第36話 東京都庁へ

 求美達の女子会が気になってなかなか寝付けず睡眠不足でも、求美達を思い目覚ましをかけていなくても、出勤日の朝なので自然と同じ時刻に目を覚ました早津馬が、求美達がいる隣の部屋に入ると求美達3人は女子会をしていた時の形のまま、炬燵の上のテーブルに顔を預けて眠っていた。シャワーも浴びなかったようだ。酒豪の求美と華菜には酒が全然足りないはずなので、相当会話が楽しかったようだ。早津馬が部屋に入った気配で目を覚ました求美が眠そうに「おはよう」と言うとすぐにテレビを点けた。早津馬が「求美も朝からテレビを見るんだね」と言うと求美がニュース番組を探しながら「飛蝶に結びつくニュースがないかなと思って」と言った。そのテレビの音で華菜とアーチも目を覚ました。しばらく各局のニュース番組を見たが飛蝶が関わっていそうなニュースはなかった。出社ぎりぎりになった早津馬が「じゃ、稼いでくる」と笑顔をつくって言うと華菜が「早津馬ー、どうすればいい?何処を探したらいいかな」と聞いてきた。早津馬が「求美、昨日の夜、飛蝶が都知事を新しいターゲットにする可能性があるって言ってたよね。とりあえず都庁に行ってみたら」と答えると求美が「そうだね。可能性があるんだから行ってみようか。他に当ても無いんだし」と言った。華菜とアーチがうなずいた。早津馬が「都知事だからって必ず都庁にいる訳じゃないけど、いる確率は高いはずだから、飛蝶が目を付けていたらそこで出会える確率は高いと思うな。案外簡単にまた飛蝶の居場所を特定出来るかもね」と言った。そして続けて求美に「都庁の場所分かる?」と聞くと、聞く前に早津馬が推測したとおりの「分からない」という答えが返ってきた。早津馬が「乗せて行こうか?」と言おうとしたその時、そう言うだろうと読んでいた求美が「早津馬、都庁へは私達だけで行くから、今日は仕事に集中してたっぷり稼いできて」と言った。早津馬が少しだけ残念そうな顔をした。華菜とアーチから笑顔が消えた。早津馬のタクシーで行けると思ったからだ。求美が早津馬に「都庁がどっちの方角かだけ教えて」と聞くと早津馬に「まさか歩いて行くつもり?」と聞き返された。「そのつもりだけど」と答えた求美に早津馬が「体力が人間と同じじゃないと思うから、単純に比較出来ないけど、かなり遠いよ」と言った。求美が「お弁当代だけもらえれば、後は根性で」と強豪運動部の選手のような精神論を唱えた。しかし求美の横から華菜とアーチが顔を出し、早津馬に「宜しくお願いしまーす」と言って愛想笑いを見せた。すると早津馬も笑顔で「大事なのは夜だから今はまだ大丈夫。とりあえず会社に行って点呼を受けて、その後タクシーで戻ってくるからここで待ってて」と言いアパートを出て行った。「また早津馬の仕事の邪魔を…」と求美が言うと華菜が「いいんじゃない。早津馬、嬉しそうだし生き生きしてたよ」と返した。すると求美が「早津馬、魅力増してるよねー」とどこから出たのか分からない感想を言った。「早津馬が戻ってくるまで何してようか?」と華菜が言うとアーチが「にらめっこしましょ。今まで鼠だったんで出来なかったから」と言った。求美が「そんな子供みたいなこと…」と言ったがアーチはどうしてもやりたいようだった。早津馬が出社して点呼等を済ませ、タクシーでアパートに戻りドアを開け、求美達がいる部屋に入ろうとガラス引戸を開けると、求美達3人が変顔をしたまま早津馬を見た。早津馬は反射的にガラス引戸を閉めた。そして笑いがこみ上げてくるのを口を真一文字にして我慢していると、部屋の中で求美が華菜とアーチにただ一言「見られちゃったね」と言い「準備出来てるよね。行こう」と続けた。相当な変顔をしていたのだが3人共、見られてもそれほど気にならないようだった。求美達をタクシーに乗せて都庁に向かう途中も、早津馬の脳裏には求美達3人の変顔が浮かんでは消えを繰り返していた。「今の自分の顔こそ通行人に見られたくない」と思う早津馬だった。都庁前を南北に走る道路を北から入り、求美が飛蝶の気配を感じないと言うので都庁の正面近くまでタクシーを進めて止め、求美達を降ろすと早津馬は未練を見せることなく「営業してくる」と言って走り去った。早津馬を見送りながら「いつもと違う」と呟く華菜に求美が「昨日の私達の言葉が染みたみたいね。今日は早津馬を呼ばないようにしよう」と言った。