第6話 どーる・ぱにっく!?

「(お願い、バレないで…!)」

 

 とある部屋の中、恐怖で体を震わせているのはアクア。

そこにスピカやリゲルの姿は無く、アクアは1人で薄暗い部屋の中の奥にある押入れの様な収納スペースに身を隠していた。

目を閉じ、全身に力が入った状態で体を震わせていると、部屋の扉が開く音が聞こえた。

ガチャッとドアノブが回る音、その後にキィ、と扉がきしみながらゆっくり開く音…。

アクアはゴクッと息を呑み、部屋に入ってきたモノの気配か無くなるのをじっと待つ。

しかし、部屋に入ってきたモノはクスクスと笑い始めた。


「アクアく〜ん、どこぉー?」


 声の主はコツコツと部屋の中央へと歩いて行く。


「君がこの部屋に居るのは分かってるんだよぉ?」


 すると、声の主は部屋の中の扉という扉を片っ端から開け始めた。

扉を開け閉めする音が徐々にアクアの方へと近づいて行く…。

アクアは胸の前でギュッと手を握り締め、息を殺す。

ドクンドクン、と緊張で心臓の音が大きくなる。


 すると、直前で物音がパタッと止まった。

罠かもしれない、と思ったアクアは身を隠したまま暫く耳を澄ませる。

 

 物音がしなくなって5分位経っただろうか。

アクアは恐る恐る外へ出てみる事にした。

横引きの扉をゆっくりと開けて外に出る。

しかし、その時再びクスクスッと笑う声が…。

しかもそれは真後ろから聞こえてきた。


「ふふっ…。見ぃーつけた」


「うわあぁぁッ!!?」


 アクアは叫び声を上げると部屋を飛び出し、全力でその場から必死に逃げる。


「何処へ逃げても無駄だよ?大人しくぬいぐるみになろうねぇ」


「はぁはぁ…!もう嫌だぁぁ!」


 さてさて、アクアがどうしてこんな状態になっているのか。

それは半日程前へと遡る。


「うーん、おっかしいなぁ…」


 機関室で何やら困った顔をしているのはリゲル。

アクア達は、ポラリスに教えてもらった鍛治職人の星へ行く為に列車を走らせていた。

しかし、突然センサー類のトラブルを知らせる警報が鳴った為、現在緊急点検を行なっているのだが…。


「リゲル、後ろの車両を見てきたが特に何も無かったぞ」


 作業をしていたリゲルに代わり、引いている後ろの車両を確認し終えたスピカが戻ってきた。


「やっぱり異常無し、か。って事は残るは車両の外…」


 リゲルは、そう言って窓から外を眺める。

外には魔法で出した星に乗って車両の周りを飛び回るアクアの姿があった。

アクアは車両の上や車輪の下など、隅々までチェックし終えると車両内へ戻ってきた。


「ご苦労さん、外はどうだった?」


何か変わった事は無かったか質問するリゲル。

しかし、アクアは首を横に振った。


「うーん、困ったなぁ…。警報が出てるのに原因がさっぱり分からない…」


 リゲルが困った顔をしていたのは、点検をしても警報が出た原因が分からない事だった。

一応、警報が出ていても走行は可能なのだが、まだまだ続くであろう旅に影響が出るといけない、という事で原因究明をしている訳だ。

しかし、この車両は少し前に整備場で隅々まで点検している。

このトラブルにリゲルは勿論、アクアも納得していなかった。


「納得はいかないけど、警報が出てる以上はこのまま走り続ける訳にはいかないな…。先は長い訳だし」


「じゃあとりあえず近くの星でもっと細かく点検するって事だよね?」


 そう言うと3人は窓の外に目を向けた。

今、アクア達が乗っている列車は緊急点検の為に近くの星の衛星軌道に乗っている。

直ぐに地上に降りるなら最短の星だ。


「スピカさん、あの星は分かる?」

 

「あの星は『コール星』か。昔は冥天獣達が住んでいたが今は立ち入り禁止になっていて無人のはずだ」


 スピカの話によれば、大昔は冥天獣達が鉱石を発掘する為に移住していた星らしい。

コール星からはその名の通り、上質な石炭が採れたため、プレアデスのエネルギー資源を支える為に沢山の冥天獣が炭鉱を掘り続けていたようだ。

今も石炭を全く使わなくなった訳ではないが、石油が主なエネルギー資源となった事や出稼ぎに来た冥天獣が増えすぎた結果、コール星の大気汚染が深刻化してしまった事がきっかけで次第に住人が居なくなっていき、最終的に立ち入り禁止の星になったらしい。


