偏屈な梟:三月 後編




「これも何かの縁、と思って、少し老人にアドバイスなどしていただけませんか」


 突然の話に、呆気に取られてしまう。

 むっ、と顔をしかめ、すぐに申し訳なさそうな様子になる、壮年の男性。

 なんとなく、この人は何か悩んでいるのだな、と思った。

 

「もちろんです。私にできることなら、是非」


 そう答えると、彼は少し表情を和らげ、また、むう、と唸って黙りこくってしまった。

 よくよく見ると、猛禽類のような眼はぱちくりと瞬きを繰り返している。

 厳しい雰囲気と相反して、それは大きな梟を見ているようで、なんだか不思議だった。

 

「いやなに、アドバイスと言っても、先ほど書店に――そう、目の前に書店があるでしょう。

 私も物語でも読みながらコーヒーでも、と思って、あそこに寄ってきたのですが、どうにも最近の流行りはわからなくて」


 確かに、と私も頷く。

 世代的に抵抗が薄いであろう私でも、手に取るには戸惑うようなものが多い。

 

「ああ、そうですよね。なんだか昔と違って表紙は派手だし、私も手に取るには悩みました」


 言うと、かっ!と見開いた両目で前のめりになり、にこやかに笑う男性。


「ええ、そうなんです。老人は老人らしく、とも思いますが、いやはやなんとも」


 そうだろうか。

 物事を楽しむのに年齢など関係ないと思っている私にとって、彼のような年齢の方がいわゆる『若者文化』のようなものに興味がある、というのは自分事のように嬉しい。

 

「そうでしょうか?年齢に問わず、その文化を知りたい、というのは立派なことだと思います」

「ありがたい言葉だ」

「そんな! 思ったことを言っただけで……」


 即応で返してくる言葉に、慌ててしまう。

 父が厳格だったせいだろう。

 この年齢の、このような男性とのやりとりは緊張する。

 もっとも、父はこの人のように、すぐに嬉しい言葉を掛けてくれる人ではなかった。

 

「最近の人は、というとあまりよろしくはないが、どういった本を好まれるのですかな?

 書店で見たところ、純文学はもとより、文芸も立場を狭めているようだ。

 ライトノベル、なんて言葉も耳にしますが、ありゃあ私のようなものが手に取るには気が引ける」


「やっぱりみんな、手軽、に、と言っては作家さんに悪いけれど、そういうのを求めているのかなあ」


 だからだろうか。

 なぜか、自分の気持ちを素直に出すことができた。

 不思議な人だな、と思っていると、彼は少し寂しそうに言った。

 

「手軽、か。文芸や純文など、時代遅れなのかな。

 私のようなものには、なんとも寂しいものだ。

 本というのは、何処か知らないところに連れて行ってくれる。

 より濃密に、より濃厚にその世界に没頭する。

 正直に言わせてもらえば、ライトノベルでは没頭できないのだ」


 その世界に、と付け加える男性。

 それは、どうなんだろう。

 彼は一体、なにを聞きたいのだろう。

 しばらく考える。

 煙草に火をつけ、一息。


 彼が悩んでいるのは、時代の変化だろうか。

 

