The『Tamias』saw!!:一月 後編


 お義姉さんと、観光の予定の調整をしていく。

 二人とも史跡にはあまり興味ないみたいだから、食べ歩き中心に、思い出に残るように写真映えするようなスポットを多めにした。


「ここ、行ったことある?」


 友達から勧められて行ってみたいと見せられたのは、最近、若い子に流行っている通販のアンテナショップみたいなものだった。

 わたしは若い子向けなのかなあって思い込んでたから、ちょっとだけ気後れして使ったことがなかったところだ。


「結構大人しめの服も多いのよ。ほら、あっちだとあんまりお店ないし、通販って便利なのよ。ここ、安いし。」


 確かに。言われて見てみれば、意外といけそうだ。


「良いですね、ここ。安いけど、実物を見てからなら品質もわかるし。考えてるなあ。」

「ふふ。今日、着てきた服も、なんならこのスウェットもここのよ。」


 なんて、お買い物トークに花を咲かせる。


 お義姉さんは、なんというか、かわいらしい人。

 低めの身長に、ほっそりとした体。

 くりくりの大きな目と、ぷっくりとした唇。

 肩ほどまである髪の毛は細くてさらさらだ。

 少しふくらんだ頬は、小動物を思わせる。

 幼顔なのに、どこか憂いのあるその顔は、なんというか、同じ女性のわたしから見ても放っておけない。

 これでいて、中身はしっかりしている。

 時間にはきっちりしていて、ルールや決め事はしっかり守る。

 家事はもちろん、学生時代には剣道で全国大会まで行ったらしい。

 勉強も学年トップクラスで、大学進学しなかったのが勿体無いと騒がれていたそうだ。

 文武両道、才色兼備。

 わたしにはとんでもなく優しいし、まさに理想の姉像。

 はー、こんな人がわたしのお義姉ちゃん。

 なんか間違っている気がするけど、夫と結婚してよかった。


「あ、今、童顔だなあって思ってたでしょ。」


 ころころと笑いながら目を細めているお義姉さん。

 どうやら、ちょっとじっくり見てしまっていたらしい。

 

「お義姉さんが、お義姉さんでよかったなあって。」


 なんとなく、素直に言ってしまった。

 わたしは、社会人をやっているときにあまり年上の同姓から好かれたことがない。

 それはわたし自身が物事をはっきり言い過ぎるところがあるせいもあるし、ただのやっかみということもあったと思う。

 仕事や生活に一生懸命になりすぎたわたしは、きっとあのとき、他人のことを気にかける余裕なんてなかった。

 けれど、そうわかっていても、それが原因で年上の同姓は苦手なのだ。

 まあ、別の原因があって、年上の異性はもっっっっと苦手だけど。


「そう?私は母親としても、姉としても失格だけどね。」

「そんなこと…。ケイタくんはしっかりしているし、あの人だって、お義姉さんのこと大好きじゃないですか。」


 そうかしら、と続けたあとに、辺りを見渡すお義姉さん。

 わたしたちはよっぽど話に夢中になっていたのか、いつの間にか、男性陣は居なくなっていた。



 

 お義姉さんは、男性陣がいないことを確認すると、俯きがちになって、ぽつりぽつりと、話し始めた。


「ケイタも、弟も、きっと私が頼りなかったから、あんなに立派になったの。」


 十二も離れた歳の弟が産まれたとき、お姉ちゃんなんだからしっかりしなきゃ、となんとなく思っただけだったという。


 それが、生まれたての弟を初めて抱いたとき、ああ、なんてかわいいんだ、この子は私が守らなきゃ、という思いでいっぱいに。

 寡黙で厳しい父、教育に厳しい母の元、十二年も一人っ子として育った彼女にとって、弟は庇護対象で、母性を注いで甘やかし、「自分が両親からさえ守ってやらなければ」と思うのに時間はかからなかった。

