第43話 離婚調停
「細田様、お世話になっております。相手方の弁護人より書面が届きましたので、取り急ぎメールにてお送りいたします。内容は前回のものと殆ど変わらず、私共もやり取りをしておりますが、相手方の弁護人の意見なのか、勇二様のご意向なのかわかりかねます。なので、離婚調停の書類も作成しましたので、そちらの確認もあわせてしていただけると助かります。原本は後日郵送致します」
(あぁ、やっぱり思った通りだ。)
その文章だけを確認して、添付されているファイルは帰ってから見る事にした。
残りの仕事に支障が出ては困るから。
そして、私の仕事は遅番ばかりになってしまった。
仕方がない事なのだが、役所だの書類関係だと準備は昼しかできないし。
娘の裁判が終わってから、もう5か月も過ぎていた。進まない離婚の話が、私達親子の距離を少しずつ広げていく。
私はもう1ヶ月も、オッドに会えていなかった。
休憩室で片付けをして手を洗っているとスタッフの女の子が声をかけてきた。
「いやー、細田さん。これはいけませんよぉー!ダメダメ!ちゃんと食べてます?」
と私のウエストに手をまわす。
彼女の腕も細くて、ほとんど私と変わらない。若くて可愛いらしい素直なスタッフだ。
「これー、私の両手で届きそうですよー」
「んー、そう?そうでもないっしょ?色々食べてるし」
と笑って誤魔化しておいたのだけれど。
自分では分かっていた。
体重が減っている。ズボンもダボダボだ。
(何とかしなくちゃ!)
仕事が終わって車に乗り込んだ。
あの事件があった日と何もかも変わらない、仕事を終えて車を運転して帰宅する。
カロリーメイトを食べながら、甘い炭酸飲料を飲みながら、時折涙を拭きながら車を運転する。
駐車場から家までの道は夜中は薄暗くて何だか気味が悪い。古いタバコの自動販売機がある為、時々屯している若者達が大声で喋っている。タバコの煙を吐き出して、ゲラゲラと笑っている。
(あぁ、怖い。あぁ、無理だ。)
そんな時は少し離れて遠回りをして家に帰るようになった。タバコの煙の匂いは昔よりも大嫌いになった。そして、何より男の人が苦手になった。
仕事中は何とも感じないのだが、仕事が終わってスイッチを切ると、すれ違うのも嫌になった。
前から男の人が歩いて来ると、道の反対側に渡って歩く。
私生活からは、とことん男性を排除していく。
便利な宅配便は置き配にして貰った。
どうしてもサインが必要な時はドアチェーンをかけたままハンコを押した。
行きつけの美容室は男性が担当だったので、行くのをやめた。
新しい美容室を探して、
「全て女性の方の担当にして下さい」
とお願いをした。
それくらい男性不信になってしまった。
帰宅して、服を片付ける。
シャワーを浴びて、テーブルに座ってほっと一息つく。時計は深夜の2時を過ぎている。
(さて、メールの内容を確認しなきゃ。)
添付されているファイルを開いた。
犯罪者の弁護人からの文章は、内容をほとんど変える事なく送られてきていた。
車の支払い金額の差額の請求。
親子で交わした賃貸契約書。
そして、追加された文章。
「細田瑠璃様の御息女に対して行った行為は許されるものではなく勇二氏と瑠璃様の夫婦関係は破綻しているという………しかしながら、お二人は14年間という年月をかけて苦楽を共にし信頼関を………犯罪行為について深く反省しております。瑠璃様の御息女は成人し、既に社会人として独立しておられるため、勇二氏と瑠璃様の婚姻関係の破綻を検討する上で重要な間接事実にはなり得ません」
(こ、これは?どういう事?)
私の頭は真っ白になった。
まだ、追加の文章の最初の部分だ。
最後まで読んだらどうにかなってしまうのではないだろうか。
何?やはりまだ、私の娘への犯罪は離婚の理由にならないと主張していらっしゃる?
(これが弁護士さん達が話にならないと仰った理由かぁ。)
もー、ページを捲る勇気も失せてしまいそうだった。
その次のページには勇二が生活費用をカードで支払いをしているので、そのローンの支払い義務が私にもあるだとか。慰謝料が高すぎるだとか。
まるで小さな子供が駄々を捏ねているともとれる文章がつらつらと書き綴られている。
(はあぁ―――。)
溢れる怒りを抑えるのに、エネルギーをかなり費やしてしまった。
大声でわめき散らしたい衝動を必死で抑える。洗いたての髪の毛はボサボサになり、短く切り揃えてある爪の痕が両腕にくっきりと残った。そして少しずつ滲み出てくる赤い血。
(明日は休みで良かった。)
それだけが私の救いだった。
髪の毛も乾かさずにくしゃくしゃのままで眠った。
翌朝の顔を鏡で見る。私の顔は、まるでお化けのようだった。
離婚調停に向けての書類の確認も済ませて、弁護士さんに連絡をいれる。
対応してくださったのは女性の弁護士さんだった。
「あのー、犯罪が離婚の原因にならないってどうゆう事ですかね?」
と、ありきたりだが確認してみる。
「あり得ないですよね。そもそも接近禁止命令が下っているのに、一緒に住めるはずがありませんから。私共も早く離婚に向けて進めていきたいのですが、あちらの弁護人がとにかく書類の準備が遅くて……」
と、弁護士さんも呆れていた。
私の気持ちは何も変わらない事を伝え、離婚調停の申し立てを進めて貰うようにお願いをした。慰謝料もどうせ下げられるので少し上乗せして貰った。
犯罪者側からの返事はいつまでも遅く、納得がいくものではなかった。
後から聞いた話によると、男性の弁護士さんは犯罪者の弁護人と電話をしていて珍しく声を荒げてキレたそうだ。
そして、捨て台詞を吐いて電話を切ったと。
「調停でお会いしましょう」
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