第26話 アーチ、決死の潜入

 早津馬が「あれだけ綺麗なんだから男なんていくらでも…」と言いかけてやめた。そして「またやってしまった。二人の前で飛蝶をほめてしまった」と思いながら怖々、求美と華菜を見ると普段と変わらない表情だった。求美が「早津馬さん、そこまで気を使わなくていいですよ。飛蝶をほめるんなら私と華菜をほめて欲しいですけど、飛蝶に好意があって言ったんじゃないくらい分かりますから」と言った。華菜が「言いたくないけど、綺麗すぎると男が近づきにくいって言うよね」と言うと求美が「飛蝶はプライドが高いからよけい男が近づきにくいんじゃないかな」と続けた。すると華菜が「それなのに飛蝶はすぐあきちゃうんだよね」と言った。求美が華菜に「確かに目移りが早いよね」と言った後、早津馬の方に向きを変え「私はあきらめが早く、飛蝶はあきが早いんです」と言うと早津馬が「座布団10枚!さすが求美」と声を上げた。求美と華菜が「えっ」と声を上げたので早津馬が「声が大きかった?飛蝶に聞こえる?」と言うと華菜が「それじゃない。今、求美って呼び捨てにしたでしょ」と言った。華菜に言われて気づいた早津馬がしどろもどろでいると華菜が「普段から呼び捨てにしてるから出るんだよね、こういう時に」と言った。早津馬が「違う、呼び捨てになんかしてない」と言うと求美が「もう夫婦なんですから呼び捨てでいいですよ。じゃなくて呼び捨てにしてください」と言い、運転席の早津馬に横から抱きついた。するとなぜか華菜も後ろから早津馬に抱きついてきた。求美が「何?」と華菜に聞くと「私も早津馬と夫婦なんで」と答えた。求美が「さっきもしてたけど簡単に呼び捨て出来る華菜の性格がうらやましい」と言うと華菜が「ボスも呼び捨てにすれば…、簡単だよ」と言った。アーチが「じゃ私も」と言うと求美と華菜が同時に「アーチは駄目!」と言って睨んだ。アーチがびびった。「私はすぐには無理…」と求美が言った。その間、早津馬は本当は妖怪なのだが見た目美少女二人に抱きしめられて一人天国気分に浸っていた。アーチが「緊張感ないなー」とつぶやいた。早津馬を抱きしめ終えた華菜が「飛蝶が恋した男を探しに来ないかな?」と言うと、早津馬を華菜より少し長く抱きしめて満足した求美が「それは大丈夫だと思う。飛蝶はこことは反対側の方を探してたから。でも念のためが必要かな?あいつは普通じゃないからな」と言った。すると早津馬がバスケット選手がブザービーターを決めたような顔で「やっぱり持ってきて良かった」と言って、どう見ても新品の超小型のトランシーバーをポケットから出した。「これは何ですか?」と聞く求美に早津馬が「これはトランシーバーといって、これを持ってる者同士なら離れていても会話が出来るんだ」と答えると求美が「へー、これを持っていれば4人ばらばらでいても、いつでも話が出来るってことですね。最高ですね」と言った。早津馬が「この辺の建物の密度でも200メートルを越えなければ大丈夫なはずだから」と続けた。「私と華菜ならテレパシーで話ができるけど、早津馬さんとアーチにはテレパシーを送ることしかできない。体のどこかがくっついていれば受けとれるけど、そうはいかないので助かります」と求美が言うと早津馬が「そうか、俺とアーチちゃんのために必要なだけなんだよな」と意気消沈した。求美が早津馬を傷つけてしまったかなと思い「私と華菜の場合でもこれを使った方がずっと楽ですよ」と言った。そして続けて「全員でこれを持って分かれて監視して、飛蝶が気配を消して近づいてきても分かるようにしましょう」と言った。そして更に続けて「ビルの部屋への非常階段の見張りは早津馬さんが、華菜は大通りの方で適当な場所を探して監視、私は左の方でどこか探して監視するから…、以上よろしくお願いします」と求美が言った。華菜が「今日は車の中でぬくぬくかと思ったけど、そんな甘くないか」と言った。自分の見張り場所を求美に指示されなかったアーチが不安そうな顔で求美に「私はどうしたらいいんですか?」と聞くと求美が「アーチには特別な任務があるの」と答えた。アーチの表情が明るくなった。求美が「アーチには鼠に戻ってもらって、例の部屋に潜入してほしいんだ。今なら飛蝶がいないはずだから楽に潜入できるはずだし、部屋の中の様子を教えて」と言うとアーチが「早津馬さんのトランシーバーとかいうやつを早速使うんですね」と言った。「さすがアーチ、頭いい」と求美が言うとアーチが照れた。「危険になったらすぐ連絡して。助けに行くから」と求美が言うとアーチが「大丈夫です。飛蝶には妖術をかけられるなんて思いもしないで逃げなかったからかけられてしまっただけだし、求美さんに妖術をかけられた時は求美さんが妖怪には全然見えなかったからで、分かってさえいれば見つからないように大きな動物にはできない、素早い動きでうまく隠れますから」と言った。