 本というのは商品だ。

 商品というのは売るためにある。

 需要と供給があって、売れる。

 生産して、広告を打って、認知してもらって、売る。

 売りたいものを売る、なんていう人もいれば、売れるものを売る、なんて人も、仕事柄たくさん見てきた。

 でも必ず、売れるものというのは黙っていても売れる。

 そりゃあもちろん、売るための努力をすれば売れないものでも売れるが、本質はそうではない。


 きっと、この答えではない。

 もう少し、深く考えを巡らせる。


 彼は憂いているのは、なんだ。


 と、考えていると、ふと、父との思い出がひとつ浮かんだ。


 私の父は、厳格な人だった。

 仕事に熱心で、家庭は母に任せっぱなし、口数も少ない。

 古いタイプの人だった。

 そんな父の趣味は、意外なことに、絵を描くことだった。

 休みの日になれば、自分の部屋に篭って、なんてほどではないけれど、今にして思えば、あれは家族との時間を大事にしていたのかなとも思う。

 私や姉が寝た後や、なにも予定がない休みの日に、二、三時間。

 誰に見せるでもなく、何かに応募するでもない。

 家のどこかに飾ることもしない。

 ただただ、描き続けていた。

 私も姉も、それになにもいうことはなかったし、母も疎い方だったのか、上手ね、と声をかけるくらいだった。

 そんな父に向かって、一度だけ、絵を描いてほしい、と頼んでみたことがあった。

 幼少期の頃で、なにも考えていなかった私が頼んだのは、そのとき流行っていた、海をテーマにした絵が有名な画家の模写だった。

 父は、私に向かって、一瞬、むっ、と怒った表情を見せた。

 そして、一言。


「父さんに、これは、描けないなあ」


 すぐに悲しそうな顔で言っていたのを、よく覚えている。

 父がそんな顔をするとは思っていなかった私は、すぐに、お父さん上手だよ、と言った。

 そうすると父は、ありがとう、と大きな手で私の頭を撫でてくれた。


 なんだか申し訳ないことをした気分で、でも子どもだったから、すぐに忘れてしまっていた。

 三ヶ月もすれば、頼み込むほどだった画家の絵にも興味が薄れて、さっぱり頭から消えていた。

 

 そんな時に、父から声がかかる。

 珍しく額縁を抱えている父に、どうしたの、と問いかけると、あの画家の通りとはいかないけれど、と見せてくれた。


 それは柔らかな海。

 写実的で荒々しさと静けさが共存する、偉大な海。

 流行りの画家が描いていた、幻想的な海とは全く違う、リアルな海。

 額縁に入ったそれは、まるで目の前に広がるようで、波や風の音さえ聴こえてくる。


 今思えば、父は写実主義だったのだろうとわかる。

 その父に、流行りの画家のようなシュールレアリスムを取り入れた画法で描け、というのはひどい話だったと思う。

 そんなことを言う息子のために、父は自分の信念を曲げずに描いた。

 そして見事、そんな息子を虜にしたのだ。


 私は、その絵に感動して、父に抱きついた。

 父に海に連れて行ってもらったようなものだと思った。


 そうして、私の反応に気を良くした父は、こんなのもあるぞ、と他の絵も見せてくれた。


 海、海、海。


 そこにあるのは、様々な表情をした、海。


 中には、デッサンで終わっているものもあったし、描き損じたのか、軽く色をつけて終わっているのもある。

 そのどれもが、私には美しく壮大に見えた。


「どれがいい」


 父の言葉に、迷わず選んだのは一番最初に見せてもらった、額縁に入った絵だった。

 満足げに頷きながら、父さんもそれが一番良くできたと思う、と言い、私の部屋に飾ってくれた。


 三ヶ月もの間、私のために、私だけのために、それも、私が喜ぶかわからないものを創り続ける、というのはどういう気持ちだったのだろう。

 何かに落ち込んだとき、疲れたとき、そういうときに私はその絵をじっ、と見つめていた。

 

 

 私の今の仕事も、宣伝する仕事だ。

 広告業。

 それは依頼者のために、企画立案からマーケティング、コンテンツの作成までなんでもこなす。

 創られたものを世に送り出すために。

 だから、必ず依頼者と話す。

 どんな気持ちで、創り上げたのか。

 どんな人に、届けてほしいのか。




 

「ライトノベルの原型を最初に作った人ってすごく面白い人だと思うんです。

 だんだんと、本って、特に紙の媒体なんて読まれなくなってきている。

 そういう歴史の分岐点みたいな最前線。

 きっと単純に、みんな本を読まなくなってきてるならどういうのなら興味を持つんだろう、とか思って、実験みたいに始めたんじゃないかな。

 その本を読む意味なんて二の次……は言い過ぎかな。

 面白い物語でも読んで、気晴らししてくれればいいとか、それでじゅうぶんなんじゃないかなって思います」



 自分で言っていて、抽象的だな、と思う。

 的外れ、とはいかないが、これで通じるのだろうか。

 目の前の男性が、父に似ていたせいだろうか。

 これで伝わるんじゃないかな、と思った。


 彼を見る。

 真剣な目だった。

 

 

