第41話 キャバクラに隠し部屋

 「求美と華菜に何があった?」早津馬が急かしてアーチに聞くと「求美さんと華菜さんが店の中に連れ込まれました」と答えた。早津馬が「飛蝶がやったのか?」と聞くとアーチが首を振った。「あんなめちゃくちゃ強い妖怪の二人を店に連れ込める奴が飛蝶以外にいるのか?」早津馬が不思議そうな顔をしているとアーチが事の次第を話し始めた。それはこういうことだった。求美、華菜、アーチがキャバクラ店の前に着き、早津馬がいないのに気付き待っていると、キャバクラの店内から女の子が一人出てきた。何か用事があったはずだが通行人が振り返っては二度見、三度見しているのに気付き、その視線の先の求美達を見ると驚いた表情を見せ慌てて店内に戻って行った。そして再び数人の女の子を連れて出てきた。連れられて出てきた女の子達が口々に「ホントだー」「超イケメーン」「タイプー」と言い求美と華菜を取り囲んだ。そして早津馬を待つためその場に残ろうと頑張る求美と華菜を力づくで店内に連れ込んでいったと言うことだった。「あの怪力の求美を力づくでって、どういうことだ?その女の子達はどんなパワーを持ってるんだ?」早津馬が不思議に思いながらアーチを見ると「私は置いていかれました」とアーチが涙目で言った。求美と華菜が連れ込まれた以上、店に入るしかないと判断した早津馬がアーチの肩に手をおき「入ろう」と言うとアーチが「やっぱり私だと緊張しないんですね」と更に悲しそうな顔をした。早津馬が慌てて手を引き「違う違う、見た目男なんでつい…」と言うとアーチが早津馬の手を取り自分の肩に置き「見た目男でも求美さんと華菜さんなら緊張しますよね。私は普通だから…、分かってます。もう慣れました。友達同士よそおって入りましょう」と言った。「アーチ、僅かな間に成長したな、大人だな」と思いながら、早津馬がアーチと肩を組むことで、少し不安な初めてのキャバクラ入店に勇気をもらい、店内に入ると店の女の子が近づいてきた。早津馬とアーチはその女の子にテーブルへ案内されながら、求美と華菜を探した。しかし店内が想像していた以上に広く人も多く、テーブルまでの移動の間の僅かな時間では見つけられなかった。案内されたのは少し奧のテーブルだった。席に座るといきなり隣のテーブルから聞き覚えのある図太い声が聞こえてきた。顔を見た早津馬が驚いた。丸顔神が楽しそうにキャバクラの女の子と喋っていたからだ。あまりにも楽しそうなその態度に早津馬は求美が「キャバクラにいる時の丸顔神は神ではなくただの助平オヤジなので、いつ何処にいても全て聞き分ける能力があるはずなのに何も聞こえてない」と言っていたのを思い出した。丸顔神のキャバクラでの様子を見ることが、キャバクラ体験と並ぶ目的なので、丸顔神がどんな話をしているのか気になり早津馬とアーチが聞き耳を立てたが、女の子の話しかけに答えて集中できず分からないまま、結局テーブルの女の子達と他愛も無い話をしていた。するとアーチが早津馬の袖を引っ張った。そして指を差した。早津馬がその方向を見るとやたら女の子が多いテーブルがあった。「何だろう?もしかして求美と華菜?」と早津馬がジッと見ていると囲んでいる女の子達の隙間からイケメンの求美の顔が見えた。「やっぱり求美、俺達とはレベルが違うな」と早津馬が思っていると、求美を見ている早津馬に気付いた隣の女の子が同じ方向を見ながら「凄いイケメンですよね。テレビなんかでタレントや俳優を簡単に国宝級って言ったりするけどあの二人は全然レベルが違う。あの人達こそ本物。でも私の好みは違って…」とまで言って口をつぐんだ。「キャバ嬢としての営業トークなのか?」と思ったが顔を見るとそうとも思えず「ひょっとして」と思った時、早津馬の袖を再びアーチが引っ張った。怒った顔のアーチを見て早津馬の心は冷静さを取り戻した。女の子達に囲まれていた求美と華菜も、来ているだろう丸顔神がどうしているか気になっていたのだが、女の子達のか細さが求美に怪力を使うことを許さず、キラキラした目で求美と華菜を見つめて話しかけてくる可愛らしさに何も出来ないでいた。そんな状況にも慣れて心が落ち着いてきた求美は狐の鋭い嗅覚で自分を取り囲んだキャバ嬢達の外に早津馬の匂いを嗅ぎ取った。「早津馬がいる」そう思ったが笑顔で自分に接してくれるキャバ嬢達を無下にも出来ず困っていると、それまで何処にいたのか急に現れた店長らしき人物が、女の子達のうち二人を残して他の女の子達を各テーブルに振り分けた。視界が開けた求美が早津馬とアーチを見つけると、二人は小さく手を振っていた。求美と華菜が手を振り返した。早津馬が隣の女の子に「あそこにいる知り合いと一緒のテーブルがいいんだけど」と言うと女の子が「あの超イケメンと知り合いだったんですか?」と求美と華菜のいる方を指差しながら驚いた表情で言った。