第949話 犯人は事故現場にやってくる
◇犯人は事故現場にやってくる◇
「まさか…馬達が守ってくれたのか?その身と引き換えに…」
地面の上に降ろされた騎士はよろよろと立ち上がりながら、壁に激突して死亡した馬達と何故か無傷の馬車を見つめながらそうぼそりと呟いた。
俺に担がれていた彼は馬車が減速する瞬間は目撃していないだろうが、結果だけ見ても異様な光景ではなる。だからこそ彼はそれが馬の仕業ではないのかと思い至ったのだろう。
魔法や呪い、神秘は人だけに許された特権ではない。むしろ人が操る神秘はほんの一端であり、多くは人ならざる者の領分である。
だからこそ、時には犬猫などの動物が神秘を宿すこともある。少女を救うために飼い犬が妖精犬に昇華したり、学院に巣食う猫が初代の意志を守るように。馬と共に生きる騎士には美談のように馬が起こした神秘の話が伝わっているのだろう。
「…生憎とそんなメルヘンな状況ではなさそうだぞ。頼むから警戒してくれ」
「…下手人か?つまりはこれを成した者が近くにいると…?」
だが減速をする瞬間に見えた魔法陣は体系化された術式によるものである。馬が人類の知らないところで魔術の研鑽を積んでいたのなら別だが、明らかに馬ではなく人の仕業だろう。
俺が声を掛ければ軽く放心していた騎士も直ぐに警戒し始める。馬車を走らせていたときは人の少なさを喜びはしたが、今となってはその人気の無さが不気味に思えてしまう。
何者かが馬車の暴走を知って魔術を施した可能性も無くは無いが、恐らくあれは事前に施されていた術式だろう。つまりは馬車が暴走することを知っていた犯人が施したに他ならない。
そして暴走していた馬車を止めたということは犯人の目的はバースィラかジェリスタ王子の身柄だろうか。馬車を暴走させて二人を亡き者にし、親善を妨害することが目的とも考えていたが、馬車を止めたのならば生きた状態で二人のどちらか、あるいは両者を欲したのだろう。
「…来ます。相手は確認できる範囲で二人。恐らくは魔術師なので注意してください」
「風魔法による索敵か。…これでも騎士の端くれ。剣は魔より強しということを見せてやろう」
事故現場で警戒する俺らに、コツコツと靴音を響かせながら二人の人間が近づいてくる。その者達は俺が事前で風で把握していた者達であり、他には周囲に人影も無い。
二人の足取りは悠然としたものであり、事故を起こした馬車に救助のために駆けつけているようには思えない。
静かに騎士が剣を抜刀する。彼もまた近づいてくるものが単なる市民ではないと判断したのだろう。
潜むつもりもなく、遠慮をするつもりも無く、歩み寄ってきた者は平然と俺らの前に姿を現した。
一人は特徴の無い男であった。中肉中背の背格好だけでなく、顔付きもどこかで見たように思えるほど平凡なものであった。
もう一人は女性だろうか。赤味がかったブルネットのショートヘアは男とも女とも取ることができ、加えて口元も布で覆っているため判別が難しい。しかし胸元には僅かではあるが膨らみが見て取れるため恐らくはそうなのだろう。
「…?馬車は一台だけ?」
「大方、途中で事故を起こしたんでしょう。だから自分は言ったのです。不確定要素が多すぎると」
「…それ不味くない?なら早く回収に向かわないと」
まるで俺らのことが眼中に無いといったように二人は事故現場を眺めて言葉を交わす。しかしその言葉で敵性存在だと確信を得た俺は、どう仕掛けようかと二人の装備を観察する。
女性のほうは引き締まった肉体をしており剣も携えている。男のほうは姿勢が悪く無手であるため、恐らくは術師タイプなのだろうか。
「回収に行く前にこっちの馬車の確認でしょう。ああ、片方は風魔法を使うはずですから気をつけて下さい」
「言われなくても分かってるわよ。いいから早く見てきてよ」
油断しているうちに仕掛けようとも考えたが、それを咎めるように女性の視線が俺らに注がれる。彼女は長剣を抜刀すると、その切っ先を俺らに向けた。
「…一人で相手をするつもりか?随分と見縊ってくれてるみたいだな」
「………」
戦う意志を露にした彼女だが、俺が話しかけても返答をすることは無い。ただ面倒臭そうに俺らのことを見つめている。
もう一人の男は馬車に歩み寄る。そこには既にジェリスタ王子やバースィラは乗っていないが、男はそのことを知らないのだろう。まず間違いなく二人の目的はジェリスタ王子とバースィラだ。
俺は騎士にハンドサインで男のほうにあたれと指示を出す。狩人のハンドサインではあるが、大まかには騎士のものと共通であるため理解してくれたらしい。彼はコクリと頷いて馬車の方へと駆け出した。
「ちょっと困るんだけど。勝手しないでよ」
「こっちの台詞だ。悪いが詰め所までご同行お願いしようか」
騎士の男の行く手を塞ごうと女が駆け出すが、その女の行く手を俺が塞ぐ。彼女は躊躇わず俺の喉元に向けて剣を振るい、俺も迎え撃つように剣を薙いだ。
刃と刃が火花を散らす。甲高い金属音は外壁の壁に反響し、重なり合うように鳴り響いた。余韻が消えるのを待つことなく俺は女に向けて前蹴りを繰り出すが、彼女は後方に飛び退いてそれをかわす。
「…馬鹿力」
「お前のそれこそどんな仕掛けだ?…妙な違和感があるんだよなぁ。土魔法で動きを剣の動きを手伝わせているのか?」
彼女は女性にしては大柄ではあるが、かといって戦士として恵まれた体格をしているわけではない。だからこそ俺は彼女の剣を弾き飛ばすつもりで自身の剣を振るったのだが、彼女の剣は簡単に俺の剣と拮抗したのだ。
タルテのように見かけ以上に力がある訳ではないだろう。種族特性や光魔法による身体強化を用いたとしても、自分の体重は変わらないはずだ。
しかし剣を交えた瞬間に手元に感じたのは、力というよりも不自然な重さである。順当な剣士然とした見た目の彼女だが、恐らくは剣技だけではないだろうなと俺に予感させた。
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