第10話 苦痛な日々
ある日の検診で先生が言った。
「一回、大きな病院で検査を受けてきてください」
少しずつ膨らみかけた私のお腹をエコーで調べている時だった。
「へっ?!なんの検査??何で??」
私はひどく動揺した。
「頭が小さすぎるから。キチンと育ってない可能性がある。もしもそうなら、産まれても長く生きられない可能性もあるから、念のため診て貰ってきてください」
(そんな……)
私は検診にはいつも1人で行っている。
不安になって相談するのは、旦那ではなく、まずはいつも母親だ。
とりあえず泣きながら電話で伝える。
『えっ?』と母親も言葉を失っていた。
旦那にも相談したが、返ってきた答えは。
「ほんなら、病院行ってこいや」
一言だけだった。心配そうな素振りもなく、テレビを見ながらお酒を呑んでいる。
(誰の子だかわかっているのだろうか……)
私には理解出来ない反応。
眠れない日は続いた。
一週間後に、不安の中1人で大きな病院へ向かった。
「一緒に行こうか?」
と母親は言ってくれたが、仕事を休んで貰うのが申し訳ないので断った。
念のための検査は泣きそうになりながら1人で受けた。
そして、大学の付属の病院だった為、学生がたくさん見学しに来た。
(私は何も聞かれてないし、許可もしてないぞ!!!)
と思いながら、まるで見世物のように、大勢の学生に診られながらエコーの検査を受けた。頭が小さくて育っていないかもしれない赤ちゃんのエコーの検査なんて滅多にないからだろうが、私の心には小さな傷が残っている。
(せめて一言、声をかけてくれれば……)
私はいつも何も言えなかった。
あの頃の私はいつも。
何かに怯えながら生きていた。
だが、きちんと調べてもらわなければならない。時間をかけて、入念にエコーの検査は行われた。角度を変えて、いろんな所から私のお腹の中の赤ちゃんは調べられた。
結果からすると、頭が小さいだけで、何も問題はないですよ。と言われて安心したのだけど。
次の検診の日、再度問題が発生する。
「逆子だねぇ……」
(はぁーーー、なんで普通に物事が進まないのだろう……)
「よくある事だから!!!」
と病院ではいってもらえるのだが……。
家では違う。旦那は違う。
「妊娠は病気じゃないから、もっと動けるやろ!」
「赤ちゃんは頭の方が体より大きくて重いから、普通は頭が自然に下に行くはすだ!逆子なのは、お前がぐうたらしているからだ!」
と、お酒を飲みながら文句をいう旦那。
どうせ、営業先のどこかで聞いたのだろう。
とにかく自分ファーストの甘やかされた最低な男だと、その頃漸く確信が持てたが、遅すぎだった。
旦那は、逆子体操をしている私の横で毎晩のようにお酒をのみながら嫌みを言い続けた。
私は、毎日蛙のような体勢で雑巾がけをして、買い物に行って歩いた。
食事も毎日作っていた。
嫌みを言われ続けながら逆子体操も続けた。
私は臨月が近づいてきても、お腹の膨らみが目立たなかった。
助産婦さんの意見はイロイロだ。
ある人は、
「小さい赤ちゃんだねぇ」
と言った。
またある人は、「いや、お腹の膨らみが前に出ないだけで、意外としっかり体重があるかもしれん!」
と言った。
ただ、命とは不思議なもので。
苦痛の日々を送っている私とは関係なく、お腹の子供は少しずつ順調に成長していた。私のお腹の中で、小さな命は元気に動いている。それだけが私の救いだった。
初産で当たり前のように予定日を過ぎていた私のお腹の中で、ある日の真夜中に異常な動きをした。
多分、お腹が苦しくて眠れない夜だった。
次の日の検診で言われた。
「あらっ?赤ちゃん、ちゃんと向き変えてるね」
エコーを見ていた医師が笑顔になった。
「そういえば、昨日の夜中にお腹の中がぐるんってなりましたー!」
私は嬉しくて、いつもより大きな声で伝えた。
「そんときだね。あー、良かった!赤ちゃんが準備してるから、魔法をかけておくね!」
(魔法?? なんだろ???)
とにかく、少しホッとして病院を後にした。
そのつぎの日、予定日より12日ほど遅れて陣痛がきた。
そして、これは出産後の先生の一言だ。
「この子は頭が小さいから、逆子が治りにくかったんだねぇ……」
きっちりと旦那には嫌みのように言ってはみたものの……。
なぁーんの効果もなく、その言葉は流されてどこかへ消えていった。
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