 母からミルクのあげ方や赤ん坊の抱き方、おしめの替え方を教わり、それはもう自分が母親かのように世話をした。

 かといって、本業である学業を疎かにすれば、両親が黙っていない。

 なので弟が出来てからというものの、授業への集中力を上げ、課題等は学校で放課後に仕上げ、誰にも文句を言わせない成績を維持。

 部活動でやっていた剣道も、さっさと帰って弟の顔が見たい一心で、気迫と闘志で他を圧倒。

 それはもう、溺愛なんてものじゃないくらいだったという。

 高校生になってからもそれは変わらず、相変わらず、弟の面倒を見る日々。

 それを好きでやっているのだから、周りの友達も呆れてものも言えなくなり、疎遠とまでは行かなくても校内で関係が終わることが多かったらしい。

 しかし、それでもやっぱり高校生。

 なんでもないことがきっかけになって、心惹かれて、恋になって、人生で初めての彼氏ができたという。

 一個上の先輩で、優しい人だけど、きっちりした人で、弟への溺愛も理解を示してくれる、とてもいい人。

 毎日、こっそり、部活棟でお昼を一緒に食べたり、帰り道に手を繋いで帰ったり、ゆっくりとしたペースで交際をしてた。


 はずだった。

 お義姉さんは充実していた。

 帰って弟を愛で、学校では乙女でいて、学業も部活動もしっかりこなした。

 しかし、そううまくはいかないものである。

 きっかけは彼氏の誕生日だった。

 その日は少し遅く帰ることも、両親に伝えていた。

 彼氏と交際していることは両親も知っていたし、その日、両親は仕事の関係で夜遅くに帰宅することになっていたが、近所のお婆ちゃんが弟を見ていてくれるということで、許可が出た。

 弟を一人にすることを申し訳ないと思う反面、彼氏と遊ぶことで頭がいっぱいだった。

 そんな彼女の元に、お昼休み、校内放送で職員室への呼び出しが掛かる。


 弟が熱を出した。

 迎えに行ってほしい。


 両親は今朝からいない。なら、しょうがない。

 特に当たり前のように迎えに行こうとして、そういえば、と思い出す。

 彼氏のいるクラスに行って、彼氏に事情を話す。

 彼女を待ち受けていた言葉は、「別れよう。」だった。


 高校生である。仕方ないといえば、仕方ない。

 それでも、悲しくて、辛くて、わかって応援してくれていると思ってた彼氏に申し訳なくて。

 ごめんなさい、と告げたならば、なら弟は迎えにいくな、と。

 それはできない、と言えば、お前の彼氏は弟だもんな、と。

 頭が真っ白になったという。


 そうして弟を迎えに行って、家に帰った。

 弟は息をするのも辛い様子で、薬を飲ませて、寝かせたら少し落ち着いた。

 自分も少し休もう、と自室に戻ると、彼氏とのやり取りを思い出す。

 お義姉さんは涙が溢れて止まらなくなって、いつの間にか床で寝てしまっていた。


 気付くと、声が聞こえる。それに額が温かい。

 わんわんと泣く声がする。頭は、温かいどころか、熱い。

 腫れぼったい目を擦って起きると、そこには弟がいた。

 五歳の弟が、膝枕をしてくれていた。

 そして、泣いているのだ。


「おねえちゃん、おねえちゃん、しなないで。」と。

「ぼくが、ねつをだしたから、ごめんなさい。」と。

 

 そして、弟は眠るように気絶した。

 熱いと思っていたのは、弟の身体で、この寒い部屋で、弟は何時間、自分のために泣いていたのか。

 おでこに手を当てると、ものすごい高熱で、すぐに救急車を呼ぶ。

 急いで帰ってきた両親に事情を説明すると、両親は居た堪れない顔つきで「そうか。」とだけ答えた。

 いっそ、思いっきり責めてくれたほうがよかった。


 