「今は大気の状態はどうなんだろう?大丈夫なのかな?」


 ちょっぴり心配そうにアクアが質問する。

するとスピカは「それなら大丈夫だ」と返した。


「そもそも炭鉱で栄えたのはかなり昔の事だ。数年前に調査で来た時には体に影響が出るような物質は出なかったしな」


「よし!そういう事なら早速向おう!ここだと隠れられる場所がないから丸見えだしな」


 そう言うと、リゲルはコール星へと列車を進ませる。

しかし、この判断が後に大変な事になるとはこの時誰も思っていなかった。


 コール星へ入って数分後、3人は機関室の小窓から顔を出して地上を見る。

そこにはかつては賑わっていたであろう古ぼけた建物が並ぶ町があった。


「スピカさんの言う通り、今は住んでる人は居なさそうだな」


 誰もいないなら、と町のすぐ近くに列車を下ろそうとするリゲル。

その時、アクアが「待って!」と窓から身を乗り出した。

 

「リゲルさん、あの町だけ何だか新しくない?」


 アクアが指を差すその先には明らかに整備されている別の町の姿が目に入った。


「確かにあそこだけ明らかに新しいな。だが、この星は未だ立ち入り禁止のはずだが…」


「一応、町から離れた場所に降りよう。あそこだけ整備されてるのはちょっと不自然だし」


 リゲル達は町から少し離れた場所に列車を降ろす。

そこは大樹が生い茂っている場所で、空からプレアデス軍が来たとしても発見されにくい場所だ。

それから1時間程、列車の点検作業をしたアクアとリゲルだったが、宇宙空間で点検した時と同じく異変は見当たらなかった。


「うーん、困ったなぁ。そろそろ陽も暮れてくるし…」


 よほどお手上げなのか、頭を掻きむしりながらペタンとその場に座り込むリゲル。

アクアも困った表情でその場に座り込んだ。


「今日の作業は終わりにしよう。少し気にはなるが近くに町もある事だ。食糧などの買い物もしないとな」


「そうだな、立ち寄る星に必ずしも星獣が住んでいるとは限らないし…。スピカさんの言う通り、物資が補給出来る所では積極的にした方が良さそうだな」


 食糧調達や生活物資等、立ち寄る星々で必ずしも補給出来るとは限らない。

アクア達はスピカの提案に賛同し、町へと向かう事にした。

まずは古ぼけた建物が並ぶ町を歩いて行く3人。

ここがかつて賑わっていたであろう町なのだろうが、今にも崩れそうな建物やバラバラに割れてしまった窓ガラス、そして草木に覆われてしまった建物などが建ち並んでおり、住民がいる気配は全く感じられなかった。


「ここが昔、鉱石採取で栄えた町って事?」


 リゲルは傷んだ建物を見回しながら質問する。

スピカはコクッと頷くと足を止め、倉庫らしき建物を指差した。


「ほら、所々鉱石が積まれている場所があるだろう?あれは採取したものの、エネルギー政策の転換などで価値が落ちて行き場を失った物なんだ」


 3人はそういった過去に取り残された物達を横目に再び歩みを進める。


「何だか悲しいね。当たり前に使われていた物が急に要らなくなっちゃうなんて…」


 しゅん、と悲しそうな表情を浮かべるアクア。

すると、スピカは「仕方ない事さ」と呟いた。


「時代が進んでより良い物が出来ればそれを求めて次第に変わっていく。そういう物なんだ」

 

