第25話

済まなそうな顔でバックヤードから戻ってきた店員を見た瞬間、だめだったか……と膝から力が抜けそうになった。真っ白な床にぼんやりと輪郭りんかくが映るのが目に入って、ぐっと踏ん張る。


「申し訳ありません、お客様。こちらのサイズだけ、在庫が切れておりまして……」


 首を横に振って礼を言い、わたしはレディースファッションのショップを出る。

 嫌な予感がすると思ったら、またこれだ。

 パーティー直前の土曜日、わたしは張り切って街に繰りだしていた。もちろん、パーティー用のドレスを購入するためだ。

 ところが、よく仕事着でお世話になっているショップに向かうと、その店は今日に限って臨時休業だった。

 しかたなく訪れたのがさっきのショップだけれど、冒頭の言葉どおりわたしのサイズだけが見つからず。

 いやいや、まだ二軒めだ。まだなんとかなるはず。わたしは駅ビルを出て街をさまよう。


 ――そして。

 その次のショップで「これなら」と思って手に取ろうとしたドレスは、横から伸びてきた別の客の手にさらわれ。

 四軒めでは、「まあいけそう」と思ったドレスをお会計する直前、紙コップに入ったコーヒーを手にした客にぶつかられてドレスに染みがつき。

 五軒めでは、そもそもパーティードレスだけがすべて売り切れた直後だという謎の現象に遭い……。

 まずい。このままではドレスを手に入れられないまま一日が終わってしまう。

 靴はなんとかなっても、ドレスはスーツで代用できない。手持ちの服では華やかさがどうしても足りない。アクセサリーで盛ることも考えたけれど、それにしたってわたしの服はカジュアル寄りで、どうにも場違い感が出てしまう。

 わたしは花から花へと飛び交う蜂のごとき素早さでショップからショップへと渡り歩く。

 ドレスに合わせるためにと思って履いたエナメルのパンプスのなかで足が悲鳴を上げても、音を上げることは許されないのだ。


「――お客様、これなんかいかがでしょう? 春のお式にぴったりですし、お客様の白いお肌にも映えますよ」


 青みの強いピンクの、透け感のあるセットアップを進められ、わたしは唸りつつ頭の中で自分との打ち合わせを開始した。

 甘々ピンクを着る歳でもないと訴えるわたしと、でもこれを逃したら着られるパーティードレスなんて見つからないかもしれないと危惧きぐするわたし。

 ――でも、パステルピンクってイタくない? 二十代前半ならともかく。

 ――なに言ってるの、えり好みしてる場合じゃないよ、直央。白じゃなければよしとしなさいよ。

 脳内会議は難航を極め、わたしは折衷せっちゅう案でお取り置きをお願いした。このあとめぼしい服が見つからなければ、最後にこの店に戻ればいい。


「お待ちしてまーす!」


 元気が取り柄だろうなという感じの若い店員に苦笑して次の店へとハンティングに向かう。ひとつ「保険」があると思えば、これまでよりはいくらか気分がましだけれど、それでももっと年齢なりの落ち着きとか色気とかがほしいという欲求にあらがえない。

 参加者は新郎新婦を見にくるのであって、司会を見にくるわけじゃないのにだ。

 ほら、ひょっとすると譲くんが「おっ」と思ってくれるかもしれないし?


「って、それはないか」


 わたしはスマホをなんとなしに確認する。今日いちにちで何度見たかしれない。けれど、今もスマホはなんの通知も寄越さなかった。

 こっそり肩を落とす。譲くんは今日には帰ってくるはずなのに。連絡をくれるかもなんて甘かったかな。

 でもどうなんだろう。譲くんが伊吹さんとヨリを戻したなら、わたしに連絡を寄越すのも……それはそれでもやりそう。

 気を取り直し、わたしは引き続き鷹の目でパーティードレスを探した。

 けれど、どこへいっても目的は果たせず、ということですごすごとさっきのショップへ戻ってきた。

 大丈夫、わたしにはここの服がある。


「あーっ、お客様すみませーん。実はあのセットアップ、別の店員が取り置きに気づかないまま売ってしまいまして……!」

「うっそ……」

「ごめんなさーい!」


 平謝りするテンション爆上がり店員にも文句を言う気力もなし。全敗。膝をつかなかっただけ褒めてほしい。

 張り切るとすぐこれだ。これでもかとばかり不運が続くと、呪われているのかと思いたくなる。

 物心ついたときから不運体質と付き合ってきたけれど、今ほど歯噛みしたときはないかも。

 一瞬、二股を目撃した場面が頭をよぎったものの、あれは自分の体質よりも大河さんを呪うやつ。


 不運に打ちひしがれていると、ポン、とメッセージアプリの通知音が鳴った。

 グループチャットのほうにファイルが一件送信されている。もしかして、と逸る気持ちでアプリを立ちあげたけれど、送信者はわたしが待ちわびていた相手とは別の人間だった。

 送信者はクサビラさん。お願いしてあったプロフィールムービーだ。

 わたしは近くのコーヒーチェーンでコーヒーを片手にイヤホンをしてそのムービーを再生させる。


「え……ちょっとちょっと……これ、聞いてないよ……?」


 プロフィールムービーといえば、新郎新婦の来歴を紹介するもの、だと思う。そこには笑いあり感動ありのドラマがあるはずだ。そうであってほしい。

 しかしそのプロフィールムービーは、随所ずいしょでぶちぶちとブラックアウトする。

 わたしは居ても立っても居られず、クサビラさんに電話をかけた。お店のなかなのにごめんなさい。すぐ終わりますから!


「ムービーを確認したんですが、なんでこれファイルが切れてるんですか……?」

「あーそれ? えっとねー、合間にリアル演技を入れようと思うんだよね。でもって、そこにクイズを挟んだら面白いと思わない? 余興にもなるし、会場じゅうが一体感に包まれると思うんだよ!」

「一体感……はいいんですが、クイズって」

「だーかーらー、プロフィールに絡めたクイズをやるんだって。で、新郎新婦に答えを演じてもらうわけ。いいと思わない?」


 頭が痛くなってきた。アイデアはいいと思う。盛り上がるだろうとも思う。けれど、このムービー……。


「クイズや演じる時間を考えたら、進行表から大幅に書き換えないといけないじゃないですか」

「そんなのちょちょっとほかを寄せたら入るっしょ! あとこのクイズの景品を用意してくんない? そのほうがぜったいウケるから」

「予算だって、もうほとんど使いきってるんですけど」

「そんなん、ケーキのランク落としたら余裕っしょー。俺らはケーキなんか食わないんだし、ランク落としたって誰も気づかないって」


「そういう問題じゃありません!」

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