華菜が「そうだね」と返事をしたが、いくら華菜が求美に心を読まれないようにテレパシーを遮断していても、求美と華菜は生まれた時からの長い長い付き合いなので表情から本心が読み取れ「心から言ってない。早津馬は困ったふりして呼べば来てくれると思ってる。生活費結構かかるから稼いでもらわないと困るんだけどな」と思う求美だった。早津馬のタクシーに乗っていた時に都庁のビルが見え、早津馬から「あれが都庁だよ」と教えてもらったその時から「凄い大きな建物だな」と思っていた求美だったが、更に都庁の正面まで歩き、横断歩道を渡って都庁ビルにより近付いて見上げると、その高さに思わず「凄い迫力!」と感嘆した。華菜が「これはお金かかってるなー」と言った。求美、華菜、アーチ3人並んでしばし都庁を見上げた。正にお上りさんだった。しばらく見上げた後、求美が目の前におそらく天然石が素材の銘板があるのに気がついた。東京都庁第一本庁舎と掘ってあった。「早津馬、都庁の建物が他にもあるって言ってなかったよね、ここに第一って掘ってあるってことは他にもあるってことだからね。早津馬も都庁には詳しくないってことか。でも他にあっても迷わないで済みそう。政治家って見栄っ張りの人種だと思うから絶対第一のここにいる」と求美が華菜とアーチに言った。そしてその後突然、求美が「華菜、アーチ、都庁に来て正解だったよ。遠くに飛蝶の気配を感じるし、こっちに近づいて来てる。まだ遠いからここに来るかまでは分からないけど」と言った。華菜が「あいつ、ほぼ常に気がゆるんでて気配消してないから助かるよね」と言うと求美が「それでも近くまでくれば、私達が完全に気配を消してないと見つかるから油断しちゃ駄目だよ」と言った。それから少し間をおいて求美が「ここに来て大正解。飛蝶がここに来る。車で、多分タクシーだよ。見つからないようにあそこに隠れよう」と言い、目の前の生け垣を指差した。華菜は求美の言葉をすぐ理解したが、アーチは理解出来ず「この体じゃ大きすぎて入れないです」と言った。でもすぐ理解し「小さくしてくれるんですね」と言うと求美が「そうだよ」と答えた。そして求美の掛け声で3人同時に生け垣に向かって飛び込むと、途中で体が小さくなり生け垣の土の上に着地した。アーチだけ鼠に戻っていた。アーチはやや不満そうだった。いろいろな所に人がおり、その視線を完全に避けることが不可能なので近くにいる人の視線だけ避けたが、遠くから見ていた人がいたら、いきなり求美達3人が消えたように見えただろう。そして生け垣から前の道路を見張っていると、求美が言ったとおりタクシーが来て止まり、着飾った飛蝶が降りてきた。その行き先を求美達が生け垣内を移動して追うと庁舎内に入っていった。アーチが「見てきましょうか?」と言うと求美が「鼠の姿だとかえって見つかって騒ぎになりそう」と言った。華菜がふざけて「私が尻尾に戻って調べてこようか?」と言うと求美が真面目な顔で「マフラーとして首に巻けばおかしくないかも」と返した。華菜が真剣な表情になったのを見た求美が「華菜がマフラーになったら巨大すぎて人が見えなくて、マフラーが歩いてみたいになるじゃない。大騒ぎになるよ」と笑いながら言うと、アーチがその状況を想像し「尻尾のお化けだー」と言って笑った。そのアーチを華菜がじっと見た。気づいたアーチが手で口を押さえながら求美の後ろに隠れた。求美が笑いながら「アーチ、想像したね」と言った。

 その頃、飛蝶は妖力を使い都庁ビルのてっぺんにある緊急離着陸場というヘリポートのような所にいた。都知事の執務室の場所を妖力を使い上から特定するためだった。求美達がふざけた会話をして気が緩み、気配が現れたことから求美達の存在に気づいた。「急に近くに求美達の気配が…。入り口前にいる。また私をバカにして気が緩んだってことなら許せないけど、まだ仲が良かった頃バカと煙は高い所へ上るってバカにされたから、またバカにされる。ここに上がる前に気配を消したから、今ここにいることをあいつらは知らない。今日のところは消えよう。都知事の執務室の場所は分かったし、都知事が今いるところも特定したから」と意を決め、季節外れの蝶に変身し緊急離着陸場から飛び立った。「飛ぶの疲れんだよなー」と呟きながら。

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