 そんな事を話していると、放置された町を抜け、上空から確認していた整備された町へと入った。

その町の建物は綺麗に整備され、花壇や窓ガラスなども綺麗に管理され、先程までの町とはまるで様子が違った。


「な、なぁ、やっぱりこの町おかしくないか…?」


 数分、町の中を歩き、中心の広場まできた所でリゲルの足が止まった。

そして、先頭を歩いていたスピカも異様な雰囲気に「同感だ」と足を止める。

実はこの間、町に居るであろう住民達に1人としてすれ違っていないのだ。

 3人を不気味に感じさせている要因はそれだけではなかった。

それは、建物内に陳列された『ぬいぐるみ』

建物の中には必ずぬいぐるみが置かれており、それが窓ガラス越しに見える為、不気味さを更に強調させていた。


 そして、中心の広場へ来た時からアクアとリゲルにも異変が起きていた。

突然耳を塞ぐように手で押さえ始めたのだ。


「ねぇ、リゲルさん…。僕怖い…」


耳を塞ぎながら体が震えだすアクア…。

するとリゲルも「ア、アクアも聞こえてるのか…」と続いた。

しかし、スピカには何も聞こえていないようで2人をその場にしゃがみ込ませながらも首を傾げた。


「って事は、スピカさんには聞こえてないのか…」


「あ、あぁ。私には何も…。2人には一体何が聞こえるんだ?」


 アクアとリゲルは一瞬顔を見合わせると2人同時にこう呟いた。


「「『助けて』って」」


 それを聞いた瞬間、スピカは辺りを見回した。

しかし、住民の気配は全く感じられない。

そう、この町は整備されているにも関わらず…。


「スピカさん、多分なんだけど…。その声ぬいぐるみから聞こえてきてるんだ。それも一つだけじゃなくて複数人の声が…」


 実は、星天獣の中には『物の声が聞こえる』者が存在するらしい。

基本的には星の雫をコントロールするのが上手い星天獣が身につけられる特技だと言われているため、認知度はかなり低い。

そして、それはどんな物でも聞こえる訳ではなく、作った人物の想いが込もった物が特に聞こえやすいという。


 この事態にスピカにも緊張が走る。

そして、アクアを抱いてリゲルを立たせると足早にその場を離れようとする。

しかし、もう手遅れだった。

なんと建物内にあったぬいぐるみ達がゾロゾロとアクア達に迫ってきていたのだ。


「ぬいぐるみが動いてる!?」


「か、囲まれちゃうよ…!」


 ぬいぐるみ達の手足はまるで生き物の様に動き、アクア達を取り囲み始めた。

スピカはすぐに抱いているアクアをリゲルに渡すと2人を庇う為に一歩前で構える。


「2人とも、私の後ろへ!…一体何が起こっているんだ…!?」


 ジリジリと迫ってくるぬいぐるみ達からアクアとリゲルを守る為に手のひらに魔力を集中させて炎を灯すスピカ。

しかし、後ろの建物からも続々とぬいぐるみ達が姿を現し、完全に取り囲まれてしまった…。


 ぬいぐるみ達はアクア達との距離を5メートルの所まで縮めてきている。

人形達に取り囲まれ、慌てていると「ふふふ、お待ちなさい」と声が聞こえてきた。

ぬいぐるみ達の間を縫って姿を現す声の主。

それは、モコモコとした毛が特徴的な羊がモチーフのぬいぐるみだった。


「ようこそ、ぬいぐるみの町へ」


「…何者だ?私達を取り囲んでどうするつもりだ?」


 スピカがギラッと鋭い眼光で睨みつける。

すると、羊のぬいぐるみは口に手を当てながらクスクスと笑った。


「勇ましいお姉様ですねぇ。余計に『欲しく』なっちゃう…」


 『欲しくなる』という言葉と共にぬいぐるみの表情がニタァと歪む。


「申し遅れました。私はカペラと申します。えっと、スピカさんにリゲル君、そしてアクア君でしたっけ?」


 名乗ってもいないのにスラスラと名前を当てられるアクア達。

アクア達の驚いた様子にカペラは「この子達を通して全て聞かせてもらってましたから」とぬいぐるみを抱く。

そして、愛おしそうに頭を撫で始めた。


「つまり私達をずっと付けていた、という事だな?」


「えぇ、だってこんなに可愛い子達を手に入れない理由は無いでしょう?」


 その時、再びカペラの表情が不気味に歪んだ。


「大人しくぬいぐるみになって欲しいなぁ」


 カペラの目的、それはアクア達をぬいぐるみ化して自分の物にする事だった。

スピカは、更に魔力を集中させ、さっきまでよりも大きい炎を手のひらに灯して構える。


 一気に張り詰めた空気が辺りに漂い始める。

すると、終始目を瞑ったままリゲルに抱きつき震えていたアクアの頭に不思議な声が響いた。


《どうして、どうして置いていったの…?…寂しい、寂し…いよ…》


 突然聞こえ出したその声にハッとし、キョロキョロと辺りを見回すアクア。

それに気がついたリゲルは「ど、どうした?」と突然辺りを気にし出したアクアを心配する。

しかし、アクアは「な、何でもない…!」と戦闘体制のスピカの背中をじっと見つめた。


「(今の声は間違いなくカペラ…さんの声…。でも、どうして…?)」


 アクアの頭に響いた声…。それはカペラの声だった。

しかし、目の前にいるカペラの様な邪悪さが感じられる様な物ではなく、誰かに助けを求める様な…そんな感じだった。


「まずは冥天獣のスピカさんからねっ」


 カペラはどこからともなく巨大な縫い針を取り出す。

そして、そのままスピカに向かって飛び出してきた。

 