「そうだよ、おかしい?」と早津馬が女の子に聞くと「おかしくはないですけど…、一緒にならないほうがいいと思いますよ」と残念そうに言った。それでも一息つくと席を立ち、店長らしき人と話をして早津馬とアーチを求美と華菜のテーブルに案内した。二人ずつ計四人いた女の子は一つのテーブルになると二人に減らされた。早津馬の隣についていた、そして案内してくれた女の子は別のテーブルに移動になった。移動際、早津馬に近寄り「次来たときは指名してね」と言って笑顔を見せ、他の女の子達に分からないようにこっそりと名刺を渡してきた。「あの子、本当に俺のこと好きなのかも…」と、そういう仕事だということを忘れ後ろ姿を見送っていると、その間に誰か割って入った。笑顔の丸顔神だった。早津馬を見てウインクした。早津馬の背筋に悪寒が走った。身震いした早津馬に求美が「どうしたの?」と聞いた。テーブルの席順が、両外側に女の子そしてその内側に華菜とアーチ、真ん中に求美と早津馬と自然な流れで決まって隣が女の子ではなくなったが、久しぶりの求美との肩の接触が嬉しくて笑顔だった早津馬の顔がひきつっていた。早津馬が求美に「丸顔神にウインクされた」と答えた。何時もと違う環境に加え、丸顔神のキャバクラでの生態に興味津々でそれがこれから見られるかもと思い、更に愛する早津馬と久しぶりに肩を並べ高揚して完全に気が緩んでいた求美は、その丸顔神が近くに来ているのに気付かなかった。「丸顔のウインクか、相当気持ち悪かったよね」と言って求美は早津馬を慰めるようにジッと見た。見つめられた早津馬は声にこそ出さないが満面の笑みで答えた。その様子を目撃した女の子にはボーイズラブにしか見えなかっただろう。暫くして求美に見つめられた高揚から冷静さを取り戻した早津馬は「さっきの丸顔神のウインクって、ひょっとしたら、あの名刺わざと置いてったんだって暗に匂わしたのかな?平等に接しなければならない立場上あからさまに俺達を支援する訳にいかないから」と思ったが求美には言わなかった。「丸顔、今どこ」と聞く求美に早津馬が「帰ったみたいだよ、出口の方に向かったから」と答えると残念そうに「丸顔のキャバクラでの生態見たかったのに、残念!」と言った。しかしその時既に女の子達との会話などが楽しくて、なかなか気の緩みがおさまらず無警戒な求美の頭上の天井に、派手な蝶がはり付いていた。飛蝶だった。丸顔神が出ていくのを待って入れ代わりに入ってきたのだった。「求美、危うし」となるところだが、飛蝶も求美達は閉じ込めたので暫く出てこられないし丸顔神もやり過ごしたから大丈夫と思って完全に気が緩んでおりイケメンの求美と華菜を見ても「なかなかのイケメン、今やることがなかったら私の男にしてやるのに」と思う状態だった。それから暫くして数人の屈強な男達が周りを警戒しながら入店して来た。その男達のリーダーらしき男が女の子に店長を呼び出させ、店長と一言二言話を交わすと店の奧の目立たないドアの前のテーブル席に陣取った。そしてリーダーらしき男が目立たないドアを開けて中に入り、暫くして出てきた。そのタイミングで顔を隠した中肉中背の男が屈強な男と共に入店して来た。そして屈強な男が目立たないドアを開けると中肉中背の男は中に入って行った。数人の女の子が後に続いた。いつの間にか天井の蝶がいなくなっていた。そして一人の女の子の髪の蝶のアクセサリーが動いていた。中肉中背の男は漢字で一波と書く、都知事のひとなみだった。飛蝶がいることに気付いていない求美達は周りでおきていることに無関心で、騒ぐことが苦手な早津馬を除いて女の子達と盛り上がっていた。

 よく見ないと壁があるだけでドアがあるのが分からない部屋に迷わず真っ直ぐ入室、都知事と店との計り知れない深い関係が予想出来た。それはVIPルームではなく、明らかに都知事専用の隠し部屋だった。

 その中で今、事件が起きていた。飛蝶が妖術で部屋の中の全員を眠らせ、更に都知事の一波を蠅ほどのサイズに小さくして足でつかんで飛び上がると空中停止し、妖力で店内最高級だろうソファーを持ち上げ勢いよく床に叩きつけた。その大きな音に驚いた屈強な男達が立ち上がり「入ります!」と言って目立たないドアを開け次々部屋になだれ込んだ。しかし女の子達が倒れているだけで都知事の姿はなく口々に「探せ探せ」と言って騒ぎだした。それはやがて店内全体に広まり、男達が都知事を探して走りまわった。呑気にキャバクラを楽しんでいた肝の太い求美達は、最初は気付かなかったがさすがに騒ぎが大きくなると気付き、状況を呑み込もうと気を引き締めた。だがその時飛蝶は既に、騒ぎに乗じ、都知事を足でつかんだまま高速で飛び、キャバクラ店内から脱出していた。

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