求美は、アーチに自分が「妖怪に見えなかった」と言われたことがうれしくてニコニコしていた。早津馬が「いくら超小型でも鼠に戻ったら負担が大きいから、トランシーバーは置いて逃げていいからね」と言うと横から華菜が「そうしたら私がトランシーバーを通して怖い声を出して脅かしてあげる」と言った。するとその言葉を聞いた求美が「確かに毒舌と怖い顔はなかなかだけど、声が可愛いすぎて迫力がない。無理」と言った。「そうかなあ、ボスが知らないだけだと思うけどなあ」と言う華菜を無視して求美がアーチに「今から潜入できる?無理ならいいよ」と言うとアーチが「行きます。大丈夫です」と語気強く答えた。しかしアーチの足は震えていた。「本当はアーチ、怖いんだ」と思う求美だったが部屋の中がどうなっているか知る必要があると判断し「何があっても絶対助けるぞ」と心に誓い、苦渋の決断でアーチを鼠に戻した。するとアーチは躊躇なくトランシーバーを手…、ではなく前足で持ちビルに向かおうとした。それを見た早津馬がアーチを引き止め「前足でトランシーバーを持つと、いざという時に素早く動けないよね、だから…」とまで言ったところで言葉を止めた。そして求美に「アーチちゃん鼠に戻ったらトランシーバーが使えなくなるんじゃない?話せなくなるんじゃない?」と聞くと求美が「話せるようにしてあるんで大丈夫です」と答えた。早津馬が「それなら大丈夫だね」と言った後「お腹にくっつけて固定すれば前足が使えるし、トランシーバーのマイクもアーチちゃんの声を拾いやすいから」と言って、いつもの四つ足状態のアーチのお腹の下に横から超小型トランシーバーを入れた。するとアーチが「あっ、胸!」と声を上げた。早津馬の手の親指が鼠のアーチの胸に当たったのだ。すかさず華菜が「早津馬ドスケベ」と言った。「そんなつもりないよ」と言う早津馬を求美が冷たい目で見ながら「二度としないでくださいね。アーチも若い鼠の女の子なんですから」と言った。早津馬がアーチに「ごめんね、次からは気をつけるから」と言うとアーチが「覚悟を決めました。早津馬さんの気持ち、大事にしたいです。早津馬さんと結婚します」と言った。求美と華菜が一瞬、唖然としたがすぐに二人声を合わせて「それはダメ」と言ってアーチを一喝した。華菜一人でも十分怖いのにボスの求美まで加わったため、あまりの恐怖にアーチがへたれ込んだ。それを見て求美が「これはまずい、つい感情的になって飛蝶への恐怖があるアーチに私と華菜で更に恐怖を与えてしまった。何とかしないと」と思い不本意ながら譲歩することにした。「アーチ、ごめん。怖かったよね。この作戦の間だけなら早津馬さんと夫婦になっていいよ」と求美が言うとアーチが「本当ですか?」と聞いてきた。求美が「でも、あくまでもこの作戦の間だけだからね」と繰り返すとアーチが「それで十分です。あくまでも、もしもですけど作戦中に命を失って独身で終わるってことがなくなりますから。この作戦が終わったら鼠の彼氏をつくります。たぶん…」と言って笑い声をたてた。そして早津馬に「トランシーバー付けて」とねだるように言った。自分の意志が無視された状態で話が進んだが、これも作戦成功のためにはやむを得ないと判断した早津馬が、緊急用に準備しておいた、最新の柔軟性があって止め具無しでゆるまない包帯で超小型トランシーバーをアーチのお腹の部分に、動いても外れず苦しくない絶妙な強さで巻いてあげた。そして表面をマジックで黒く塗って目立たなくするとアーチに「電源は今入れたから、後は話したい時にここを押せば話せるから」と言うと、アーチが早速そのボタンを押して「早津馬、行ってくるね」と言った。「アーチも呼び捨てか、呼び捨てできないのは私だけか…」と複雑な心境の求美がいた。短期とはいえ鼠が妻というあり得ない状況に心が乱れながらも早津馬が「気をつけて」と言うとその言葉をトランシーバーで確認したアーチが、一度立って早津馬の方を向き両前足を左右に振り、早津馬が手を振り返すのを確認すると飛蝶の悪事の温床のビルに向かい颯爽と走って行った。「そう言えば昔から動物には良く懐かれてたな」と早津馬が思いだしていると求美が「早津馬さんがトランシーバーを用意してくれたので連絡の問題が消えたし、私達も持ち場に行きましょう」と言った。すると華菜が「これから監視場所を探すの面倒くさいなー。早津馬ー、場所代わろうよ」と言った。早津馬が「いいよ」と答えると求美が「駄目よ華菜」と言った後、早津馬に向かい「華菜が可愛いからって甘すぎです」と言った。「一番可愛いのは君だよ、求美」と早津馬が心の中で呼び捨てにした。

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