第28話 約束
これは武術大会への参加が決まる、少し前のお話。
「ふふふ、今夜こそ」
抜き足差し足……自室の扉を慎重に閉じる。
新築のヒューバート亭は床鳴りしないので隠密行動に好都合である。
目指すは廊下を歩いた向こう、ジュンヤの部屋である。
『アル! 男の子はね、既成事実の前には無力なのよ!』
「ふむふむ」
マスコット化が進んでいることに危機感を覚えたアルフィノーラ。
それに、自分から誘ったとはいえフェリシアお姉ちゃんも家族になったのだ。
『ジュンヤさんはわたしの救世主ですので、そんなお気持ちを持つ事自体失礼に当たります。この家に迎えて頂いただけで、幸せです』
そういうフェリシアは、アルの恋路を応援してくれる。
「だけど」
勘の鋭いアルには分かってしまうのだ。
ふとしたタイミングで、フェリシアお姉ちゃんの視線がジュンヤを追っていることを。
あれは絶対に恋する乙女である。
同じ女の子として、心を読むことは絶対にしないが……強力なライバル出現!
「いまのところ、スタイルとお料理は勝ってる」
フェリシアお姉ちゃんは17歳、おむねの成長はもう絶望的だろうが相手はエルフ族である。
本格化を迎えての急成長とかのチートがあるかもしれない。
それに、自分を上回る不器用さんとはいえ、フェリシアお姉ちゃんは元王族。
社交ダンスや夜の×××など、オトナの女子力は確実より自分より上だ。
フェリシアお姉ちゃんとジュンヤを分け合うというのも超アリなんだけど、やっぱりいちばん最初はアルがいい。
そんな複雑な(?)乙女心に突き動かされ、アルフィノーラはジュンヤの部屋を目指していた。
「むふ」
フェリシアお姉ちゃんを救出に行った日の朝、どさくさに紛れてベッドに忍び込み、ジュンヤの頬にキスできたのはとてもよかった。
いくら朴念仁のジュンヤでもこの格好で押せば一撃だろう。
「ふふふ」
今日のパジャマは色っぽいピンク。
胸元も大胆に開いており、限界まで短くしたショートパンツからは自慢の美脚が惜しげもなくのぞいている。
この格好でギュッと抱きつきすりすりすれば……。
「あうっ……興奮してきた」
もじもじと内股をこすり合わせる。
僅かに下着が濡れる感触……。
今の自分からはフェロモンが出ているはずだ。
これは行ける……勝つる!!
思わず息が荒くなる。
星明かりだけを頼りに、ジュンヤの部屋の前まで来たのだが。
「へうっ!?」
なぜかそこには、今にもドアを開けようとしているフェリシアお姉ちゃんがいた。
「……お姉ちゃん?」
「アルちゃん!?
い、いやこれはあのその……おトイレから戻ってきたらジュンヤさんの部屋の中が凄く静かなので心配になってっ」
「ふむ」
わたわたと慌てるフェリシアお姉ちゃんは可愛いけれど、パジャマパーティの中でジュンヤの寝相の良さは話したはず。
「フェリシアお姉ちゃん、お話」
これは緊急パジャマパーティが必要。
「わわっ!?」
そう判断したアルフィノーラは、獣人族の腕力を生かして自室にフェリシアお姉ちゃんを引っ張り込んだのだった。
*** ***
「……やっぱり、お姉ちゃんもジュンヤが好き?」
回りくどい聞き方は自分の性に合わない。
抱き合うような形でふとんの中で向き合ったアルフィノーラは、ストレートに問いかける。
「えっ、その、あうっ」
真っ赤になるフェリシアお姉ちゃん。
サラサラの金髪は流れ星みたいだし、蒼い瞳は吸い込まれそう。
そこそこ日焼けしている自分に比べ、透き通るような白い肌。
純粋に綺麗だな、と思う。
ジュンヤの隣に立っても絵のようにお似合いに違いない。
でも、アルフィノーラも譲るわけにはいかない。
「アル、ジュンヤの事が大好き。
フェリシアお姉ちゃんのことも好き」
「だから、勝負。
魔王を倒すまでに、ヒロインポイントをたくさん貯めた方が一番さんね!」
「ふ、ふふっ」
あくまで真剣なアルフィノーラの様子に、思わず笑みがこぼれてしまう。
ジュンヤと一緒に自分を助けてくれた可愛い救世主。
愛すべき妹分の恋路を、自分の本心を隠しながら応援するのは失礼だと言えた。
「魔王ログラースも恋の勝負に使われては型無しですね。
わかりました。 不肖フェリシア、その勝負お受けいたします!
