第9話 ショッピングモール②


 服を買い終えた女性陣は、満足げな顔でそれぞれ服の包みを抱えている。

 途中、和音ちゃんの無邪気な行動で、試着途中な高嶺さんの簡易更衣室が開かれたりしてしまったけど、それは余談。……余談!


 時刻はお昼を過ぎていた。

 和音ちゃんのお腹がグゥと鳴ったので、そろそろ昼食をとることにする。

 俺たちはフードコートに向かった。


「いい匂いがします!」


 和音ちゃんが真っ先に反応した。

 十軒弱の食事テナントが集まり、互いに匂いを垂れ流しているのだ。

 ウチへ来い、来てくださいと、集客のために食欲を刺激する匂いで主張する。スパイシーなカレーの匂い、アブラギッシュで香ばしいフライドポテトの匂い、ラーメン、とんかつ、サンドイッチ、うどんにアイスクリーム。


「なんでもある!」


 たくさんの椅子とテーブルが並ぶ広いフードコートの中央で、和音ちゃんがクルっと回った。360度、どこを見ても飲食の店。壮観だ。


「だめだよわーちゃん、大人しくしないと」

「他の人の迷惑になるからね和音ちゃん」

「すみませんでした!」


 和音ちゃんは敬礼した。そのまま近くのテーブルにつくと、椅子の上で足をパタパタ。楽しそうに食べ物のお店を眺め回した。


「和音ちゃんはなに食べたいの?」

「えーと、えーと」


 問うと、さっきより和音ちゃんの首の動きがせわしくなる。

 そして俺の顔を見て、とまった。


「わかりません!」

「えええ?」


 返事に困惑してしまう俺。高嶺さんがクスクス笑いだす。


「ウチはいつもね、フードコートで皆が好きに買ってきたものを、わーちゃんが少しづつ色々と食べる形だったの」

「みんなって……あ」


 言い差して、俺は止まった。

 みんな――つまり、死んだご両親のことだろう。俺が言葉に詰まってると、高嶺さんはニッコリと笑ってフードコートのお店を見渡した。


「だからね、今日は天堂くんと一緒にたくさん食べたいなと思って! 色々なものを買って、みんなで分けましょ!?」

「あ、ああ。そうだね、そうするか!」


 俺と高嶺さんは、手分けをして食事を買い漁った。

 たこ焼き、ハンバーガーにポテトフライ、うどんに天ぷら、サンドイッチ、カレー。

 和音ちゃんが待っているテーブルの上に、ドドーンと載せていく。


「ごちそうです!」

「ごちそうだねーわーちゃん!」

「たべていいですか!?」

「みんなで頂きますを言ってからだよ、天堂くんお願いしてもいいですか?」


 二人にじっと見られた俺は、コホンと咳払い一つ。


「じゃ、いくよ? いっせーの……」

「「「いただきます!」」」


 テーブルの上一面に広がった食べ物の数々を前に、俺たちは手を合わせる。

 こうして食事は始まった。

 たこ焼きを一個食べ、ポテトフライを摘まむ。俺がそうしていると、和音ちゃんも同じものを摘まもうとしてくる。


「カズオミお兄ちゃんと同じのたべる!」


 もっくもっくと口を動かす和音ちゃんは小動物のようなカワイサだ。

 食べる様子を俺はつい眺めてしまう。


「わーちゃんおいしい?」

「おいしい!」


 量はほんの少しだけ。それを色々と食べていくというのは、なかなか楽しい食べ方だった。あ、カレーはちょっと辛いな。和音ちゃん、これ食べられるのかな?