「私が、あの日、なにか楽しみなことがあると察していたのね。弟は。

 あの頃から、もうすでに人に気を配るってことをする子だったから。」

「…今でもたまに、そういうことあります。誰かのために、がんばりすぎるところ。」

「とにかく聡い子だったわ。察したら察したで甘えないから、どうしたらいいかわかんなくて、いまだにわかんない。

 あなたはどうしてるの?」

「一人で抱えて、自分だけでどうにかできればそれでいいなんて、傲慢もいいところだ!って叱ります。」

「あははは!!そうね。そうだわ。確かに。」


お義姉さんはころころ笑いながら言う。


「そんで、結局インフルエンザだったんだけど、私にもうつっちゃって。

 治るころには、弟はしっかりしてるし、私は私で意気消沈しちゃって。

 曖昧な距離から逃げるように就職して家から出て。

 気付いたら、男に逃げてて、ケイタがお腹にいたわ。」

「急に波瀾万丈ですね。」

「そうなのよ。

 それでもちゃんと愛した男の子どもだし、やっぱり産みたくて。

 お腹の中で大きくなっていくうちに、ああ、この子は私が愛していい子なんだ、って。」


 ちょっとだけ、違和感。

 なんだろう。

 

「弟には、注いではいけない愛情の量もこの子なら、って思って。

 幸い、弟で赤ん坊の世話は慣れてたから、ケイタのちっちゃい頃は楽に感じたわ。

 でも、旦那の方がねえ。いつまでも父親になれないみたいで。ケイタに嫉妬して。」


 なんだろう。この違和感。


「だから、別れてやったわ。」


 ああ、そうか。


「ふふ。自分でもわかっているのよ。おかしいって。わかるでしょう?」


 困ったように、笑うわたしが目配せをすると、お義姉さんは、罪を告白するように、泣きそうな顔で言った。


「私、きっと恋をしていたんでしょうね。弟や、ケイタに。」


 ああ、やっぱり。



  


 どこまでも純真に、焦がれ、慈しみ、庇護という名の『独占欲』で満たされていた彼女。

 他を省みず、ひたむきに、自分の完璧さを見せつけたい。

 それは母親や姉としての愛情とも呼べなくもない。

 でも、わたしはそうではないと思う。

 彼女にとって、弟のときは弟以外、ケイタくんのときはケイタくん以外、優先すべき対象などないのだ。

 それは、自分さえも優先されない。

 そうして必要とされる関係が心地よくて、求められるのが嬉しくて、これを恋と呼ばずになんと呼ぶのか。

 少なくともわたしは、これを恋と呼ぶ。


 許されるのだろうか。許されるのだろう。

 他でもない彼女がそれを求め努力したのだから。

 しかしそれは恋であって恋ではない。

 なぜなら絶対に叶うことなどないのだから。

 それは恋に恋焦がれる少女と違わない。


 悲しいような、虚しいような、わたしにかけられる言葉はない。


「そんな顔しないで。」


 お義姉さんが、わたしの頬を撫でる。


「泣かないで。大丈夫だから。もう気付いたから。」


 そう言って、親指の腹でなぞるようにまぶたを触る。

 溜まっていた涙は流れ落ちる前に拭われた。


「大丈夫、なんで、すか。」


 絞り出した鼻声のわたしの言葉に、にっこりと花のように微笑む彼女。


「うん。もうちょっとだけ、聞いてくれる?」

「ぁい。」

「それと、お願い。思ったことは聞かせて。こんな話、あなたにしか。ごめんなさい。」

「ぁぃ。」


 言葉が出ないけど、必死に頷く。

 ゆっくりと撫でられている頭が心地よい。


 

「半年前、ケイタに、女の子とキスしているところを見たわ。」


 偶然だったのだけれど、と彼女は続ける。


「ああ、もうそんなに大きくなったのか、って深い感慨とともに、思ったわ。

 私のケイタを汚すな、奪うな、ってね。」


 それは嫉妬。独占欲。


「半年前、ケイタからあいつに電話があったでしょ。そのときのケンカの原因がこれ。

 嫉妬に駆られた私は、ケイタを問い詰めた。

 あの頃、あの子は成績が落ちたり、元気がなかったり。

 人間関係でちょっと悩んでるって言ってたわ。

 だから、やっぱり、と思って、さらに問い詰めた。

 なぜ相談してくれないのか。こんなにもケイタが落ち込む人とはなんなのか。

 あなたの人生に必要なの?