……後悔はなしですよ?」
「もち!」
こつんと拳を合わせる少女たち。
本人のあずかり知らぬところで乙女の協定が結ばれた瞬間だった。
「と、いうことで。
ここからは女子トークの時間だよ?」
「ええっ!?」
ぎゅっ
ニヤッと笑うとフェリシアに抱きつくアルフィノーラ。
お楽しみの時間である。
「で、フェリシアお姉ちゃんはいつジュンヤを好きになったの?」
この綺麗なお姫様が、どこでジュンヤに惚れたのか。
耳年増な女の子としてとても気になるところであった。
ただでさえマルーからはヒューとのロマンスを散々聞かされてきたのだ。
「はうっ!?
と、当主を助けて頂いた時もときめいたのですが……」
「やはりゴブリン共に捕らわれていたところを助けて頂いた時ですね。
テンガに捕まり、ゴブリンの慰み者にされそうになって……もうダメだと思った時にジュンヤさんがっ。
あのキラキラした笑顔。
頭を撫でて頂いた手のひらの暖かさ……忘れられませんっ」
最初は恥ずかしそうにもじもじしていたフェリシアお姉ちゃんだが、先日の救出作戦の話になると熱に浮かされたように話し出す。
気のせいか、サファイアのように青い瞳の中にハートマークが浮かんでいるように見える。
(羨ましい……)
もちろん、アルも魔王から命を救われた。
抱きしめてくれたジュンヤのたくましい腕の感触は、思い出すたびアルの意識を蕩けさせる。
でも、絶体絶命の大ピンチにさっそうと現れ、地獄から救い出してくれる救世主。
お気に入りの英雄小説のようなろロマンチックなイベントに、憧れてしまうのだ。
それに、フェリシアお姉ちゃんを抱き上げた時のジュンヤの表情……。
ちくり
(えっ?)
僅かな嫉妬心。
心の痛みを感じた瞬間、それが一気に膨れ上がる。
(うっ……!?
え、なに……?)
ズモモモモモ
ジュンヤもフェリシアお姉ちゃんも大好きなのに?
ジュンヤを独占したいという欲望……むしろ邪念が際限なく大きくなってきて。
「……きゅう」
アルフィノーラは気を失ってしまった。
「それでね、村に来てからもジュンヤさんが……って、アルちゃん?」
途中から反応が無くなったアルに、フェリシアもおかしいと気づいたのだろう。
「アルちゃん? アルちゃん!!
誰か!! アルちゃんが変です!!」
慌てて助けを呼ぶフェリシア。
「ど、どうした」
「なにが起きたの?」
「な、アル!?」
ジュンヤとマルー、ヒューバートまで飛び起きてくる。
深夜のヒューバート家は大騒ぎになるのだった。
*** ***
「ふう、大したことが無くて良かったよ」
「もう、心配したんだから」
「よかった……」
「ごめんなさい」
翌朝、転移魔法で王都の医者まで呼び寄せて診察してもらった結果は……”成長痛”という診断だった。
『急にレベルアップしたそうですし、その反動でしょう。
半日も寝ていればよくなりますよ』
「もう大丈夫だから、お店の手伝いしちゃダメ?」
「念のため、今日は寝てなさい」
「ぷぅ」
ベッドの中で動き宅でうずうずしているアルはすっかりいつもの元気を取り戻している。
倒れた時の事もよく覚えていないらしい。
(ただ……)
ステータスが見えること、エルフの村での強化イベントで、この世界の常識を超えて強くなったこと。
俺自身がイレギュラーな転移をしていることもあり、念のためもっと調べておいた方がいいだろう。
俺はアルの診察結果をまとめ、ひそかに女神ユーノに連絡するのだった。
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