「……名誉や、金目当ての作家もいるんじゃないだろうか」


「だとしても、人が喜んでいる、楽しんでいるのは確かです。

 作家の目的が様々だとしても、そこに感動を覚える人がいる、っていうのは作家だけじゃなくて創り出すことに従事している人なら、喜ぶことだと思うんです。

 じゃあ、その場しのぎでも気晴らしになるもの。

 例えば、見て聞いて少し笑えるジョークとかギャグみたいな、そういうのって疲れているときほど効くと思うんです。

 本だって、そういうのでもいいんじゃないかなあ」


 

 私が、父の絵で気が休まったように、売れても売れなくても、それに癒される人はいる。

 

「ライトノベルは、そういうものだと?」


「もちろん全部が全部とは言いませんが、僕はそう思ってます。

 最近のなんか、僕みたいな世代より若い人には耳馴染んだゲーム世界みたいな設定を使い回しているようなジャンルまである。

 それって、とんでもなく疲れないんですよ。

 本を読む、物語に没頭するって疲れるんです。

 それが綿密であればあるほど。

 だから、すごく忙しい人にとって、ああいうのってすごく気晴らしになるんじゃないかなって」


 言い切ると、またもや男性は黙ってしまった。

 腕を組み、ううむ、と唸って、時折、ほう、と独り言を言う。

 しかし、その表情からは何か憑き物が落ちたようで、猛禽類のような目は、さらに獰猛にぎらぎらと光が宿っている。


 

「どんな文章にも意味はある、か。君は変わっているな」



 ぱっ、と顔をあげ、こちらを見つめ、なんだかひょうきんな顔で彼が言った。

 その姿に、私は安堵して、よく言われます、と自嘲気味に笑う。

 この様子だと、きっと伝わった。

 わかってくれた、と思うけれど、また真面目な顔になっていくので急に不安になる。

 

「あの……若輩者の話なのであまり真に受けないでもらえると……」

「ああ、そうではないんだ。

 いや、ありがとう」


 やっぱり的外れだったかもしれない、と思って言うと、彼は慌てて訂正してくれた。

 その気遣いや、わかっくれた、いや、わかろうとしてくれていることが嬉しくて、なんだか照れ臭くなってしまう。

 

「いやはや、失敬。

 本当に君の言葉に気付かされたのだ」


 父に言われているようで、なんだか誇らしくなる。

 彼はにこにこと笑いながら、何かお礼を、と言ってくる。

 お礼と言われても私は思ったことをただ述べているだけだし、困ってしまった。

 なにかないか、と詰め寄ってくる男性に、私はひとつ思い付く。

 ここはひとつ、人生の先輩に、同じ男として聞きたいことがある。

 

「あの、こんなこと聞くのはよくないかもしれませんが、御結婚ってされてらっしゃいますか?」

「こう見えて一応、。ことあるごとに口うるさくて敵わん」 

「お礼代わりに相談に乗ってほしいんですけど、記念日のプレゼントとかって、どうしてます?」

「ぷ、ぷれぜんと?」

「ええ、妻へのプレゼントでいつも悩むんです。

 私はサプライズのようなものが下手で……いつも欲しいと言われたものを一緒に買いに行く始末で」


 想定外の話だったのだろう。

 ふうむ、と焦ったふうでもなく考えてくれる男性。

 私もずるいもので、彼なら真剣に聞いてくれるだろう、と踏んでのことだった。

 なにしろ私の周りには歳上の男性が少ない。

 仲の良い上司もいるが、いまだ独身で仕事大好き人間だ。

 まさか取引先の人にこんな話もできない。

 悩んだ末に後輩――高橋に聞いたときにはこう言われた。


「そりゃあもう、豪華なディナーデートとアクセサリー、そんでお泊まりでしょう」


 あいつは結婚しても何十回とそれで済ませる気なのだろうか。

 何が、とは言わないがそういうところだと思う。 



「結婚して何年目になるかは知らないし、無難だが、花束というのはどうだね」

「花束ですか」

「ああ、オーソドックスだがそれ故の効果と理由はある」


 そういえば、妻が花が好きで、よく飾ってくれている。

 なんとなく妻のほうが詳しいのだから、と送ったことはなかった。


「男はいつまで経っても子どもだが、女は生まれたときから女だよ。

 美しいものが嫌いな女性などいない。

 まして、それが惚れた男から贈られたものならな」


 こんなこと、今どき言うと差別だなんだと怒られるかな、と続けて言う彼。

 その目は、遠い過去を見ているようだ。

 きっと、なにか思い出があるのだろう。

 そして、その時だった。


「お待たせしました」


 壮年の男性に話かけたのは綺麗な女性だった。

 着物姿できりっとしていて、背筋はぴん、と伸びている。

 上品で、本当に「きれい」と表すよりは「綺麗」という漢字がとても似合うような。

 

