第7話 異世界2日目


 この世界に来て、どのくらい時間が経ったのだろう。

 陽が沈みはじめ、オレンジ色から終わりは藍色へと、綺麗なグラデーションとなって空一面に広がり、1日の終わりを告げようとしている。


 冒険者ギルドを出て、左に真っ直ぐ300mほど進むと、宿と書いた看板を掲げた、二階建ての建物を見つけた。

 2人は宿屋の扉を開け、2人部屋の空きがあるかを宿屋の主人に聞くと「運がいい、ちょうどあと一部屋ですよ」と宿屋の主人は微笑みながら対応してくれた。


 「とりあえず10日間連泊したいんですが、素泊まりでおいくらですか?」


 「2人部屋素泊まり10日間だと、金貨3枚と銀貨5枚です。よろしければ宿泊名簿にサイン下さい」


 全が宿屋の主人に尋ね、主人は金額を掲示した。

 全は金貨を4枚払うと、お釣りが銀貨5枚で帰ってきた。


 2人は部屋の鍵を預かり、宿屋2階の一番奥の部屋へ案内された。

 部屋に入ると、簡素だがしっかり手入れが行き届いているのが伺える。

 2人はベッドにそれぞれ腰を下ろすと、緊張の糸も切れたのだろう、大の字にそのままベッドに寝そべった。


 「ふああああああ、疲れたあああああ!」


 「何なんだこの世界は、わけわかんねえ!」


 揃って口から出た言葉は、2人の心境をとてもシンプルに説明付ける。


 「武仁は訳わからない事ばかりだよなあ。慣れるまで僕の異世界知識でフォローするから! 何の因果か......僕らは今日この異世界へ落ちてきた......。......帰るまではよろしく頼むよ!」


 「......おう、締め上げるんなら得意だからよお。それ以外はおっさんに任せるぜ......よろしく頼むわ!」


 2人はそう話すと、元の世界では何をしていたんだ、など他愛無い話でお互いへの理解を深めた。


 全は高学歴で、大手IT企業の営業マンだったようだが、就職すれば学歴の事ばかりを言われ、まるで自分を見てもらえていないような感覚を抱いた。

 どうやら逆学歴コンプレックスを抱えているようだ。

 一人っ子の全は、学生の頃は親の厳しい教育に疲れ果てると、当時流行っていた異世界もののライトノベルを、親の目を盗み読んでは心を潤わせたと話した。


 武仁は妹と父と3人暮らし、母は早くに他界し、父も体を壊しているそうだ。

 高校にはなんとか入学できたが、家計を助けるべく、コンビニでバイトをしていたと言う。

 勉強は苦手だがスポーツは得意、特に足の速さには自信があるようで、幼少期から取り組む野球は今でも続けているようだ。

 貧乏で小さい時はよく揶揄われ、舐められないように気合いを入れているのだ、と話した。


 話し終えると、既に疲れ果てていた2人はどちらが先ともなく眠りについた。


 ーー翌朝ーー


 先に目覚めたのは武仁だった。

 湯浴みを済ませ、出てきたところで物音に気づき目覚めた全。


 「起きたかよ、お前も体洗ってこいよ。んで飯食いに行こうぜ」


 「......おはよう、早いな......って、誰!?」


 湯浴みをした武仁の髪は、リーゼントが崩れ、サラっと伸びた毛先には水が滴る。


 「いや......流石に髪型ひとつで誰とはなんねえだろ!」


 お約束を挟んだところで、全も湯浴みをするべくベッドを立った。

 しばらくして準備が整うと、全は部屋を出る前にこの世界のお金について、武仁に話した。


 「昨日、宿屋の主人に、宿代は金貨3枚と銀貨5枚と言われ、僕は金貨4枚を出したんだ。するとお釣りで銀貨5枚が帰ってきた。と言うことは、銀貨は10枚で金貨1枚だと言うことだ。食事の単価やその際のお釣りなどで、この世界の金銭感覚や価値を見極めよう」


 武仁は「そうか......んじゃあ飯食いに行くぜ」と、話を聞いているのかいないのか、全を急かし部屋を出るや宿屋の主人に「美味い食堂はないか」と尋ねると「宿屋の斜め向かいにある店のボアステーキは絶品だよ」と教えてくれた。

