第3話 一緒におふろ
「わ、和音ちゃん!?」
俺は仰天した。風呂場に突然、和音ちゃんが入ってきたのだ。
「寝てたんじゃないの!?」
「おきちゃった! そしたらカズオミお兄ちゃんがおふろ入ってたから!」
「勝手に入ってきたらダメだよ!」
「わかりました! 一緒に入っていいですか!?」
「事後承諾!?」
もちろん俺は断ろうと思った。チラリと和音ちゃんの方を見る。
和音ちゃんは満面の笑みを浮かべていた。俺とお風呂に入るのが楽しみで仕方ないという顔だった。えええ、そんな顔されても。
「へくちっ!」
くしゃみを一つ、和音ちゃん。
ああ、裸でまだお湯を使ってないから寒いのか。いけない、風邪をひかせてしまう。
あれ? そう思うと、さっさとシャワーを浴びてもらって湯舟に浸からせないとマズいのか? しまった断りづらい。
「ちゃ、ちゃんと身体を流してから湯舟に入らないとダメだよ?」
「わかっています!」
仕方なく、俺は承諾。
ニッコリと。
ひと際嬉しそうな笑みを浮かべて、和音ちゃんはシャワーを手に取った。
「まずはシャワーを浴びます!」
そういって、「はい!」と。手に取ったシャワーを俺に渡してきた。
「え?」
「いつもお姉ちゃんにやってもらってます!」
「ああそっか、なるほど」
つまり俺にやってくれ、という意味だ。
俺は湯舟に入ったまま給湯器を弄り、シャワーを出した。湯加減を温めに設定して、手で確認。和音ちゃんの背中に湯を掛けていく。
「ふわわわわ、あったかーい!」
「大丈夫、和音ちゃん? 熱くない?」
「だいじょうぶ!」
「そっか、それならいいけど」
俺は和音ちゃんの身体に満遍なくお湯を掛けていった。
あれ? と、そのとき気づく。いつの間にか俺はこの場に順応してしまっていたようで、恥ずかしさを感じていなかった。
その後、和音ちゃんを湯舟に入れて、一緒に身体を温めた。
普通ならこの後ボディソープで身体を洗ったりするんだけど、今日はそこを省略。汗を流せたことでよしとして、二人で脱衣所へ。
「カズオミお兄ちゃん、からだふきふきしてー!」
「わかったわかった、えっと大きなバスタオルはっと……」
きっと高嶺さんも毎日こんな感じなんだな、こりゃ大変だよ。
俺が苦笑しながら和音ちゃんの分のバスタオルを探し出した、そのときだ。
「わーちゃん!? ダメでしょお兄ちゃんが入ってるのに!」
と、脱衣所の戸がガラリと開けられた。
開けたのは高嶺さんで、その瞬間、俺は素っ裸。なので、開けられた戸は瞬間的にガラリと閉められて。
「ごごご、ごめんなさいっ!」
高嶺さんの悲鳴にも似た謝罪だけが響いたのだった。
◇◆◇◆
「いやその、別に変な意味じゃなくて! 和音ちゃんがお風呂に入ってきて!」
「わかってます、はい! わーちゃんがご迷惑お掛けしました」
「ホントだよ!? ほんとにだよ!?」
居間にて必死に言い訳をしている俺だった。
まさかあのタイミングで高嶺さんが脱衣所に入ってきてしまうなんて。
高嶺さんは台所で食事準備中、顔を真っ赤にしてずっと俺と顔を合わせてくれない。
「大丈夫です、本当にわかってますから」
お愛想のような笑顔を一瞬こちらに向けて言う高嶺さん。
俺はますます心配になってしまい、言い訳がましくなってしまう。
そんな中、高嶺さんはボソリとなにか呟いた。
「……ごにょごにょ、だって……天堂くんの……、大きくなってなかった……ですし……ではないことは……わかります」
ん? 呟きが小さくてよく聞こえなかった。「え?」と問い返しても高嶺さんは顔を真っ赤にしたまま横を向いてしまうばかりで、なにも答えてくれない。
哀しい、俺はひたすら哀しい。誤解なんだよ高嶺さん。
なにも気にしていなさそうな和音ちゃんだけが、ご機嫌な鼻歌を奏でていた。
「ハンバーグ♪ ハンバーグ♪」
「和音ちゃん、嬉しそうだなぁ。今日はハンバーグなの?」
「うん!」
「なんでわかるんだい? お台所見にいってないよね?」
「ハンバーグの音がする!」
――ハンバーグの音?
和音ちゃんが目を瞑って耳に手を当ててみせたので、俺も耳を澄ませてみた。
ぺちん、ぺちん、と。なんか肉を叩きつけるような音が聞こえてくる。
「これが、ハンバーグの音?」
「そう! おいしい音!」
俺は気になってちょっと台所へ覗きにいった。
すると高嶺さんが、捏ねたひき肉を両手でペチペチ投げ合って、ハンバーグの形を作っている。なるほど、これがハンバーグの音だったのか。俺もちょっとわくわくしてきた。
「どうしました?」
とまだ顔が赤い高嶺さんが俺に問い掛ける。
俺は答えようとして、「グゥ」。腹を鳴らしてしまった。高嶺さんが目を丸くする。
「ふふ。おなか減り虫ですね」
「カズオミお兄ちゃん! おなか減り虫ーっ!?」
「そうよわーちゃん、お兄ちゃんはおなか減り虫ー!」
「わー! おなか減り虫ーっ!」
リビングで和音ちゃんがキャッキャと騒ぐ。
俺は苦笑した。なんだか二人とも楽しそうだ。この姉妹の楽しそうな顔を見てると、俺も和む。
「もうちょっと待っててくださいね、いま焼きますから」
笑ってくれたお陰かな? 高嶺さんの顔の赤さがひいている。
よかった、気まずさがどこかに飛んでいったようだ。
俺は俺のお腹に感謝しながら、和音ちゃんの元に戻った。
リビングで和音ちゃんとハンバーグの歌をうたっていると(たぶん作詞作曲、和音ちゃんだ)、やがて高嶺さんがエプロンを外して台所から出てきた。
「もう出来ますからねー」
子供をあやすような声で、笑顔を振りまく。
ああこれは、俺も子供扱いなのだ。高嶺さんにとって、おなか減り虫な男子高校生など和音ちゃんと変わらぬ存在なのだろう。
俺は和音ちゃんと一緒に元気よく、返事をした。
「はーい!」
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