「ああ、すまん。入ってきたのに気付かなかった」

「わかってますよ。ちっとも目を合わせないんですから……そちらの方は?」


 慌てる男性と対照的に落ち着いた様子の女性。

 その目は、気の強さが滲み出るようで、それでいてこちらを見透かしているような、これまた知的な梟を彷彿とさせる。


「ああ、少しばかり話を聞いてもらっていたんだ」


 いや、こちらこそお話させてもらっていて、と慌てて訂正しようとすると、女性はくすくすと笑って


「あらあら、偏屈爺だから大変だったでしょうに。ごめんなさいね」


 と、冗談めかして言うものだから、私も壮年の男性も泡を食ってしまう。


「まったく。どうせ何か面倒臭いことでも言ってたんでしょう。

 若い人をあまり困らせるものじゃあ、ありませんよ」


 子どもを叱るかのように言う女性に、へそを曲げたように口を『へ』の字にしてしまう男性。


「ええい、うるさいな。この通りなんだ、まったく」

「あら、話っていうのは私への文句かしら」


 もはや喧嘩といっていいほどの剣幕で繰り広げる二人に呆気に取られてしまう。


「口の減らん奴だ。もう行くぞ」


 壮年の男性がそう言うと、はいはい、と返事をして伝票を手に取る。

 私のも手に取ろうとするので慌てて止めようとするが


「この人のお相手をしてくださったのですから、これくらい払わせてくださいな」


 と、頭まで下げられてしまった。

 では、お言葉に甘えて、と言うと、にっこりと微笑んで行ってしまった。


「まったく。すまないな、恥ずかしいところを見せた」

「いえ、そんなことは」

「ああ、そうだ。君への礼だが、あの程度で返せると思っていない」


 というか、私が満足しない、と言って、彼は胸ポケットからペンを取り出すと、テーブルにあった紙ナプキンに何かを書き始める。


「私で力になれることがあれば、連絡を。

 忙しいときは出ないが、それも月に十日程度だ。

 雑談でも何でもいい。愚痴でも。

 それだけのことを君はしてくれたと思って欲しい」


 渡されたのは、名前と住所、それに電話番号。

 それに、と彼は続ける。


「こういう縁は、大切にしたい」


 優しく微笑む彼。

 その微笑みが、幼き日に私を撫でてくれた父と重なった。


「ありがとうございます。必ず連絡します」


 そんなに気負わなくてもいいさ、と笑いながらいい、彼は去って行った。


 窓の外に、会計を済ませ、先に出て待っていた奥さんと合流する彼が見える。

 また何かを言い合っているようだが、彼が帽子を被り直すと、そっと差し出された腕を取る奥さん。


 その姿は様になっていて、なんだか物語に出てくる人たちを見ているような気持ちになった。






 



 その時だ。

 スマートフォンが振動する。

 開いてみると、妻からだった。


「ごめん! 夢中になって見てて連絡遅れた! もうすぐ順番」


 慌てて立ち上がって、急いで喫茶店を出る。

 彼からもらった連絡先はしっかりとポケットに突っ込んだ。

 これで間に合わず、彼女に支払わせていたら本当に私の来た意味がない。

 早歩きでデパートに向かい、混雑しているエレベータなんて待っていられない、とばかりにエスカレータを登る。


 やっとの思いで辿りつくと、店の前で妻が待っていた。


「ごめんごめん!早く!」


 そこからはあっという間で、あれやこれやと店員と話しながら化粧品を試す妻。

 目的のものはもちろん、もうひとつ気になるものがあったらしく、甘えるようにねだってくるのだから堪らない。

 私が二つ返事で返すと、妻は小さく、やった、とはにかんだ。


 しっかり会計を済ませて、ショップバッグは妻の手に。

 うきうきとスキップまでしそうな妻と一緒にエスカレータを降りる。


「ごめんね、連絡遅くなって。他の化粧品とか見てたら、夢中になってた」

「いいよ。おかげでおもしろい人と話せたし」

「どんな人?」

「梟、みたいな人かなあ」


 なあに、それ、と笑う妻。



 