 たった二人の私達の関係に不和をもたらすような存在。

 そんなので悩むなら、そんな人、いらないでしょ、って。

 そしたら、ケイタが、うるせえ!ほっとけよ!!って。」


 その話は、夫から聞いていた。

 だから、そのときに思った感想を素直に添える。


「それは…お義姉さんも、踏み込みすぎて言い過ぎましたね…。

 でも、やっぱり親なら心配になって、とも思ったんですけど、お義姉さんの話を聞く限りだと…。」


「そう…よね。嫉妬に駆られてヒステリーを起こした醜い女だったわ。」


 そして、呆然としていたところに、ケイタくんと電話をしていた、彼女の弟――私の夫からの連絡が届いたらしい。


「ケイタのことはあの子が見てくれている。

 そう思うと不思議と楽になったわ。

 任せても大丈夫だ、って。

 ケイタの父親にはそんなこと一切思ったことがなかったのに。

 それで、気付いたの。

 ――ああ、私は弟のこともこんな気持ちで、見ていたんだ。

 独占欲を出して、自分の欲を満たすために。

 彼らを利用していたんだって。

 お姉ちゃんなのに。

 母親なのに。

 そんな自覚を持ってなかったの私は、いったいなにをしてきたのか。

 ぐるぐる考えたわ。

 考えて、考えて、あなたが浮かんだの。」


「え?わたし、ですか?」


 突然のことで、わからなくなる。

 

「そう。

 弟に連れられてやってきたあなたは、すごく緊張していて、心細そうで。

 それで、弟も母さんも、父さんでさえ気を遣ってて、正直、こんな子で大丈夫かなって。

 ちょっとだけ、弟を取られることも嫉妬したわ。」


「それはまあ、緊張しましたね。あのときは。」


「それはそうよ。当たり前。でも、あなた、なんて言ったか覚えてる?」


 …あれ、なんて言ったっけ?