「来るぞ!2人とも下がれ!」


 下がれ、と言われても既にぬいぐるみ達に囲まれてしまっている3人。

スピカの邪魔にならない程度に距離を取る。


 針を突き出しながら突っ込んでくるカペラ。

スピカは針を手の甲で払う様に弾くと、魔力を集中させていた手から炎の球を飛ばす。

しかし、至近距離だったのにも関わらず、ヒラリとかわされ、再び距離を取られてしまった…。

元軍人とはいえ、武器が無い現状では魔法でしか戦えないスピカの方が不利だ。

すると、突然カペラがクスクスと笑い出した。


「これ、なぁーんだ?」


 そう言って針を持っている手とは反対の手を見せるカペラ。

その手には毛糸の様な物が握られており、よく見るとその糸はスピカの方へと伸びていた…。


「スピカさん、足に糸が…!」


 リゲルの大声で漸くそれに気がついたスピカ…。

すぐに焼き払おうと炎の灯った手で触ろうとするが、その伸ばした手にも、くるんと絡み付いてきた。


「ふふふ、捕まえた」


 毛糸はみるみる内にスピカの手足に絡まり、あっという間に身動きを封じられてしまった。


「ス、スピカさん…!!」


「来るな!!」


 駆け寄ろうとしていたアクア達を直ぐに止める。

カペラは、動けなくなったスピカの背後にゆっくりと近づくと針の先をスピカの背中に突き当てた。

そして、プスッと軽く突き刺した瞬間、ボンッ!という音と煙と共にスピカがぬいぐるみにされてしまった。


「う、嘘だろ…!?」


 スピカがあっという間にぬいぐるみにされ、リゲルは言葉を失う。

カペラは大切そうにぬいぐるみになったスピカを抱くとアクア達の方を向いた。


「次はあなた達だよぉ?」


 リゲルは、アクアを自身の後ろへ隠すと引きつった表情で構える。

しかし、突然アクアが「リゲルさん、後ろ後ろっ!」と大声で叫び出した。

慌てて振り向くと背後からぬいぐるみ達が迫って来ていた。


「ほらほら、よそ見してると危ないよぉ?」


 針を突き出しながら再び突っ込んでくるカペラ。

しかし、リゲルは手の甲で針先の軌道を逸らし、その針を掴むと柔道技の様に思いっきり投げ飛ばした。


「冥天獣のスピカさんを先に頂いちゃえば後は楽だと思っていたけど、星天獣が戦えるのは誤算ですねぇ」


 投げ飛ばされたカペラは、空中で体勢を立て直すとふわりと着地する。

自分の力ではその場凌ぎにしかならない事を察し。悔しさから思わず舌打ちがリゲルから出てしまう。

すると、再びぬいぐるみ達がアクア達との距離を縮めてきた。


「じゃあ沢山のぬいぐるみ達で飛びかかったら…どう?」


 ぬいぐるみ達に何やら指示を出すカペラ。

それを見たリゲルは「仕方ない、賭けてみるか…」と一言呟いた。

そしてアクアを立たせると耳元で何やら指示を出した。

それを聞いたアクアは驚いた様子で「でも、それじゃリゲルさんが…!」と食い下がる。

そんなアクアに「少しでも助かる可能性がある方に賭けるしかないんだ!」と少し強めの口調で返す。

普段の様子からは想像出来ないリゲルの尖った口調にビクッと驚くアクアだったが、迫ってくるぬいぐるみ達を見つめると静かにコクッと頷いた。


「信じてるぜ、相棒!」


リゲルは一言そう言うとアクアを持ち上げる。

そして、そのまま斜め上に思いっきり投げ飛ばした。

宙を舞ったアクアはぬいぐるみ達の頭上を飛び越え、包囲網から脱出する事に成功した。


