていた。


 皆森がライブ前にいる場所も特定していた。

 自分が会いに行けば、何か特別なことが起こるかもしれない。起こらないなら、凶器で持ってわかってもらうしかない。……そういう思考だ。


 であるならば、止めない謂れは無い。


 リープ前もそうだったんだろうか。あまり想像したくはないが。


「なので三鳩さん。ここまでやっておいてなんですけど、俺だけじゃ心もとないから、手伝ってもらえませんか」

「それはもちろんですが……榎並さんも当日は来るつもりですか?」

「だめですか?」


 三鳩さんが目を細める。


「ここ数日、学校にも休まれてますよね。それに、その顔は寝てない顔です」


 おっしゃる通りで、そこそこ学校は休んだ。もう少しで彼から話を聞き出せそうだったからだ。初めは学校にも行っていたが、彼は引きこもっているタイプの人間だったから、そういう生活タイプを装って共感を引き出したかった。

 寝てないのは単純にこの状況で寝れる図太さがなかっただけ。


「寝てなくても動けはします」


 こんなふらふらな学生一人がナイフを持った不審者の元に行くのは正直危ない。冷静に考えればそうだが、リープ前に実際起こったことを知っているのは俺だけだ。観測してないと不安で仕方ない。それに場合によっては偽装アカウントの事を明かせば動揺を誘えるだろう。できれば行きたい。


「お嬢様が心配されてましたよ」

「う……」


 それを言われると痛い。一応、家族と夜宮や皆森を含め学校の友人たちにはどうしてもやりたいことがあって引きこもるが心配しないでくれとは伝えていたけど。


「……その後は普通に学生やりますよ」

「学生をやるなんて、学生じゃないみたいな言い草ですが」

「真面目に登校します」

「そうですね。そうしてください」


 三鳩さんが溜息を吐いた。俺を除けば、実は三鳩さんに一番心労で負担をかけているかもしれない。


「絶対に前に出ないでくださいね」

「承知です」


 そうしてライブ前は勝手に皆森の護衛をすることが決まった。



 ◇



「あれ!? 榎並くん!? なんでここいるの?」


 ――当日。


 当日というのは俺の中ではライブの前日のことだ。

 その夜、皆森に会った。本当は会わなくてもいいかなと思っていたのだが、こそこそしていたら見つかってしまった。


 皆森はちょうど練習していた建物から出てきたところだった。かなり軽装だ。ウインドブレーカーを着てキャップを被り、いかにもトレーニングをしていましたよ、という風貌である。


「ど、どうして最近学校来てなかったの!? なんかふらふらしてるし!」

「え。昨日は一応寝たんだけどな……」


 一応、昨日は休日なので休んだ。まあ、あんまりぐっすり寝れる心境ではないから眠り自体は浅かったかもしれない。


 というか皆森は俺じゃなくて自分の心配をするべきだ。


「……皆森はちゃんと寝てるか? 明日本番だろ」

「それはそうだけど! ……もう! 終わったら絶対ちゃんと話聞くから!」


 ちょっと怒られてしまった。申し訳ない。ただこっちとしてもあんまり話をしている暇は無いのだ。皆森を無事に送り届けるのが使命なので。ここでもたもたしていると、彼が来てしまう。


 そこに見慣れたメイド姿の女性がやってきた。三鳩さんである。


「皆森さん。そろそろお帰りになられた方がいいと思いますよ」

「あ、はい。そうですね」


 三鳩さんがぺこりと俺に頭を下げる。ただしちょっと目が鋭い。前には出ないと言いましたよね? という目だ。出てません。引きずり出されたというか。こんな暗闇の中で見つける皆森の視力がすごいのだ。


 今日、三鳩さんは一日中、皆森の送迎を担ってくれていた。一番何よりも優先すべきは皆森の無事だから、一番信頼できる大人である三鳩さんにお願いしたのだ。ちなみに俺は黒服の強面の人と一緒に後ろから着いて行っていた。


 皆森には夜宮にお願いされたからと説明している。マネージャーにも同じく。


「……三鳩さん、榎並くんがいることに驚かないんですね」

「メイドですので。常に冷静を心がけています」


 皆森が少し探るような質問をしてきたけど三鳩さんはすんとした顔で受け止めた。あまり理由になってない気がするけど。皆森、溜息吐いてるし。


「わかりました。……えっと、じゃあ一個だけ。榎並くん」

「ん?」

「……ライブ、見に来る?」


 窺うような表情で問いかけられる。

 答えはもちろん。


「行くよ」

「そっか。ありがと」


 何事もなく無事に終われば。

 後ろにはそんな言葉が付くけど、あえて言う必要はない。皆森にはただただライブに集中してもらいたいのだ。


「榎並くん。また明日ね。……ま、会うわけじゃないけどさ」

「ああ。また明日」


 手を振って皆森が背を向けた。その瞬間、


「――お、おい。そこのお前……さらちぃとどういう関係だ!?」


 建物の影から、見覚えの無い顔の男性が現れた。

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