 お礼を言い2人は足早に食堂へ向かう。


 食堂の扉を開けるとカランコロン、と扉についたベルが音を立てると同時に「いらっしゃい」と元気の良い声が飛び交った。

 食堂は朝だからか人は少なく、武仁は適当に空いていた席に着き「注文いいか」と店員に言うと、全も席に着いた。


 宿屋の主人におすすめされたボアステーキを注文し、食事が来るまでの待ち時間に、ログインボーナスの事を思い出した2人。

 まずは全が席を立ち、人目につかないよう食堂横の脇道に入り、静かに「ステータスオープン」と唱えた。


 ファンファーレのメロディとともにリンの声が聞こえて来る。


 『全様〜、おはようございます〜。二日目のログインボーナスとして、スキル・収納と、装備・賢者のローブを獲得しました〜。また、顕現を求めない限り、私の声は全様にしか聞こえませんから、ご安心下さい〜。それでは良き異世界の旅を〜♪』


 神の使いであるリンやズチが、いきなり目前に現れたら騒ぎになる、そう危惧し、わざわざ隠れてステータスオープンした事を、まるで見ていたかのように、そしてそれを遠回しに言われた気がして恥ずかしくなる全。


 食堂に戻りそれを武仁に伝えると武仁は「はじめから言えよ」と言うと、席に着いたまま「ステータスオープン」と小声で呟いた。


 和太鼓のメロディとともにズチの声が聞こえる。


 『武仁殿! 調子はいかがですかな? 本日のログインボーナスは、スキル・収納の修得、加えて装備・勇者のバットですぞ! 戦に武具は欠かせませんからな! では、用向きがあれば遠慮なくお呼び下され!』


 ズチの声が消えると、食堂の店員がちょうどボアステーキをテーブルに運んで来た。

 ボアステーキは、熱した鉄板の上で油が弾ける良い音をさせながら、食欲をそそる香ばしい香りを立たせる。


 「「いただきます!」」


 2人は言うやいなや、ボアステーキに勢いよく箸をつけた。

 口に入れると咀嚼もそこそこに、肉汁が溢れ出し、最後はとろけるようになめらか、ジューシーなボアステーキに夢中で箸を進めた。

 箸と言っても、フォークとナイフであるのは言うまでもない。

 あっという間に完食し、水をグイッと飲み干すと「ごちそうさま」と手を合わせ、店員に代金を支払うと2人は食堂を後にした。


 「ボアステーキ2人前で銀貨1枚と銅化6枚。銀貨2枚を出してお釣りは銅化4枚だったから......大体分かってきたな!」


 と言う全は続けて武仁に説明した。


 「どうやらこの世界の金貨1枚は、日本で言うと1万5千円くらいの価値で、銀貨1枚は1500円、銅化1枚は150円くらいだね。更に銅化10枚で銀貨1枚となり、銀貨10枚で金貨1枚となる、かな」


 この世界の金銭価値も大体把握し、腹ごしらえも済んだところで、2人は冒険者ギルドを目指した。

 「クエストをやってみたい!」と言う全の意向からだ。

 道すがら、2人は今日のログインボーナスについて、ステータスウィンドウを開きながら話す。


 「僕の新しいスキル・収納は......どうやら収納した対象の時間を停止させ保管する、と言うものらしい。容量は......無制限。そして、装備の賢者のローブ。これは......賢者のみ装備可能なローブ、物理攻撃をはね返す、武仁はどうだ?」


 「俺も新しいスキルは収納だ。おっさんと同じだな。装備は勇者のバット、これ良いぞ! まさか異世界に来てバットを手に出来るとはな! 効果は......魔法すら打てる(切れる)んだってよ、武器はいい、腕が鳴るぜ!」


 そう聞くと全は武仁に残りの硬貨を半分渡し「もうリュックはいらないな」と収納にリュックをしまった。


 冒険者ギルドに到着し、受付のマムに挨拶をすると「何かクエストはないかい?」と全が尋ねる。

 「依頼書が貼り出されている依頼ボードから、好きなものを選んで受付に持って来て下されば受注できますよ!」と教えてくれた。

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