「行けぇ、アクア!!頼んだぞ!」


 アクアは振り返る事なく、全力でその場から走って行く。

ぬいぐるみ達はそんなアクアには目もくれず、包囲されているリゲルを目と鼻の先の距離まで追い詰める。

リゲルは、何処か満足した様な表情でその場にペタンと座り込んだ。


「どうして無駄な事をするの?幾ら逃しても時間の無駄なだけなのに」


 少々呆れた様子のカペラ。

そんなカペラにリゲルは顔を伏せると「相棒を甘くみるなよ」とボソッと溢す。

カペラは座り込んだまま動かないリゲルの肩に縫い針の先端を肩にそっと当てた。


「もっと早く気がついてれば、すぐにアンタの事助けてやれたのにな」


 その一言を最後に、リゲルの意識は遠くなり、消えて行くのだった…。


 ここで漸く冒頭の部分に話が戻る。

そう、アクアが何者かに追われて逃げ回っていたのはカペラに追われていたからだ。

そして、大きな屋敷の二階に身を隠したものの、見つかってしまい、すっかり陽が落ちてしまった今も暗闇の中で恐怖の鬼ごっこが続いていると言うわけだ。


「リゲルさん、カペラさんが見失うまで隠れ続けるなんて無理だよ〜…!」


 暗闇の中、下の階へ降りようと階段へと差し掛かる。

だがその時、足元の段差に足先が突っかかってしまい、身体が階段へと投げ出されてしまった。


「うわぁっ!?」


 下の階まで落ちる、と思い目を瞑った時だった。

背後から糸が身体に絡み、階段脇へと引っ張られた。

身体に絡んだ物が糸だと直ぐに分かったアクアは、ぬいぐるみに捕まったと思い、ジタバタと暴れ、声を出そうとする。

すると、糸とは別に背後から身体を抱えられ、更には手で口を塞がれてしまう…。

突然の出来事に恐怖で泣きそうになるが、男の人の囁き声が聞こえてきた。


「シッ!静かに…。そのままじっとしているんだ」


 どうしたら良いのか分からず、混乱気味のアクア…。

とりあえず言われた通りに抵抗するのをやめ、背後の者に身を任せた。

そしてしばらくすると、カペラがやってきた。

アクアの目の前で立ち止まったカペラは何故かその場で固まり、動かなくなる。

この時、アクアの心臓が他の者達にも聞こえそうな程大きくなっていた事は間違いないだろう。


 アクアの背後にいる謎の人物はカペラが動かなくなるのを確認すると、何処からともなく手に毛糸玉を出す。

そして、それを階段下へと投げた。

毛糸玉は、トントン…と階段を下りて行く…。

その音が鳴り出した瞬間、動かなくなったカペラが再び動き出した。


「居た!アクアく〜ん、待って〜」


 そう言いながらカペラは階段を下りていき、姿が見えなくなった。

どうして階段横に居た自分が助かったのか分からず、キョトンとしてしまうアクア。

それを察したのか、アクアの背後にいる謎の人物はアクアの口を塞いでいた手を取り、巻きつけた糸を解いた。


「奴はぬいぐるみ。星獣程は目が良くないから暗闇だと何も見えないのさ」


 振り返るとそこに居たのは、右と左で身体が違う星獣…。

右は赤い毛並みの狐の姿を星獣なのだが、左はぬいぐるみの様な身体になっている男性だった。


「助けてくれてありがとうございます…。あの、おじさんは…?」


「オレは『シリウス』。君の名前はアクア、だったか?すまんな、驚かせて」


「シリウスさんは冥天獣…ですよね…?」


