白月と朔

深雪 了

新月

伊藤蓮也れんや——れんは昔から良くも悪くも周囲の目を引く存在だった。


昔からというと少し語弊があるかもしれない。厳密に言うならば、「良く」は幼い頃からだったが、「悪く」人目につくようになったのは小学生の高学年頃からだったと思う。


「良く」人目につくのは彼の容姿が理由のほとんどだった。


漆黒の髪は短髪ではあるが、真ん中で分けた前髪は目の下で切り揃えられ、肌の色は白く、大きな瞳は吸い込まれそうに黒い。

目元の彫りは深いが全体的に中性的な顔立ちをしていた。芸能人にいてもおかしくないほど整った顔を持つ彼は常に目立っていた。



圭介と蓮は年が同じで家も近かった為、幼い頃からよく行動を共にしていた。幼稚園では大抵一緒に遊んでいたし、それは小学校に入ってからも同じだった。二人で遊ぶこともあれば、他に何人かの友人を交えてスポーツをすることもあった。深く考えたことは無かったが、このまま蓮との友人付き合いが続くのだろうと圭介は思っていた。


しかし蓮は小学校の高学年になると、いかにも将来不良になりそうな連中とつるみだした。

それから悪事に手をそめ出して、初めてやった悪事は恐いことで有名な男性教師を体育館の倉庫に閉じ込めたことだった。圭介も蓮の両親もひどく驚いたからよく印象に残っている。

それから花壇の花全てに除草剤を撒いて駄目にしてしまったり、掃除を真面目にやっていないと指摘されると掃除用具を校庭の隅で燃やしてしまったりと何度か悪さを働いた。

そんな時蓮の友人達ははしゃいで楽しそうにしていたが、蓮はいつも薄ら笑いを浮かべて何を考えているのか分からなかった。しかし彼らの悪事は蓮がグループに加わったことでより過激化していたから、蓮が考えて実行されたことなのだろうと圭介は思っていた。



蓮が賢いのは確かだった。小学校の中学年—“悪い連中”とつきあうようになる前までは、学校のテストは常に高得点だった。それがそういった連中とつるむようになったあたりから彼は勉強をやめた。


それから圭介とはどうなったかと言うと、一緒に行動することはほとんどなくなったが、完全に縁が切れたわけではなかった。蓮は時折圭介の家を訪ねて彼を近くの公園へと連れ出し、とりとめもない話を語って聞かせるのだった。

圭介は特に蓮を拒否することもなく、彼の話に淡々と相槌を打った。しかし中学生にもなると圭介は両親から蓮と関わることを禁止されていたので、それからはたまに携帯のメッセージで呼び出されることがあった。


中学時代の蓮はやはり素行の悪い連中と付き合い続け、学校に顔を出さないことも珍しくなかった。

学校に来ない日は何をしているのかと聞いたら、仲間と繁華街で適当に遊んでいるのだという。そういったことを蓮から聞かされると、圭介は「気をつけろよ」といった意味合いの声掛けはしたが、彼の行動を諫めたりはしなかった。圭介はあまり他人にうるさく口出しをしない性分だった。



夜、家の近くにある公園で遊具にもたれかかりながらその日の出来事を話す蓮を見て、何故彼は友人が変わったのに自分には時々会いに来るのだろうと不思議に思うことがあった。


圭介はこれといって特徴の無い普通の少年だ。少なくとも自分ではそう思っている。蓮の友人のように派手な事をして蓮を楽しませることも出来なければ、悪事に手を出すつもりも毛頭無かった。


しかし思考能力も並の中学生だった圭介は、幼馴染という関係が特別だから捨て難いのだろうという結論に行き着いた。それが実際、圭介の何倍も賢い蓮が考えていたことはもっと混沌としていたし、知らないうちに圭介は試されていた。そのことを本人からあんな形で暴露されるまで、圭介は全く考えてみようともしなかったのだ。



 高校生になると、圭介は勉強を人並みに頑張り、あとはサッカーの部活に打ち込んだ。強豪校ではなかったので大きな大会に出ることはなかったが、チームメイト達の仲は良く、それなりに青春を謳歌していたと思う。

蓮の方はというと相変わらずの様子で、地元の底辺校に通ったもののやはり出席率は高くはなく、中学時代は七、八割方登校していたが、高校は半分くらいしか行っていないということだった。


学校に行かないで派手な連中と繫華街に居ると、やはり同じような雰囲気の輩に目を付けられるらしかった。


「ああいう奴らって自分が強いと思い込んでるらしくて、何かと言いがかりをつけて喧嘩売ってくるんだよね。迷惑しちゃうよ」


夜の公園で、そういった話を度々されることがあった。しかしいつ蓮の顔を見ても痣や傷の類は見つからなかった。空手や柔道といった護身になりそうなものを習っていたわけではないのに、何故いつも無傷なのか圭介は不思議だった。



 高校を卒業すると圭介は東京の大学に進学し、蓮は地元にそこそこ近い小さな繁華街のキャバクラでホールスタッフとして働き出した。

圭介の地元は東京とそれなりに近い県ではあったが、毎日通学するのは難しい距離だった為都内のアパートで一人暮らしを始めた。


蓮の職場がある街は蓮の家から通える距離だったが、蓮と彼の両親の関係は冷えきっていたので、ある程度の収入を得ると蓮は実家を出たとのことだった。


そのようにして二人の間には物理的な距離ができたので、圭介はしばらく蓮と会わなくなっていた。その代わりたまに思い出したかのように蓮からメッセージが入ることがあった。その内容はやはり公園で会っていた時のように些細なことばかりだった。


そのやりとりの中でキャバクラのホールスタッフになったと聞いた時、白いシャツに黒いネクタイを締め、細身の黒いベストとスラックスを身に着けた蓮が容易に想像できた。

きっと絵に描いたような美青年といった彼が酒や飲食物を片手にフロアを巡るさまは、場合によっては着飾った嬢達より目立ってしまうのではないかという懸念さえ有った。



全ての悪夢の始まりはこのキャバクラ勤めからだった。いや、彼の性質を考えればどう彼が生きたって同じことだったのかもしれないけど、とにかくきっかけはこのキャバクラだった。とある一つの事件を皮切りに、蓮はボタンを掛け違えたかのような、彼の中の「ずれ」を増大させていく。

そしてそれは圭介をも巻き込んで波乱を巻き起こしていくのだった。

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