木野恵

第1羽

 幼い頃から親の言いなりになって育ってきた。

 あれがしたい、これがしたい。興味を持ったこと、やってみたいことが、将来大人になって働くときに、きついものや安定したものでなければ否定され、反対された。

 あらかじめ失敗のないよう助言をたくさんされた。あれしなさい、これしなさい。全部決められたものだった。

 失敗したら言わんこっちゃないなんて言われ、失敗するのが悪いかのような風習のある場所だった。失敗を怖がる人が他にもたくさんいた。

 親の敷いた安全なレールの上を走り続けて二十数年。

 就職には失敗、自尊心はズタボロ、誰からも必要とされず、自堕落に生活を送る日々。

 外へ出ようとすれば行き先を聞かれ、駄目な場所だと閉じ込められる。

 勝手に出てはいけないと刷り込まれると、大人になってもなかなか外へ出れないもの。

 家はド田舎の一戸建て。外へ出ると目立つしすぐに噂になってしまう。

 閉じこもっている二階で、部屋の窓から綺麗な青空を眺め、自由について思いを馳せる。

 鳥になって羽ばたいていけたらなあ。

 そっと手を伸ばしてみる。手に入らないもの、手につかめないありとあらゆるものが欲しくてたまらなかった。


 退屈な日々を送っていたある日のことだ。

「助けて。助けて」

 どこからともなく声が聞こえてきた。幻聴かと思ったがそうではない。

「誰ですか?」

 助けを求める声の方へ歩いていくと、一羽の傷ついた鳩がベランダで身動きできずに倒れているではないか。

 白い鳩だった。朱に染まった傷口が、かえってその白い羽を際立たせているほど綺麗な白い鳩だった。

 思わず見とれてしまっていると、鳩が苦しそうに、そして少し苛立った様子で助けを求めた。

「助けろよ。見て分かるだろ? 横腹を怪我してるんだよ。どうしてずっと見つめているのか」

 我に返り、その怒りも当然だと肯定しながら、包帯やガーゼを探しに部屋の中を歩き回る。いつも親が手当てしてくれるときに開いている棚に一式置いてあるのを見つけた。

 全部親がしてくれていたので、やり方がわからないながらもなんとか包帯を巻き終える。

「下手くそが。案外しっかり巻けてるな」

 助けたことをちょっとだけ後悔した。いや、かなり後悔した。後悔を通り越して少し殴ってやりたいくらいだ。

「しばらくここで休ませて」

 口が悪いので嫌だと言ってやりたかったけれど、ちょうど良い話し相手になりそうなので、そのままベランダで休んでいくのを許すことにした。

 お腹をすかせたり喉が渇いてしまったりするだろうと、水やトウモロコシを用意してみた。しかし、なんとこの鳩とんだグルメ野郎だった。

「ふーん。まずそうなトウモロコシしてるなあ。水もぬるくて飲めやしない。俺はトウモロコシ嫌いなんだよなあ」

 そう言ってトウモロコシをクチバシに挟んで投げて寄越してくる。投げられたトウモロコシが顔に当たった。水は器をひっくり返す始末だ。

「……わがまま言わないで食べないと、良くなるものも良くならないよ?」

 腹が立って仕方がなかったが、落ち着いて、冷静に鳩をいさめてみるけれど、聞く耳持たずに我が道を突き進んでいくのだった。

 追い出そうかと思ったけれど、怪我をして飛べない鳩を追い出せば死んでしまう。自分の良心が追い出すことを躊躇った。

「えー。今日も豆なの? 豆嫌いなんだけど」

 ぶん殴ってやろうかこいつ。どの飯だったら満足するんだ言ってみろ。

 胸ぐらを掴んで問いただしたくなるくらい煮えくり返った腸を治めることが難しいと思っていると、鳩がゆっくりと話し始めるのだった。

「あれはじいちゃんに連れられていった山での出来事」

 さきほどまでの怒りはどこへやら。鳩の話が面白そうだったので、怒りを鎮めて話に聞き入ることにした。

「山菜採りにいってたんだ。まめだんごっていうんだけど、まめだんご出せない? 豆じゃなくてまめだんごだよ。まめだんごくれ」

 うるさっ。

 期待して耳を傾けていた自分に嫌気がさした。なんだよ、まめだんごって。

「あのさ、そろそろ限界なんだけど。ちなみにまめだんごって何?」

 つい気になって聞いてしまった。まめだんごって何?

「えー? 知らないの? まめだんご美味しいぞ。土に埋まってるんだよ、まめだんご。怪我治ったら一緒に取り行こうよ」

 腹立たしいけれど少し楽しそうだなと思ってしまう自分がいた。怪我が治るまで面倒見たいとも思わされる。悔しい。

「外に出たら怒られちゃう」

 一緒に行きたいと思えても、そのことがやはり自分にとっての足枷だった。

「なんで?」

 ふてぶてしくも、鳩は鋭く質問をしてくれた。

 そういえば、なんで怒られるんだろう。

「……わからない」

 正直に答えた。本当に、どうして怒られるのかがまったくわからなかったからだ。

「もういい大人なんだぞ? 恥ずかしくねえのか? 自由に外へ出て何が悪い。怪我が治ったら一緒にまめだんごとりいくぞ、いいな?」

 鳩は親に逆らって外へ出るという、今まで考えたことのなかった選択肢をふてぶてしくも教えてくれたのだった。

「なんせ俺は鳩だから、穴掘るのに時間かかるんでな。人間に掘らせた方が楽で早くていい」

 最後の一言で台無しだ。やっぱこいつ一発殴らないとやってられない気持ちでいっぱいになってその日は終わ……らなかった。

「まめだんごって土の中にあるの?」

 気になってつい聞いてしまった。まめだんごってなんなんだ。

「そうだぞ。だから掘るの任せた」

 なんとなく鳩が口角をあげて笑った気がした。

 まめだんごってなんなんだ。

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