 シリウスの身体が左右で違うからだろう。

気になったアクアは思わず質問してしまう。

シリウスは深いため息をつくと「ああ、そうだ」と答えた。


 シリウスはコール星の出身ではなく、プレアデスから仲間達と共に自分の星へ帰る途中に宇宙船のトラブルで急遽コール星に立ち寄る事になったらしい。

そして、この町でカペラに捕らわれてしまったようだ。

しかし、シリウスは運良く逃げる事に成功し、完全なぬいぐるみにされずに済んだのだが、身体の半分がぬいぐるみになってしまったのだという。

つまり、先程出した毛糸玉やアクアの体に絡ませた糸は、半身がぬいぐるみになった事によって出来るようになった能力のようだ。


「とにかく、奴を何とかしないとこの星からの脱出する事は困難だ。…アクア、君は星の雫をコントロール出来るか?」


「あまり大きな物は経験がないですけど…。カペラさんが制御しきれない星の雫を取り除けば良いんですね?」


「…!君はヤツが暴走状態だという事に気がついていたのか!?」


 シリウスは少し驚きながら聞き返す。

すると、アクアは首を横に振った。

実はカペラの暴走状態に気がついていたのはアクアではなく、リゲルだった。

カペラと一戦交えた時に察知し、アクアに伝え、逃していたのだ。


「オレは仲間達を助けたい。すまないが力を貸してくれないか?」


 頭を下げて頼み込むシリウスにアクアはニコッと微笑んだ。


「僕の力で何とか出来るならやります!仲間を助けたいのは僕も同じだから…」


「分かった。夜が明ける前に勝負を掛けよう」


 こうして、2人は仲間達を助ける為に作戦を立て始めた。

とは言っても基本的にはシリウスが囮になってカペラを呼び出し、油断した所をアクアが突っ込むという出たとこ勝負な訳なのだが…。


「後はどうやって奴に気づかれずに外に外に出るか、だな。奴は暗闇で目が見えない代わりに音に敏感だ。歩くだけで直ぐに居場所がバレてしまう…。半身がぬいぐるみされたせいでオレは上手く動けないしな…」


 うーん、と腕を組んで考え込んでいるとアクアが「それならこれで!」と魔法で星を出した。


「これは魔法か?アクア、君は星天獣だろ…?どうして…」


 星天獣のアクアが見た事もない魔法を突然使った事に驚くシリウス。

アクアは少し苦笑いすると「天使の子って言えば分かる?」と返した。

そう返されたシリウスは納得したようで静かに頷いた。


 しかしながら、アクアが魔法で出す星は光を放つ。

暗闇で目が悪いとはいえ、流石にカペラでも気づくはずだ。

すると、シリウスはぬいぐるみ状態の手から再び毛糸玉を出すと魔法で出した星に糸を巻き始めた。


「これなら光も大丈夫だろう。全く、ぬいぐるみ化されて得た能力が役に立っちまうとはな…」


 皮肉混じりに呟くと星から光が漏れなくなった。

2人は深呼吸して覚悟を決めると星へと乗り、出入り口を目指して階段を宙に浮きながら進んでいく。

アクアは慎重に星を操り、ゆっくりと一階へ…。

そして、アクアを捕らえるためにキョロキョロとしているぬいぐるみ達の頭上を慎重に通り、出入り口の扉の前までやってきた。


「いいか?恐らく扉を開ける音でヤツとぬいぐるみ達は集まってくる。扉を開けて外に出たらオレが星から降りてヤツを引き付ける。アクアはバレない様に素早く隠れた後、タイミングを見計らって飛び込んで来るんだ」


