第9話 決意
エルネストの言葉を聞いて、執事であるグランは部屋から出て行った。
きっと私に気を遣ってくれたのだろう。
逆らえないとはいえ、自分の婚約者の良くない話を他人にするのには少し抵抗がある。
この部屋には私とエルネストの二人だけになり、先程の穏やかだった空気は一変して張り詰めたものへと変わっていく。
「まずは君に聞きたい」
「何をですか?」
「この一ヶ月、どうして一度も私の元に訪れなかったんだ? 姉上から行くなと命令でもされたのか?」
「いいえ、そのようなことはされていません。王子殿下も少し様子を見た方がいいって言ってたし、ロジェも同じ事を言っていたから……」
私の言葉を聞いてエルネストは深くため息を漏らした。
そして困ったように苦笑していた。
「君は本当に素直なんだな。たしかに私は暫く様子を見る為に大人しくしていて欲しいと頼んだが、あれは数日程度、長くても一週間くらいのつもりで言ったんだ」
「そうだったんですか……」
「君が一人で寂しそうにしている姿を何度か見かけたことがある。こんなことならあの時に声をかけておくべきだったな」
「私の事を気にかけていてくださったんですね。それだけで十分有り難いことです。ありがとうございますっ」
「見ていただけで、私は何もしていないよ。姉上は頭が空っぽな割に悪知恵だけは働くようで、私が離れている時間帯を見計らって君に嫌がらせをしていたようだ。気付けなくて悪かったな」
「謝らないでください。先程は止めてくれたじゃないですか。そして私をあの場から連れ出してくれた……」
エルネストはミレーユを思い出しているのか、その表情からは強い嫌悪の念を感じ取ることが出来た。
先程も思ったが、エルネストがミレーユを嫌っているのは、誰の目にも明らかだろう。
「辛くはないのか? いや、愚問だな。辛いに決まっているよな」
「……そうですね。辛いです。何も言えない自分が悔しくて堪らない」
私は掌をぎゅっと握りしめた。
理不尽な態度を取られているのに、私は文句ひとつ言うことも許されない。
「何も言えない、か。確かにそうだよな」
「はい。ストレスでどうにかなってしまいそうです!」
私はムッとした顔で不満げに答えると、エルネストは苦笑した。
「ああ、そうか。ならばこれから文句をぶつけに行くか?」
「え?」
「私が一緒にいれば問題ないはずだ。姉上は一応王族ではあるが、父上である陛下には見限られているからな。問題は無いだろう。君が姉上に暴言を吐くことを私が許可するよ」
「は、はい!?」
突然の事に私は動揺し始めてしまう。
(いきなり何を言い出すの!? 王女殿下に文句を言うとか、そんなの絶対に無理だからっ……)
「どうした? 文句を言ってすっきりしたかったんじゃなかったのか?」
「……言えるものなら言いたいですけど。本当に、大丈夫なんですか?」
私は不安そうにエルネストの顔を見つめた。
たしかに文句をぶつけたい気持ちは十分に持っている。
全てを吐き出せたら、心の中もすっきりするはずだ。
国王陛下に見限られたとは言っても、相手は王女。
言った後に責任を問われる事になれば、私だけの問題では済まなくなってしまう。
「私を誰だと思っている? これでも王子だ。付け加えれば、父上にはそれなりに気に入られている。その場にいた私が『何も見ていない』と証言すれば、それは何も無かったことになる」
「……あ、はは」
エルネストは口端を上げて不適に笑う。
(この王子腹黒い……)
「そうと決まれば早速乗り込むか」
「ええ!? 今からですか?まだ心の準備が……」
「心の準備なんて不要だ。君が言いたいことを素直にぶつければいい。今までの鬱憤を全て晴らしてしまえ」
「……っ」
私が戸惑っていると、先にエルネストが席を立った。
「君は十分過ぎる程耐えたし、待った。これ以上何を我慢する必要がある。それとも、この先も姉上からの酷い仕打ちを受けたいのか?」
「嫌! それは……絶対に嫌です」
「そうだろう? だったら決断して欲しい。決めるのは君だ。全ての責任は私が負うから。余計な事を考える必要は無いよ」
「……本当に?」
私が不安そうな顔で答えを求めると、エルネストは穏やかに笑って「ああ」と言った。
(……そっか。私、王女殿下に文句を言ってもいいんだ。もしかしたら、ロジェを取り戻せるかもしれない。やるしか、ないよね)
私は自分を納得させると、小さく頷いた。
「私、やりますっ! やらせてください!」
「いい返事だ。それじゃあ早速姉上の元に移動するか。この時間なら、きっとサロンにいるはずだ」
私は完全にエルネストによって流されて決断してしまったが、ロジェを取り戻すために行動に出ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます