第17話

「なにやってんの……じんさんも、なにやらせてんの……」

「おー、譲。女神様に無事会えたぞ! お前も拝んどけ。来月の展示会でPro12408Vを宣伝してくださるんだからな!」


 仁さんと呼ばれた松村さんが、からからと笑う。商品名は、展示会で初披露する、立倉が社運をかけたといっても過言ではない新製品のものだ。譲くんは無言でステージに上がるとわたしの腕を取ってステージを降りる。「女神様ー!」という事業所勤務の社員さんたちの声援を背に受けつつ、戸惑いながらわたしも譲くんについていった。

 ステージ裏に移動すると、険しい顔の譲くんに見おろされた。


「展示会って一日からのやつ? 聞いてないけど」

「大丈夫、パーティーの日は休むって言ってあるから。心配しないで、この女神、ちゃんとどっちも成功させます」


 そういえば伊吹さんはどこに行ったんだろう。まあいいか。お酒を飲んだら細かいことは気にならなくなってくる。

 事業所の皆さんに持ち上げられて調子づいたからかもしれない。ところが譲くんだけはそのノリに乗らなかった。


「心配ってそこじゃなくて……つか、飲み過ぎ。ちょい貸して」

 貸せと言いながらわたしの返事を待たずにビールを奪い取った譲くんは、まだ半分くらい残っていたビールをその場で飲み干してしまった。

「ちょ、わたしのビール!」

「女神ちゃん、まだあるぞ〜。ほれ」

 いつのまにかステージから下りた松村さんが、わたしの前にビールを突きだしてくれる。

「飲みまーす! ……あれ?」

「やめときなって。酔いすぎ」


 また横から譲くんの手が伸びてきたと思ったら、ビールを飲まれてしまう。

 祭りに誘っておいて、飲むのを阻止するとは。許さん。


「譲くんと会った日ほど飲んでないってば」

「ピッチが速い」

 わたしは取り返そうと手を伸ばしたけれど、譲くんが頭上に持ち上げてしまえば届かない。悔しい。

「あんたたちって、もうデキてるんじゃない?」

「え? なんか言った? 友香」

「なーんにも?」


 そっか。なんか言われた気がしたんだけど。お酒が回ってきたおかげで、細かいことがどうでもよくなってくる。いい気分だな。そこでわたしははっと思い出した。


「そうだ、譲くん。この前プランナーさんと打ち合わせたやつ、譲くんにも確認してもらおうと思って資料を持ってきた」


 わたしはショルダーバッグから、レストランでもらったサンプルイメージの掻かれたスケッチブックを取りだした。提携のフローリストの担当者が内装のイメージ図を描いてくれたのだ。

 わたしが思う、かれんさんのイメージを伝えた結果、出された案は三案あった。中でもファンタジックな世界観を再現してもらったものが、わたしの推しである。

 わたしはふわふわした気分でスケッチブックを譲くんに渡そうとしたけれど、それを松村さんがひょいと取りあげた。


「譲、お前……女神ちゃんと結婚するのか!? 伊吹ちゃんとじゃなくて?」

 びっくりして、わたしは思わず固唾をのんで譲くんの反応を待った。

「俺じゃありませんから。これはうちの姉のパーティー用です」

「もう、松村さんったら! 譲が困るじゃないですか。もう少し見守ってくださらなくっちゃ」


 おっと、いつのまに伊吹さんまで。

 これはまさか、ふたりは上司公認の仲なのか。まるで、田舎の町のご近所づきあいみたいな様相だ。わたしは友香と顔を見合わせた。

 伊吹さんが、松村さんからスケッチブックを取りあげる。取り返してくれてありがとうと言いかけたわたしは、伊吹さんの言葉に固まった。


「女神さん、展示会の準備でお忙しいんですよね。パーティーは、私が代わりにやりますよ」

「え……」


 ビールがいい感じに回っていた頭が、真っ白になった。

 代わりにさっきの譲くんと伊吹さんのやり取りが、歪んで回っていく。ふたりはよりを戻したってこと? わたしはお邪魔ってこと? そもそも、かれんさんとはまだ一度しか直接お話もしてない程度の間柄だし。でも。

 わたしは自宅の部屋に置いているキャンバスを思い返した。

 かれんさんのパーティーの飾りになればと、描き始めた絵だった。プランナーさんに「手作りのウェルカムボードはいかがですか?」と提案していただき、それならわたしのようなメインの招待客でない人間でもできるかも、と張り切っているもの。

 かれんさんの笑顔がそこに現れる予定の、まだ色を塗る前のが頭にちらつく。


「お礼を言うべきなんでしょうけど……」

「いえ、そんな。譲を手伝いたいだけなんですから」

 わたしはぐっと拳を握る。

「そうじゃなくて、最後まで聞いてください。わたしはかれんさんから直接、幹事を頼まれたんです。なんで? とは思いましたけど、ちゃんと自分の意思でお引き受けしました。かれんさんに『代わってくれ』と言われるなら別ですが、それ以外で放棄するつもりはなくて」

「女神さんがそこまで気にしなくていいですよ。お姉さんには譲から伝えてもらいますから」


 伊吹さんが一撃必殺の笑顔でぶったった。これを素直な厚意だと思えるほど、わたしは鈍感でも善良でもない。

 でも、松村さんやほかのひともいる前で喧嘩を買うのは違う。そんな良識のないことはしたくない。愉しいお祭りの雰囲気をぶち壊したら、呼んでくれた譲くんの顔に泥を塗ってしまうし。


「いえ、受けたのはわたしですから、わたしからかれんさんに相談しますね」


 穏便におさめようとそう返答したら、譲くんが伊吹さんの手にあったスケッチブックを取りあげて、三案のうちのひとつをわたしに向けて指さした。


「姉さんなら、きっとこれを選ぶと思う」

「あ……うん、了解。プランナーさんにそう返事しておくね」

 伊吹さんが不機嫌そうに口を尖らせ、譲くんの袖を引っ張る。

「譲っ」

 なおも止めようとした伊吹さんを、譲くんがきっぱりと制止した。


「これは直央に頼んだことだから」

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