 電車に乗って、二人で帰る。

 窓から見えるいつもの風景。

 いつもの街に、二人で帰る。


 改札を出て、思い出したのは彼の声だった。


『無難だが、花束などどうだね』


 確か、商店街に花屋があったはずだ。


「コンビニのところで一本吸っていきたいから、先に帰っていてくれないか」


 妻は、あら珍しい、と不思議そうにしながらも、わかった、と歩いていく。

 まだまだ気分が昂っているようで、心なし、弾んだように歩いて行った。


 じゅうぶんに離れたところを見計らって、さて、と動き出す。

 商店街を真っ直ぐに、いつも曲がるところを無視して抜けると、目的地。


 若い女性の店員がいる。

 なんだか場違いなような気がして気後れするが、勇気を出して店前に立つ。

 近づくと、ふんわりと香りがして、それだけで気分が安らぐ。

 それにしても、よく考えたら花のことなんて全然わからない。

 というか、花ってこんなに高いんだなあ、なんて思っていると、にこにこと笑顔の店員が近づいてきた。


「何かお探しですか」

「いや、たまには妻に花束でも、と思ったのですが、勝手がわからなくて」


 あら、素敵ですね、と言われ、やっぱり恥ずかしくなってしまう。


「記念日とかですか」

「そうではないんですけど、今まであげたことなんてなかったから」

「奥様、お喜びになりますよ!」


 なんでもない日に、っていうのは大事なんです、と力説される。


「どういったものがいいとか、イメージみたいなものってあります?」


 イメージと言われても、全くもって思いつきだから、困ってしまった。

 こういうのは思い切りが大事なのかもしれない、とふと思って、そのまま伝えてみることにした。


「思い切って、しっかりと花束らしいものを」

「薔薇とか?」

「ちょっと気後れしますね……」

「あら、でしたら可愛らしいのにしてみましょうか」


 そういうと、店員はひょいひょいと慣れた手付きで花を集めていく。


「こんな感じのはいかがですか」


 ピンクのチューリップが可愛らしい。

 横のは……なんだろう。


「こっちはカスミソウです。堂々としているチューリップと合わせると儚げなのが映えるでしょう?」


 そう言われると、そんな気がする。

 

「じゃあ、そんな感じでお願いします」

「かしこまりました」


 奥に引っ込んでいったかと思うと、あっという間に花束を作り上げる店員。

 会計を済ませるときに、素敵な旦那様をもたれて奥様はお幸せだと思います、と言われてしまい、恥ずかしくなって、どうも、と足早に帰路についた。


 花束なんてこうやって手に持つのは生まれて初めてだ。

 道行く人に見られているような気がして、でも見ている人たちもにこにこと幸せそうな笑顔になってくれているような気がして、なんだか、笑顔を咲かせる花咲爺さんにでもなったような気分で歩いた。








 

 家に帰り、廊下を抜けて、リビングのドアを開ける。


「ただいま」

「おかえ……り」


 振り向く妻に、花束を向けて迎え討つ。

 ちょっとした悪戯のつもりだった。

 

 目をまんまるに見開いて、口元を両手で抑える彼女。

 沈黙につれて、目が潤んできている。

 そして、堰を切ったように前のめりに飛び込んできたので、とっさに腕を開いて受け止める。


「どうしたの、それ」

「たまには、と思って。

 いつもありがとう」


 うー、と唸る彼女。

 がばっ、と離れて、泣きそうな笑顔で、彼女は言う。


 

「嬉しい。大好き」

「ありがとう、俺も大好きだ」


 こんなに喜んでくれるなんて、あの梟の人には感謝してもしきれないな。

 そう思いながら、彼女に花束を渡す。


「綺麗……」


 そう呟いて、花を見つめる彼女は、まるで一枚の絵のように美しかった。

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