 そんな衝撃的なことを言った覚えはないんだけどなあ。

 頭を捻っていると、お義姉さんは伸びをひとつ。

 それは、夫の仕草に似ていて、親近感を覚える。

 ふう、と一息ついて、にっこりと。

 それはもう、にっこり、と。

 先ほどまでとは違う、苦渋に満ちた笑顔ではない。


「緊張してます、って。

 でも、仲良くしたいんです、って。

 お姉ちゃんが欲しかったんです、って。

 すぐには無理かもしれないけど、ゆっくり仲良くしてくれますか、って。

 あなた、そう言ったの。」

「そんなこと言ってました!?」


 恥ずかしい。若かったとはいえなんという度胸。自分のこととはいえ、空気を読めないにもほどがある。

 必死すぎて、混乱してたんだろうな、わたし。


「ふふ。私、毒気を抜かれちゃった。

 なんて素直な子なんだろう。

 この子は本気でそう思っているんだろうなって、すぐに信じられちゃうくらい、真っ直ぐな目で言ってくるんだもの。

 その言葉はしっかりと私に刺さったわ。

 この子が困ったとき、私だけは味方でいてあげよう。

 弟や父さんや母さんと何かあったら、間に入ってあげよう、ってね。

 でも、あなたはしっかりと自分の気持ちも考えも悩み伝えられる子だった。

 私と違って、弟とも違って、私達の一族とは違って、無心に私達のことを慈しんでくれていた。

 年若いあなたに、教えられたの。

 それでいいんだ、って。

 家族って、そういうほうが素敵だな、って。

 だって、家族なんだもの。」


 そんなことを言われて。

 顔が熱くなっているのが、わかる。

 それは愛の告白にも似たなにかで。

 ああ、わたしは嬉しいんだ。彼女の中に、わたしという存在を置いてもらって。

 それがなにかの支えになれたことが。


「うれしい、です。」

「よかった。だからね、私がケイタに謝れたのはあなたのおかげ。

 過ちに気付いて、考えたの。

 それでも、私の家族愛は消えていない。

 ただ恋心めいた欲で彼らを見ていたわけじゃない。

 あなたのような、慈しむ心が、私にもちゃんとあった。」


 あなたたち夫婦にはお世話になりっぱなし!と、そういう彼女に、真剣な顔で私は答える。


「夫は、気丈で、強がりで、我慢ばっかりします。

 わたしのことを守ろうと、なんでも抱え込もうとします。

 それでも、それじゃダメだ、って自分で気付いて、わたしに話してくれます。

 こんなことを思ってこうしたけど、これじゃあダメだから反省した、とか。

 あんなことがあったけど、どう思う、とか。

 甘えてくれるんです。

 人を、想って守ろうとして、それでもそれだけでは自分が倒れるということをわかっているんです。

 自分も支えられて生きている。それでいいんだ、って、語ってくれたことがあります。」


 そう、あの子も立派になったのね。というお義姉さんの顔。

 それは、心配していた幼い弟を想う、姉の顔だ。


「お義姉さんのおかげだと思います。

 お義姉さんが、彼をしっかりと見て、愛情を注いでいたから。

 わたし、思うんです。

 子育てには、親だけでは足りない、って。

 その成長を見つめて、悪いことをしっかり咎めたり、良いことを褒めたり。

 話を聞いて、一人の人間として意見を言ったり。

 無償の愛を一心に注いだり。

 色々な役割の大人が必要で、それはきっと二人じゃ足りない。

 多ければ多いほうがいい。

 そして、学ぶんだと思います。

 自分を大事にしてくれる人がいる。

 自分を想ってくれる人がいる。

 だから、自分を大切にしよう。

 自分を大切にしてくれる人を大切にするために、何をすればいいか。

 そうやって、悩んで悩んで、答えが出なければ、それに答えてくれる人がいる。

 それが当たり前ではないと教えてくれる人がいる。

 この日常を守っていきたい、守るためにはどうすればいいかを一緒に考えてくれる人がいる。

 それって、幸せなことだと思うんです。

 わたしは、彼に、あなたの弟に、それを教えてもらいました。

 だから、そんな人の家族だから、あの人を愛してくれた人だから、きっとわたしのこともわかってくれる。

 そう思って、お義姉さんに甘えたかったんだと思います。」


 語っているうちに、いつの間にか、うつむいていた。

 言い切ってから、こんなことを言ってしまって大丈夫かな、と心配になった。

 思い切って顔をあげる。

 そこには、涙を浮かべて顔を抑える、お義姉さんがいた。


「そう…そうなのね。

 私は、お姉ちゃんできてた。

 そっか。そうなんだ。」


 よかった。


「自慢の姉だ、って言ってましたよ。」


「よかった。本当によかった。

 私、この間もケイタと一悶着あったの。

 弟との電話以来、がんばってくれていたケイタに、頼ってしまうことが多くなって、言われたの。

 ママはオレがいないと何にも出来ないんだからって。

 呆然として、母親失格だって言われてるような気がして。

 でもすぐに、ケイタは言ってくれたの。

 調子に乗ってただけなんだ、甘えたこと言って傷つけてごめん、って。

 叔父さんにもママにも、みんなにも言われてるのに、すぐ調子乗っちゃうところ直さないと、って。

 あっけらかんというケイタが、弟みたいで。」  

 

「それも、お義姉さんが、しっかりとお姉ちゃんをしたから受け継がれたものだと思いますよ。」


 わたしは、そっと彼女の頭を撫でる。

 さっき、お義姉さんがしてくれたみたいに。


「そうなのね。私、お姉ちゃんできてた。お母さんできてたんだ!よかった…」


 ぐすぐすと鼻声で言う彼女。

 化粧を落とした、彼女の顔は幼くて、小さい身体と相まって、少女のよう。

 きっと、止まっていた彼女の時間が動き出した。

 今まで無理やりに進めていた時計の針は、ちっくたっくと音を立てて。



 

 しばらくして、泣き止んだ彼女は、盛大に鼻を噛むと、はっきりと言った。


「ありがとう。聞いてくれて。嬉しかった。」

「ありがとうございます。話してくれて。うれしいです。」


 そして悪戯っぽく、にまっと笑って、彼女は言う。


「だめなお姉ちゃんでごめんね。」


 だから、わたしも、ここぞとばかりに悪戯っぽく、ふふん、と、したり顔で言う。

 

「お姉ちゃんを支えるのも妹の役目だから。」



 二人で大笑い。


 ああ、嬉しい。

 そして、リビングにいない夫に、彼にまた想いを馳せる。

 わたしと出会ってくれて、わたしをこんな素敵な家族に出会わせてくれて、ありがとう。

 大好きだよ。

   

 