「からいです!」


 やっぱりそうかー。和音ちゃんは舌を出して、ハアハアしている。


「はい。ジュースあるから、焦らないでわーちゃん」


 食べられないものが混ざっているのもご愛敬なのだろう。とても楽しそうな和音ちゃんだった。


 あれを食べ、これを食べ。

 ジュースを飲んでアイスも食べて。

 結構テナントを渡り歩いたせいか、和音ちゃんがウトウトしてきた。


「わーちゃん、眠いの?」

「ねむく……ない」

「眠そうだ」

「ねむ……く」


 和音ちゃんは寝てしまった。

 聞けば昨日の夜から今日が楽しみすぎて、夜更かしをしてしまっていたらしい。

 俺は一度席を立って、和音ちゃんの身体に上着を掛けた。


「どうしよう、今日はもう帰ろうか」

「そうね、買い物もできたし」

「今日は頑張ってたね、高嶺さん。店員さんの目をちゃんと見てたじゃない」

「そ、そうかな……。でもそれは、きっと天堂くんが横に居てくれたから」


 そう言って俯き加減に顔を赤らめる高嶺さん。

 そんな反応をされると俺も恥ずかしい。困って頭を掻きながらテレていく俺だ。


「一歩一歩ね、やっていこうよ。俺でよかったら、いつでもまた付き合うから」

「うん」


 気がつくと、やはり俺たちは周囲から注目されていた。

「あの子かわいいな」「なんだあの一緒にいるやつ」そんな声が耳に届く。

 だけど不思議なことに、さっきまでよりも俺の心に言葉が痛くなかった。


 俺でも高嶺さんの役に立ててるんだ。


 そういう思いが、いま俺の中にあるからかもしれない。


「あのね、天堂くん。聞いてもらっていいですか」

「うん。もちろん。なんでも聞くよ」

「ありがとう」


 高嶺さんがほんのり笑う。

 その後、彼女はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと話しだした。


「私の両親ね、このミオンにくる途中に事故にあったの」

「…………」

「両親の車がね、トラックにぶつかられて。相手の人、居眠り運転だったって……」


 高嶺さんは俯きながら、絞り出すように言葉を紡いでいく。

 俺に話すというよりは自分に語り掛けているような気もした。

 邪魔をしないように、俺は無言で頷くだけだった。


「だからね、ミオンに来るのは久しぶりなんです。ずっと、来たくなくて。今日も本当は、来るのが怖かった」


 ああ。今朝も言ってたっけ、久しぶりに来たと。

 そのときの高嶺さんの顔を思い出す。寂しいような哀しいような、なんとも透き通るような笑顔をしていた気がする。


「でもね、本当に今日は来てよかった。誘ってくれてありがとう天堂くん」

「よかった。事情も知らずに誘っちゃったけど、そう言って貰えて本当によかったと思う」

「うん、……うん」


 高嶺さんは、自分を鼓舞するように頷いた。

 俺はまだ、身内を亡くした経験がない。両親だって、海外に居るというだけで健在だ。

 だから本当の意味で、俺が彼女の気持ちを知ることはできないだろう。


 けれども俺はいま、高嶺さんに敬意の念を感じている。

 過去をしっかり見つめて前へと進もうとしている姿に、畏敬を抱いている。

 彼女を応援していきたい。頑張る彼女を見ていたい。

 心の底から、そう思った。


 その後高嶺さんは、色々なことを話してくれた。

 両親はどちらも親戚方と折り合いが悪く、疎遠だったこと。

 妹とそれぞれ違う施設に保護されそうになってたこと。

 遠縁の叔母に泣きついて、財産管理目的で良いからと未成年後見人になって貰ったということ。


 ……そうか、彼女の叔母さんがやっていることはだいぶ無茶な事だと思っていたけれども、高嶺さんから頼んだ立場だったのか。

 任せなければとっくに妹と離れになっていた、そういう事情があったのだ。


「ごめんね、こんなこと。天堂くんに話しちゃって」

「いや、むしろ嬉しかったよ。話してくれてありがとう高嶺さん」


 高嶺さんとの距離が、一気に近づいた気がした。

 俺はそれが嬉しかった。和音ちゃんのことも知れた、それもまた嬉しかった。

 この姉妹と関わることができたのは、俺にとっての幸せだ。力になっていきたいと、俺は思った。そのために、俺自身もまた頑張ろうと思った。


「ありがとう。ふふ、私たち姉妹、どちらも天堂くんにお世話になってばかり」

「俺の方こそ。お弁当もそうだし夕飯を作って貰う日も多いし、物理的にお世話になってばかりで。いつも美味しいです、ありがとう」

「お粗末さまです。でもそれこそ気にしないで、天堂くんとの食事、楽しいから」


 あはは、うふふ、と俺たちは笑いあった。

 お互いにテレていたかもしれない。でもちゃんと目を見ながら笑ったのは、相手に自分の気持ちをしっかり伝えたかったからに相違ない。

 ――なんて。

 俺はとりとめもなくそんなことを考えながら、高嶺さんと笑いあったのだった。



 ◇◆◇◆



 寝てしまった和音ちゃんを俺がおんぶし、ショッピングモール内の帰路を歩く。

 そんなときだ。俺たちはあの人と会ってしまった。


「あら? ……瑞希ちゃん?」

「垣崎の叔母さん?」


 ――高嶺さんの叔母さんに。

 ブランド服に身を包んだ、四十代の派手な人。それが俺の初印象だった。



 ◇◆◇◆



 余談。


「きゃあぁぁあーっ! わーちゃん!?」


 簡易更衣室のカーテンをめくり、和音ちゃんが試着途中の高嶺さんの姿を見ようとした。

「まだーお姉ちゃん?」と邪気のない様子でカーテンをめくった和音ちゃんはきっと天使ではなく小悪魔だ。

 自覚なく『そういうこと』をしてしまう。


 そういうこと。

 つまり着替え中の高嶺さんは上下ともに下着姿で、試着の真っ只中だったのである。

 淡いピンクの下着上下。

 特にパンツの方に、俺の目は奪われた。

 いや仕方ないのだ、俺だって年頃の高校生。そこに女の子のパンツあれば、どうしても注目してしまう。


「だめでしょー! わーちゃーんっ!」


 一瞬でカーテンは閉められたが、俺の網膜には薄ピンクのパンツが目に焼き付いてしまった。いやだから仕方ないって高校男子なんだから。


 簡易更衣室の中から声がした。


「……見た? 天堂くん」

「ミテナイヨ」


 俺は棒読みで答える。


「エッチ」


 ――まあ、そんなことがあったんだ、という。

 これはそう、余談なのだった。

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