第42話(上司サイド)勇者をこの手に

「あ、あれがハジ・マリーノ村だと!?

 またデカくなってやがる!」


 岩陰からそっと村の様子を観察する。

 村を守る砦は3つになり、全方位をバリスタが警戒している。


 広大な農地の中には元の世界のビニールハウスに似た建物がたくさんあり、丘全体に無数の家が建てられている。


「モブめ……オレ様がこんなに苦労しているというのに、好き勝手にやりやがって!!」


 テンガは髪を緑に染め、服装も駆け出し冒険者風にするなど入念な変装をしていた。


「偽装魔法はあの中古エルフに見抜かれる恐れがあるからな」


 なぜ第一王子のテンガが護衛もつけずこんな辺境の村まで来ているのか。

 テンガは数日前の事を思い出していた。



 ***  ***


「ば、馬鹿な!

 あの犬ガキが”勇者”だとっ!?」


『確定じゃないけどね、その可能性はあるんじゃないの?』


 花嫁候補が自身のもとを去り、カミラを翻意させるために実行した遠征も失敗に終わった。

 絶望に沈むテンガの元に女神エリスから連絡があり。


 今さら何だこの役立たず……との思いでしぶしぶ話を聞いてやることにしたらこれである。


「あのガキは魔王に殺されるだけのただのモブだぞ!?」


『だけど、貴方嬉しそうに言ってたじゃない……”障壁が無かった”って』


「…………」


 フェリシアの奴をデモンズホールに連れて行ったとき、主人公の侵入を阻む障壁が存在しなかった。

 あの時は実際のモンクエとこの世界は違う……そう考えていたが。


 すでに勇者が生まれていたからだとしたら。


(そうだ……)

(あのガキは開発者プロデューサーのお気に入り……ボツ設定の中にあってもおかしくないのか!?)


 以前雑誌で読んだ開発者インタビューを思い出す。

 テンガはああいう裏話は嫌いなのだが、モンクエをプレイしたことのないクソモブがその事を知っていたとしたら?


『……心当たりがあるみたいね。

 まぁ、これは貴方にとって最後のチャンスよ……このまま王子としてこの世界で一生を過ごすもよし。わずかな可能性に賭けてみるもよし』


『じゃあね』


 好きな事だけ言うと、女神エリスは消えてしまった。


「クソが! 役に立たない駄女神め!」


 悪態をつくが、テンガにとって選択肢は残されていなかった。


 だがバグ野郎のクソモブはともかく、あの犬ガキはかなりの使い手……どうやって捕まえたものか。


「……まてよ?」


 その時、テンガの頭の中に1つのアイディアが思い浮かぶ。


 あのガキは獣人族……つまり人間ではない。

 むしろオーガーなどモンスターに近い存在なのでは?


「それならティムの魔石で……」


 テンガは親衛隊の侍女を呼び出すのだった。



 ***  ***


(よ、よし)


 覚悟を決めたテンガは村の中に足を踏み入れていた。


(獣人族の娼婦に試してみたらいけたんだ……あの犬ガキにも)


 亜人族ばかりの娼館を探し、獣人の女を派遣させた。

 ティムの魔石は獣人女に効果を発揮し、女はテンガの操り人形になった。


(効果が強すぎて、すぐに使い物にならなくなったがな)


 マフィアに大金を積んで始末することになったが、それはどうでもいい。

 不安材料はあの犬ガキのレベルの高さである。

 ティムが通用しない事も考えられる。


「そうなったらテンイで逃げるしかない、か」


 まったく口惜しい!

 このオレ様がコソ泥のようなことをするなんてなぁ!


 内心の憤激を抑え、駆け出し冒険者を装って村を散策する。


(好き勝手にしやがって、クソモブ)


 思ったよりずっと村の中は発展している。

 丘の上に温泉旅館が立っているのは何の冗談だ?


「……おう、今日も煉瓦亭に行くのかい?」

「もちろんさ! アル坊の誕生日を記念して、ジュンヤの旦那が新メニューを食べさせてくれるらしいぜ!」

「ソイツは楽しみだ!」


「!!」


 村人どもが肩を組みながら、丘の中腹にある店に向かっていく。


(そこか……!)


 テンガは旅人っぽい表情を浮かべると、村人の後に続くのだった。



 ***  ***


「ありがとうございました~」


 午後の煉瓦亭は昼食営業のピークを終え、ほっと一息つく。


「えへへ、明日だね。

 ジュンヤ♡」


「そうだな」


 人がはけた途端、すすすっと寄ってくるアル。

 彼女が言っているように、明日はアルの誕生日ある。


 この世界の成人年齢である15歳になったアルを、盛大にお祝いし、甘やかしまくる予定だ。

 村人たちと結託し、サプライズの準備も着々と進んでいる。

 プレゼントも準備済み。


「へへ~♪」


 どうしても村に流れる浮ついた空気を感じるのか、数日前からご機嫌のアル。


「明日の夜は……一緒に過ごそうね♡」


(うっ……)