 すっかり仲良くなったわたしたちは、再びゆっくりと歓談する。

 お茶を淹れ直して、涙の分だけ補給すると、そこは女同士、話題があっちいったりこっちいったり。

 そんなことをしていると、ばたん、と書斎の開く音がした。


「お年玉〜!お年玉〜!」


 変な踊りとオリジナルソングでやってくるケイタくん。

 にこにこと微笑む夫は、コートから財布を出そうとしている。

 あっ、そうだ、わたしもあげないと。


「ほれ、大事に使えよ。」

「福沢諭吉!!!」

「こら、ケイタ、はしたないわよ。」


 お義姉さんに叱られて、へへっと笑うケイタくん。

 その隙に、わたしは、自分の縄張り、キッチンへゴー。

 引き出しを開けるて、あるものを取りだす。


「はい、ケイタくん。わたしからも。」


 そう言って渡したのは、可愛い有名キャラクターのポチ袋。


「え!?いいの!?叔母さん、ありがとう!!」


 さすがに予想外だったみたいで、嬉しそう。

 それを、目をまん丸くして見ている、夫とお義姉さん。


「偶然、というか、まだ同じのってあるんだなあ。」


 夫が懐かしそうに言う。


「ほんと。びっくりしたわ。」


 同じく懐かしそうに微笑む、お義姉さん。


「これ、姉さんが就職して次の正月に俺にくれたポチ袋と同じなんだよ。」

「えっ!?そうなの!?」


 ということは、軽く二十年は前から。

 ゆ、有名キャラクター恐ろしい…。

 でも…。


「ふふ、姉妹だもんねー?」

「ねー、お義姉ちゃん!」


 お義姉さんも同じことを考えてたみたいで、二人で微笑みあう。


「なんだ、ずいぶん仲良くなったなあ。」


 笑う夫の顔も幸せそう。


 そこで、あっ、とケイタくんが声をあげる。


「お爺ちゃんにみんなで写真撮ってきてほしいって頼まれてたんだった。」

「え、父さんが?自分は写真嫌いなくせに。」


 じゃあ撮りましょう、とお義姉さんとケイタくんはスマートフォンを撮り出す。

 二人とも、スマートフォンで写真を取るのはあまり慣れてないみたいで、こっちの方が性能がいいから、とか、カメラアプリが、とか、話し合っている。

 夫は、少し浮かない顔でそれを見つめていた。

 わたしは、思い切って声をかける。


「複雑?」

「うん、まあな。まだやっぱりな。」

「大丈夫だよ。」

「大丈夫、かな。」

「あなたはわたしの自慢の夫だもの。」

「そう、だな。」


 まだ、ご両親との確執を取り除くには時間がかかるのだろう。

 少し心細そうに返事をする彼を、背中から抱きしめる。


「大丈夫よ。わたしもいるんだから。お義姉さんもケイタくんも。」

「そうだよな。元気でやってるよ、って教えてやるか。」


 するっとわたしの手から抜け出して、正面から抱き締められる。


「ありがとう。愛してる。」

「わたしも。愛してる。」


 そう言い合って、少しだけ、抱きしめ合う。


「さて…スマートフォン用の三脚持ってくる。」


 ふわっと離れていく夫。

 名残惜しいが今は写真だ。

 夜、寝る時に思いっきり撫でてもらおう。




 

 三脚を持ってきた夫に、湧き立つケイタくんとお義姉さん。

 そこにわたしも混ざる。


 タイマーをセットして、四人で並ぶ。


 真ん中に寄せられた、わたし。

 お義姉さんが、ぎゅっと手を握ってくれる。

 夫が、肩をそっと抱いてくれる。

 ケイタくんは前に出てポーズを決めてる。ほんとに楽しそう。


 少し目が腫れぼったい四人の笑顔が、写真に収まる。 


 ああ、わたしは、きっと、ちゃんと夫の家族になれている。

 そんな満ち足りた気持ちでいっぱいになる。

 

 それは当たり前の日常で、ちょっと特別。

 そんな日々。

 わたしはこの日々をくれる、みんなが大好きなのだ。 

 

 そして、こんな日常に出会わせてくれた、彼のことが、大好きなのだ。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る