第8話

 壁の内側へと繋がる出口まで数十mだというのに相当運が悪いらしい。ダストから聞いた話ではキノマシナはこの時間帯に活動していないはずなのに、まさかイレギュラーと出くわすとは。


 タクトの進行方向に立ち辺りを見回して何かをしている様子。来た道を戻ってキノマシナが去るのを待ってもいいが日が暮れるまで時間に余裕がある訳ではない。仕方がない、遠回りをして迂回するのが最善だろう。


 (息を潜めて、全力でバレないように逃げる…)


 ダストの怪力で倒せないとなると子供の体のタクトがあのキノマシナを倒すことはほぼ不可能。瓦礫の影を見つからないように移動しながらもキノマシナに対して注意を向け続ける。

 見つかれば必ず殺される。緊張のせいかタクトの額には汗が浮かび、動かす足が鉛のように重く感じていた。



 

 移動した距離は数メートルだというのに、全力で走ったときのような疲労を感じる。キノマシナは砂埃から姿を現したときのまま動いてはいない。

 タクトにしてみれば好都合だ。このまま動かずにじっとしてくれれば、こちらも安全に戻ることができる。


 額の汗を拭い、歩き始めようとしたその時タクトの視界の端で何かが動いているを見つけた。


(あの姿……ダストか?)


 どうやらダストも帰る途中であのキノマシナがいるのを見つけたらしく瓦礫に隠れているようだ。袋も体も小柄なタクトに比べて大きな袋を持ったダストはこの瓦礫を見つからないように移動するのは難しいだろう。


(今は他人を気にする余裕なんて無い… 自分の事に集中しろ。この調子なら確実に時間内には戻れる)


 自分に言い聞かせながら歩みを進める。汗が流れ落ち、頭の中では鼓動の音が鳴り続けている。



 確実に戻れる、なんて思っていた事が悪かったのだろう。その言葉がタクトの心に一瞬の気の緩みを生んだ。平常時なら何の問題もない気の緩み、だがここは戦場だ。

 瓦礫の一部に金属の入った袋があたり、瓦礫の一部が崩れ落ちる。ヤバいと思う隙もなく静かな戦場に響く音。


 キノマシナがこちらへ移動してくるのとタクトが走り出したタイミングは同じだった。小さな隙間を体格を利用して進んでいくがじりじりと縮まる距離。


 「──────痛っ」


 後ろに気を取られて足元の段差を見落としていたらしく勢いよく地面に転ぶ。


(はやく…逃げないと……)


 起き上がろうとすると、背中に強い衝撃。どうやら、キノマシナが背中に乗ってきたらしい。こちらを見定めるような無機質な瞳。

 

 起き上がろうと試すが想像以上の質量を持つキノマシナを動かすことは出来ない。絶望がタクトを襲う。自分の命はここで終わるんだ、と身体中に張っていた気力が抜けていく。


 「…タクト逃げろ!」


 背後から勢いよく飛んできた瓦礫にキノマシナが吹き飛ばされる。起き上がると瓦礫を抱えたダストの姿。


 「早く!外壁へと向かえ!」


 そう言いながら次々に瓦礫をキノマシナへと投げていく。恐怖で動かない足を生きなければという使命感が無理やり動かしてくれる。

 瓦礫で転ぼうが関係ない。早く、早く、もっと早く走らなければ。



 泥と血で汚れた姿だが、やっとの思いでたどり着いた今朝通った小さな通路。嬉しさがこみ上げてくるがそんな事はどうでもいい。早く、今もキノマシナを押さえてくれているダストに伝えなければ。


「着いたよ!ダス─────」


 夕日に照らされ光を反射する液体。その中央でまるで遠吠えを行うかのように佇むキノマシナ。その幻想的な光景はタクトを再び絶望で支配した。キノマシナが咥える人の上半身。そして、地面に落ちる下半身と舞い散る血しぶき。


 ダストが死んだ。その事実がタクトの頭の中を埋め尽くした。






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