第28話
翌日の朝八時。普段なら惰眠を貪ってもいいはずの休日にもかかわらず、わたしはパンツスーツに身を包み、洗面所でアイラインを引いていた。
ダイニングのソファでは譲くんが眠っている。
窮屈そうに見えるけれど、当分起きなそうだ。
メイクを終え、ダイニングに戻るとわたしは改めて譲くんの寝顔を見おろした。無防備な寝顔がかわいい。かわいいけどずるいぞ、こら。
伊吹さんと間違えるのは反則だ。わたしの傷がざっくり抉られたなんて、知らない顔ですやすや寝ちゃって。許さん。
えい、と譲くんの頬を指でつく。
「……だめだ」
へなへなとソファの前で膝をつく。
わたしのほうがキスを思い出して、鼓動を乱れさせただけだった。顔が熱い。そのくせ胸の内がずきずき痛むぞ。譲くんはびくともしないのに。
この顔が、いつもそばにあったらいいのに。
出会ってから毎日がめまぐるしかったけれど、毒気はあっても話を聞いてくれて、わたしの不運に巻きこまれても笑ってくれて、その反応にすごく救われてきた。
譲くんがいなかったら、特大の不運に打ちのめされたまま立ち直れなかった。
この体質のこともずっと引け目に感じたまま、頑張れなかった。
だから、これからもそばで笑ってほしい。譲くんと一緒がいい。一緒に、笑ってゆきたい。
『そのわけわかんない体質も含めて、受け止めてくれるひとはぜったいいるって!』
受け止めてもらうべく、頑張ってもいいですか。
『あんたにはガッツがあるでしょ! 待ってるくらい、誰にも迷惑かけないんだから』
譲くんの幸せは壊さない。それは大前提。不運にだって巻きこまない。でも、わたしも自分の幸せのために、ガッツを出してもいいですか。
体質のことがあっても、恋人という強敵がいても。
やっぱり、この気持ちはなくならないみたいだから。
「って、そんな場合じゃないんだからね」
ひとりごちてかぶりを振る。明日から始まる展示会の、前日準備が待っている。
初日の明日はかれんさんのパーティーがあるので、実質的にはこれがわたしにとっての展示会初日だ。しっかりしなくては。
【鍵はポストに入れておいて。それと、冷蔵庫のものは自由に食べていいから】
わたしは譲くんを起こさないように支度をととのえ、合鍵をテーブルの上に置くと、ビッグサイトへ向けて足を踏みだした。
まずは目の前のことをやりきる。今日と明日が山場なんだから。
行動しなきゃ、始まらないんだから。
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