第981話 蚊帳の外で暇つぶし

◇蚊帳の外で暇つぶし◇


「皆様、この度の働きありがとうございます。…あまり表立って褒賞する訳にもいかないのが歯痒いところでありますが…」


 大量の精神汚染発生の翌々日、待機室にて暇をしている俺らの元にアデレードさんが訪ねてきていた。

 未だに混乱は完全に収まっておらず、治療の為に迎賓館は病棟へと様変わりしてしまっているが、それでも死傷者や重傷者が居ないため館内の雰囲気はそこまで暗くは無い。

 だが起きた事件の大きさから、どこか先行きを不安視するような声が漏れてきているのも仕方のないことだろう。


 かん口令が敷かれているものの、今回の事件の犯人が使節団の人間であることは知れ渡ってしまっている。となると使節団の人間は王宮に犯罪者を呼び込んだとも取れるため、ジュナルトードの人間は肩身が狭いだろう。

 ジュナルトードを警戒していた人間にとっては鬼の首を取ったかのように騒いでいるに違いない。


「それでモレロはどうなりましたか?…正直言って体を拭きたいのですが…」


「ああ、それならば問題ありません。既に捕え幽閉しておりますので…報告が遅くなってしまい申し訳ありません」


 未だに俺の体には魔紋が刻まれており、空中を漂う光の帯も消えてはいない。トロアには魔紋を洗い流せば勝手に魔術は解けると聞いてはいるが、モレロの顛末を聞いていなかったので体を清めることができていないのだ。


 野営など当たり前の傭兵は身を清めず過ごす者も多いが、同じく野外で過ごす狩人はその真逆、獣に臭いで感付かれないようにと綺麗好きが多いのだ。毎日の入浴は無理でも、せめて濡れた布で体を拭かねばどうしても居心地が悪くなってしまう。


「無事に捕えられたのですね。私達と戦った人形が強敵だったので、失礼かもしれませんが少し心配していました」


「ええ。意外にもあっさりと。彼はスラムにある墓地に大規模な魔法陣を描いて私たちを迎え撃ったのですが…、不思議なことに材料となる死体が足りなかったのです。魔術を行使した彼が一番焦っていましたよ」


 モレロを捕えに向かったアデレードさんがその時の様子を俺らに語ってくれる。モレロの魔術を読み解いたトロアは、モレロの事を用意周到なタイプと評していたが、王都に潜んでいたモレロは向かってくる騎士達を迎え撃つ準備も怠っていなかったらしい。


「…死体を材料にですか。そっちでも似たような手段を取ったみたいですね」


「トロアさんに確認をしていただいたので間違いないかと。ですが使う場所を見誤ったと語っていましたよ。スラムの…粗末な墓所でしたが、見た目以上にしっかりと供養されていたようです」


 俺らと戦ったアリアドネのようなものを…複数の死体を用いるとなるとそれ以上に強力な人形を作る予定だったのだろう。しかしモレロの読みとは裏腹に、そこには碌に死体が無かったそうだ。

 モレロには捕まったことよりも魔術が発動しなかったことの方が重要らしく、尋問中にも何やらブツブツと呟いて失敗の理由を考えているのだとか。


 その墓地の場所を聞いた俺は、失敗の理由に気づいてしまう。トロアは場所の調査が甘いと言っていたらしいが、恐らくはモレロが確認したときには十分な死体があったのだ。

 無縁墓地と呼ばれるそこは、それこそ死せる者の悲痛な叫びに溢れていた場所だ。だが丁度暴走した歯の妖精によって、その思いが食い尽くされたばかりなのだ。

 彼も自分の知らぬ間に大規模な食葬があったとは思わないだろう。


 だがこれで俺らとしても一段落落ち着けるといったところだ。

 魅了の力に警戒するため俺らがここに詰めることとなったが、流石にこれ以上不穏分子が使節団の中に隠れていることはないだろう。


「それで…これからどのような運びになるのでしょうか?私たちもいつまでここに待機しているのかくらいは知りたいですわ」


「そうですね。もっともな疑問とは思いますが…上層部は現場以上に混乱しておりまして…。それにタルテさんが治療に貢献して頂いたこともあって、まだ近くに置いておきたいとの声が…」


 俺と同じように仕事が終わったと感じたのか、メルルがアデレードさんに尋ねかける。しかしアデレードさんは気まずそうに視線を逸らしながらそう答えた。

 どうやら未だに親ジュナルトード派と反ジュナルトード派で言い争っているらしく、会議は想像以上に紛糾しているらしい。


 そしてその影響もあって俺らは暫くこの待機室から離れられないようだ。タルテによる調薬は俺らを王宮に呼び出した本来の目的でもあるため特に反論するつもりは無いのだが、かといって無駄に待機させられるのも考え物である。


「治療は別に構いませんけど…、その…親善は上手くいっていないのでしょうか…?」


「紛糾はしていますが、凡そは好意的な方向へと動いていますよ。モレロが親善を妨害するために帝国に雇われていたと証言していますので、その意に与する方向へと動くのはどうしても憚られてしまいますから…」


 タルテが不安そうな顔を浮かべれば、アデレードさんが柔らかな声色でタルテに語り掛ける。奇しくも親善を妨害したモレロの存在が舵取りを親善へと傾かせているらしく、紛糾していると言っても既に結果は見えているのだろう。


 俺らとしてもこれだけ働いたのだ。せっかくだからジュナルトードの関係が悪化するのは避けたい思いがある。特に仲睦まじい様子のバースィラとジェリスタ王子を間近で見て来たからこそ余計にそう感じてしまう。


「となるとまだ暫くは待機ですわね。早く状況が落ち着くことを願いますわ」


「恐らくですが…使節団の方々も予定の日程を越して滞在しておりますので、事態が落ち着き次第、直ぐに調印式が開かれるとは思います。それまでは申し訳ありませんが…」


 アデレードさんは長引いてしまった拘束期間を俺らに詫びるが、それでも事態は好転的な方向へと動き始めたらしい。

 上層部が混乱していると聞いて辟易とした思いもあったが、迎賓館が襲撃にあうという重大な事件の後にしては状況としては良いのかもしれない。


 退屈ではあるが、事態の収拾の為に駆り出されている騎士と比べれば、俺らの状況も悪いものではないはずだ。疲労のせいか目の下の隈を濃くしたアデレードさんを見て、俺らは文句を言うことなく待機継続の命令を受け入れた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る