 にこり、オトナっぽい微笑みに思わずどきりとする。

 アルに出会って半年ほど……最初は愛らしいマスコットのような存在だったが、愛らしさはそのままにどんどん色気が出ているように感じる。


 煉瓦亭のエプロンを身に着け、膝上のチェックスカートから伸びるすらりとした脚が眩しい。


 ちらっ、ちらっ


 俺の視線を感じたのか、こちらに向かってハートマークを飛ばしてくる。


「……ジュンヤさん? 顔が緩んでますよ?」


「はいいっ!?」


 フェリシアはいつもの笑顔だが、なんかちょっと怖い。


 カララン


「ジュンヤの旦那、昼飯はまだやってるかい?」


 その時、カウベルの音とともに新たなお客さんが入って来て、煉瓦亭はまた賑わいを取り戻すのだった。



 ***  ***


(ここがモブの店か……犬ガキと、フェリシアまで店員に使っているとはな)


 駆け出しの冒険者を装いながら、慎重に店内を観察するテンガ。


 アルフィノーラとか言う犬ガキとフェリシアは、満席になったフロアを忙しそうに歩き回っている。


(これだけ人がいたら、ひそかにティムするのは無理だな)


 そんな事をすれば大騒ぎになってしまう。


(何とかあの犬ガキを誘い出さないと……)


 思案に暮れながら、注文した焼き鳥丼を口に運ぶテンガ。

 なんでこんなメニューがあるのか、どうせモブの差し金だろう。

 世界観を壊すこと甚だしい。


(なっ……美味い、だとっ!?)

(なんでお前だけこんな食事をっ……!)


 王宮の食事を遥かに上回る味に、更にジュンヤに嫉妬するテンガなのだった。



 ***  ***


「……ん?」


 お客さんの第二派が襲来する店内、カウンターの端に鞘に入ったままのショートソードが置いてあるのに気づく。


「確か……」


 先ほど焼き鳥丼を注文していた若い冒険者。

 見ない顔だが、おそらく旅行者か何かの護衛で村に来たのだろう。

 彼の忘れ物だとしたら、すぐに村を出てしまうかもしれない。


「ジュンちゃん! 持ち帰りの焼き鳥20本焼いてくれない?」


「おっと」


 大きな注文が入って手が離せなくなった俺は、アルに声を掛ける。


「すまんアル、そこにあるショートソード、さっきのお客さんの忘れ物なんだ。

 まだ村にいるかもしれないから、探してきてくれないか?」


「ん、らじゃ!」


 ショートソードを手に駆け出すアル。

 アルの身体能力なら、すぐに見つかるだろう。

 安心した俺は焼き鳥の調理に専念するのだった。



 ***  ***


(……来た!)


 ショートソードを手に、犬ガキが店から走り出してくる。

 古典的な手だが、どうにか成功したようだ。


 アルフィノーラの動きを気にしつつ、人気のない方に足を向ける。


「お客さん、これ」


 追いついてきた犬ガキが話しかけてくる。

 周囲に村人の姿はなく、倉庫の影になって店からは見えない場所。


 チャンスだ。

 そう感じたテンガは懐からティムの魔石を取り出すと、スキルを発動させる。


「わすれも……」


 がしゃん


 アルフィノーラの目から光が消え、手に持ったショートソードが地面に落ちる。


「やったぞ……!」


 成功だ。

 レベルが高いせいか、獣人族の娼婦のようにいきなり壊れることもない。


「こちらに来い」


 テンガの命令に、頷いて歩み寄ってくるアルフィノーラ。


「これでなんとかなるぞ……!」


 ”種ドーピング”は完了している。

 予備のトードナイトも確保済みだし、イヤシブロブは7体いる。

 何より、相当に強いこの犬ガキがいれば。


「ふん、犯してやる時間が無いのは残念だが」


 オレ様の顔面を蹴りやがった犬ガキ。

 本来ならたっぷりその体にお礼をしてやるところだが時間がない。


「このまま魔王城へ向かう」


 ぐいっ!

 アルフィノーラの肩を掴み、乱暴に引き寄せる。

 そのはずみで耳飾りが一つ、地面に落ちた。


「テンイ!」


 一刻も早く元の世界に戻りたいテンガは、アルフィノーラを連れ王宮に戻り、全モンスターを引き連れ出撃するのだった。



 ***  ***


「おそいな、アルのヤツ」


 焼き鳥を焼き終え、店内を埋めていたお客さんがはけても、忘れ物を持って出たアルが戻ってこない。

 恐らく出店のおばちゃんに捕まって、雑談でもしているんだろうが……。


 夜営業の仕込みもあるし、明日のサプライズパーティの準備もある。

 アルには店に戻ってきてもらう必要があった。


「マリ姉、ちょっとアルを探してくる」


「ん、りょーかい」


 俺はエプロンを外すと店の外に出た。



「……いないな」


 出店のおばちゃんのところにも、最近出来た甘味屋にもいない。

 村人たちにも聞いてみたが、アルの姿を見てないという。

 いくらなんでも村の外には出てないと思うが……。


「ん? あれは……」


 村の片隅、種籾などを収納している倉庫が立ち並ぶ場所にきらりと光る何かを見つける。


「なっ、これは……!」


 決勝戦の前、王都の出店でプレゼントした耳飾り。

 最近よくアルが身に着けていたものだ。


「それに」


 傍らに落ちているのはアルが持って出たショートソード。


「まさか……!」


 アルが……攫われた!?


 その可能性に思い当った俺は、大慌てで煉瓦亭に戻るのだった。

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