第19話 飛蝶の愛の巣は何処

 華菜が「こういうのを亀の甲より年の功って言うんでしょう」と言った。早津馬が「よくそんな言葉知ってるねー、感じ悪いなー」とわざと笑顔で言い、更に「君のほうが遥かに年上なんだけどねー」と言った。すると求美が「すみません」と謝った。「求美ちゃんは優しいな」とわざと大きな声で言った後、早津馬は路上駐車させているタクシーを飛蝶に見つからないぎりぎりまで前に出し、自身も身を乗り出して飛蝶を見張りだした。すると間もなく早津馬の目に飛蝶が手を上げるのが見えた。早津馬が求美と華菜に「飛蝶がタクシーに乗るよ」と伝え、いつでも車を発進できるように態勢をとり、飛蝶がもしこちらを見てもまぶしさで自分達が見えないようにヘッドライトを点けて待っていると飛蝶の乗ったタクシーが目の前を通り過ぎた。その時タクシーのヘッドライトが飛蝶の顔を照らした。夜目のせいもあるのか息をのむ美しさだった。早津馬が思わず見とれていると求美が「ねっ、言ったとおり綺麗でしょ」と言って早津馬の顔のすぐ横に自分の顔を寄せた。くっつきそうな体勢の求美の体から、早津馬は香水とは違う自分好みのいい香りを感じた。「狐なのになんでこんないい香りが…」と早津馬が思っていると求美が「飛蝶って見かけだけはいいのよねー」と自分に言うようにささやいた。そして綺麗な飛蝶の顔を見た早津馬の表情が気になる求美は、すぐそばに求美の顔がある緊張で求美のほうを向けない早津馬の顔を見ようと、身を乗り出して早津馬の顔を正面から覗いた。早津馬が思わず「可愛い」とつぶやいた。求美が「確かに飛蝶は可愛いですよ」と言ってすねた顔をした。早津馬があわてて「違う違う…、求美ちゃんがだよ」と言うと求美が照れながら「早津馬さんも素敵です」と言った。華菜が「早津馬ってここから先に進まないんだよなー、今だに独身な訳だわ」とつぶやいた。求美と早津馬が二人で照れたままなのを見かねた華菜が「飛蝶のタクシー、ずいぶん先に行っちゃいましたよ」と言うと早津馬が「ごめんごめん、追いかけないとね」と言った。そして続けて「金を引き出すためにまたコンビニで降りるはず、六本木方面に向かっているはずだから道は分かってるから大丈夫」と前を見たまま言い、車を発進させた。そしてまた続けて「すぐ後ろについて行くよりこの方が気づかれにくくていいかも」と言うと華菜が「はいはい」と応じた。しばらく走ると停車している飛蝶が乗ったタクシーに追いついた。このコンビニには駐車場がないようだ。わざと追い越さずに後ろに付き、ヘッドライトで自分達が見えないようにして様子をうかがっていると飛蝶がタクシーから降り、コンビニに入って行った。飛蝶が乗ってきたタクシーは走り去った。早津馬がまたタクシーをコンビニの100メートルほど先に移動させ様子をうかがっていると、しばらくして飛蝶が出てきてまたタクシーを拾おうとしているのが分かった。そんなことを数回繰り返した。そのたびに服装とヘアスタイルが変わった。しかしそれも終わりになるようだ。今度は様子が違った。コンビニから出てきた飛蝶は買い物をしているうえ、遠目に見ても動きが穏やかなのが分かった。求美が「これが最後ですね、これから子供達のところに帰ります」と言うと早津馬も「そうだね」と同調した。華菜が「そういうところ分かりやすいんだよね、飛蝶って。まあ、好きな人に可愛いって言われてすごい照れかたをする分かりやすい方もいらっしゃるけど」と言うと、自分のことと察した求美が「華菜はないよねー、そういうところ」と言い「あれー、千年前位だったかな…」と続けたところで華菜が「何もなかったです!もお」と言って求美の言葉をさえぎった。早津馬は「ひょっとして華菜ちゃん、求美ちゃんの気持ちを俺に伝えてる?」と考えはじめ、尾行がおざなりになった。そのため飛蝶の乗ったタクシーが曲がろうとしていることに気づかず直進しようとしていた。車の左右についているオレンジ色の発光体が点滅すると、点滅した方に曲がることを学習した求美が早津馬が直進しようとしていることに気づき「右に曲がるようですよ」と教えた。それで気がついた早津馬が「あっ、いけねっ」と言って巧みな運転で車をなめらかに右折レーンに入れた。それから少し走ったところで求美が指を差して「あの大きな建物は何ですか?」と早津馬に聞いた。「六本木ヒルズっていって何でもありの複合施設だよ」と早津馬が答えると求美が「複合施設って良く分からないですけど、住めますか?」と更に聞いた。早津馬が「住めるよ」と答えると求美が「あそこに行くと思います」と言った。続いて華菜が「見栄っ張りは変わらないからなー」と言った。求美のその予想通り飛蝶の乗ったタクシーは六本木ヒルズに向かい、六本木ヒルズの地下駐車場に入って行った。かなり距離が空いていたが求美は鋭い視力で地下駐車場に入る前、後部窓が開き顔を出して六本木ヒルズを見上げる飛蝶に気づいていた。求美が「早津馬さん、飛蝶はここに住んでません」と言った。早津馬が「今日だって相当稼いだはずだし、金は十分持ってるんじゃないかな、どうして?」と聞くと求美が「それは飛蝶がとびきりの見栄っ張りだからです。飛蝶が住みたいのは最上階、最高ランクの部屋だと思います。とんでもなく高いって那須の温泉のテレビでやってたのを見た覚えがあります。それに加えて家具なんかも最高級品にしたいと思っているはずなんでまだ足りないんだと思います。だから、あこがれの六本木ヒルズを見たくて寄り道をしただけだと思います」と答えた。早津馬が「六本木ヒルズに住みたいなんて考えもしなかったな、まして最上階なんて。少しは考えたほうが良かったのかな、今振り返ると…。」と言った後「そういうことなら、確かにまだまだ資金不足かもしれないね」と続けると求美が「飛蝶が異常なんです。プライドだけめちゃくちゃ高くて」と言った。華菜が「一番高い部屋っていくらなんだろう」と聞いてきたが見当がつかない早津馬は「飛蝶に聞いて!」と返した。華菜がムッとしていた。早津馬が「さすがに駐車場にまでついて行くとばれると思うし、求美ちゃんの言うとおりだと思うから、出てくるところは見当つくから先回りして待ってよ」と言って車を移動させた。待っていると本当にその出口から飛蝶が乗ったままタクシーが出てきた。そして西麻布の方に向かって走りだした。早津馬も少し距離を空けて路上駐車していたタクシーを発進させた。「どうしてここから出てくると思ったんですか?」と聞く求美に早津馬が「六本木ヒルズに住むのがあこがれだったら出来るだけその近くにいたいだろうし、見栄も張りたいならって考えたら西麻布だと思ったんだ。当たって良かったー。本当はどきどきしてたんだ」と答えた。そして続けて「中野からここまでのルートとここから出てきたことを考えると行き先は西麻布に確定、間違いない」と言った。

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