第45話 初めてのカラオケ

 アーチが「神様でも渡す紙を間違えるんですね」と言うと華菜が「あいつは普通の神じゃないからね」と言った。

 求美達三人の前から姿を消した丸顔神は瞬間移動で那須の殺生石に戻り、買っておきながら飲めずにいた新発売のビールを楽しもうとしていたところなので女の子のじゃまが入ることもなく、華菜の言葉がまる聞こえだった。懲らしめてやろうかと思った丸顔神だったが、ラブレターを読まれてしまった手前、ばつが悪いので止むなく諦めた。

 一方、求美が「もう千年近く恋文なんてもらってないから、一瞬だったけど嬉しかったな」と言うとアーチが「絶対嘘、そんなはずないです」と言った。すると華菜が「特殊事情が有ったからなー」と呟いた。求美が丸顔神から交換で渡された紙を開いた。そこには「君達は私が女遊びばかりしていると思っているだろうが、殺生石から求美君とその尻尾を解放した後、事あるごとに求美君とその尻尾それに飛蝶の行動を監視調査してきた。結果、数々の悪事は求美君ではなく飛蝶が働いたと確信した。私が今直接飛蝶を罰してもいいのだが、私以外の神々がいだいてしまった悪い印象を払拭し、好印象に変えるために求美君と尻尾で決着をつけて欲しい」と書いてあった。華菜がすかさず「尻尾って三回も書いてる。根に持ってる!」と言うと求美も「神々が私達に悪い印象を持ったのはあなたのせいでしょうが」と言った。アーチが「わざわざ紙に書かないで口で言えばいいのに」と言うと華菜が「恋文を書いたついでだったんじゃないの」と言った。求美が「元々私達で決着をつけるつもりだったんだけどね。まあこれで丸顔神公認になったんだから喜ぶべきことだよね」と言った。そして続けて「そのお祝いだ。カラオケいくぞー」と言うと、華菜とアーチが「オー」と答えた。気が合う呑気な三人組であった。なので新宿駅の方に向かうはずだったのが誰がということなしに慣れ親しみつつある中野駅に向かって歩いていた。昨日歩いて知っている道筋なので気楽に歩け、楽しいおしゃべりをしているうちにいつの間にか中野駅に着いた。不思議なもので着いた途端それまで感じていなかった足の疲れを感じ、周囲を見渡すとラッキーなことにすぐ近くにカラオケ店を見つけた。三人確認しあうこともなく同時に歩き出し入店した。店員に利用方法を一から聞いたので「若いのに利用方法が全く分からない奴がいるんだ」という目で見られ、華菜が「脅かしてやろうか」と思っているのが分かる求美が止めた。手続きを済ませ入室した途端、華菜が「あいつ絶対私達を馬鹿にしてたよね」と言い怒りを露わにした。求美が「私達には使命があるんだから騒ぎはおこさないで、我慢して」と言うと華菜がしぶしぶ「分かった」と言った。「歌唱力の凄さで脅かしてやろう」と求美が言うと、求美が何をしようとしているか理解した華菜が元気いっぱい「オー」と叫んだ。途端、求美と華菜は二人でスマホをいじりだした。そして早津馬が良く使っていると教えてくれた無料音楽アプリを見つけて開き、プロ本人が唄っている曲を物色し始めた。求美が歌のタイトルを見て良さそうと思った曲をスマホで流し、次に華菜が別の曲、という具合に交互に続けた。それを十曲ほど続けるとカラオケに予約した。そして求美がマイクを持つと、求美のイメージとは違う予想外の恋はスリル、ショック、サスペンスという曲が流れだし求美が唄い出した。それを聞いてアーチが驚いた。求美がスマホで流していたプロの歌唱そのものだったからだ。そして華菜が言っていた意味を理解した。一度聞けば声以外、完全コピー出来るのだった。「これが…、さすが妖怪」と思って聞いているうちにドアの外に気配を感じた。さっきの店員が覗いていた。続いて華菜がこれまた華菜のイメージと違う意外な歌、天城越えを唄い出した。当然声以外完全コピーだった。覗いていた店員の「凄え、プロだ」と言う声が聞こえた。華菜がしてやったりの顔をしていた。

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