 シリウスの指示にアクアはコクッと力強く頷く。


「勝負は一度きりだ…。行くぞ!」


 そう言うとバン!と大きな音を立てる様に扉を開けた。

アクアは直ぐに外へ出るとシリウスを降ろして直ぐに上空へと飛んだ。

案の定、ぬいぐるみ達は音がした扉からゾロゾロと溢れ出し、遂にカペラが外に出て来た。


「おや?あなたは…」


「よぅ、ひと月ぶり位か?」


 月明かりに照らされているからだろう。

シリウスを認識したカペラは「ぬいぐるみにしそびれたシリウスさん!漸く姿を見せてくれましたねっ」と嬉しそうに笑う。

そして、手から素早く糸を出すとシリウスの手足に絡めてしまった。


「早く完全なぬいぐるみになりましょうねぇ」


 縫い針を取り出し、ゆっくり近づいてくるカペラ…。

しかし、シリウスは逆にニヤリと笑い返した。


「残念だが、それは無理な要望だな」


「(よし、今だ!)」


  上空から機会を伺っていたアクアは、2人が最も接近した時を見計らって地上へと星を走らせた。

星の粒子を出しながら流れ星の様にカペラの頭上へと向かって飛んでいく。

そして、1メートル以内まで接近すると星を飛び降り、両手を構えた。


「頼むぞ、アクア!」


「お願い、上手くいって…!」


 アクアの両手から眩しくなるほどの光が放たれた。

そして、それは風船のように丸くなるとカペラの体を包んだ。


 中からはカペラの苦しそうな悲鳴が聞こえ出し、シリウスに絡み付いた糸が解けた。

悲鳴を聞いたからか、ぬいぐるみ達が一斉にアクアに迫り飛びかかろうと構えて出す。

しかし、シリウスが毛糸玉を次々と出し、ぬいぐるみ達の頭へ投げつけバランスを崩させた。


 そんな中、アクアは目を閉じると更に意識を集中させる。

最初は眩しかった光が次第に優しく温かい光へと変化していく。

そして、アクアがゆっくりと目を開けると、両手から放たれていた光は消え、気を失ったカペラが姿を現した…。

アクアはカペラが地面に崩れ落ちる前に素早く抱えると、優しくその場に寝かせるのだった。


「上手く…いったのか?」


 シリウスがカペラの介抱をする背後からフラフラと近づく。

その時、シリウスの身体が光だし、ぬいぐるみになっていた半身が元に戻った。

それと同時にぬいぐるみ達はその場に倒れ出し、星獣からぬいぐるみにされた者達は元の身体に戻っていった。


「ちょっと苦労しちゃったけど、もう大丈夫…!怖かったぁ…」


 緊張が解けたのだろう。

アクアはその場にヘナヘナと崩れる様に座り込んだ。

その時、丁度太陽が昇りだし、辺りは朝日の暖かい光に包まれるのだった。


 その後、ぬいぐるみにされたスピカとリゲルも元に戻り、アクアと合流。

整備された町にあった建物の一室へ移動し、カペラが目を覚ますのを待つ事に。

この時、シリウスはぬいぐるみにされた仲間達の介抱をする為にアクア達とは一旦離れていた。


「アクア、リゲル。今回は本当に助かったよ。ありがとう」


 スピカは、アクアとリゲルに頭を下げる。

これにリゲルは困ってしまい直ぐに頭を上げさせた。


「あーもぅ!そういうの禁止!仲間なんだからさ!それに1番頑張ったのはアクアだぜ?」


 そう言われ恥ずかしそうに、そして嬉しそうに「えへへ…!」と頭を掻いた。


「でもそれはリゲルさんがカペラさんの異変に気がついてたからだよ。僕には全然分からなかったもん」


「そういえば、どうしてカペラに異変があると分かったんだ?また『声』が聞こえたのか?」


 スピカの質問にリゲルは首を横に振った。


「まぁ、声が聞こえてたってのは間違いじゃないんだけどさ。星天獣には稀に生まれつき患う病気があってさ」


 星天獣が星の雫を扱う時に『体に取り込まれた物を粒子状にして宿せる』という事は知っているだろう。

しかしごく稀に生まれつき星の雫を扱う能力が欠落した状態の子が産まれる事があるらしい。

『スタードロップ欠落症』と呼ばれ、個人差もあるが数ヶ月から数年置きに体内に溜まる星の雫を排出させなければならない不治の病だ。

リゲルは、この病の『星の雫を溜めすぎると自分でも自分を制御出来なくなる』という症状とカペラの心の声からスタードロップ欠落症の可能性を考えたようだ。


「しかし、どうみてもカペラはぬいぐるみだ。ぬいぐるみが意思を持つ事自体が…」


『ぬいぐるみが意思を持つ事自体がおかしい』

スピカがこう言おうとした時、アクアが途中で遮った。


「スピカさん、この星ってもう何十年も昔に立ち入り禁止になったんだよね?」


 アクアの突然の質問に思わず「あ、あぁ、そうだが…」と驚いた様子で返す。

アクアはカペラの頭を優しく撫で始めた。


「ぬいぐるみって長い年月の中で意思を持つ事があるって聞いた事があるんだ。霊が宿るのか、ぬいぐるみを作った人物の心が籠った結果なのかは分からないけど。カペラさん、きっと寂しかったんじゃないかな…?誰も居なくなったこの星に放置されて…」


 アクアが物悲しそうに、呟く様に言うと「アクア君の言う通り…です」とカペラが口を開いた。


「カペラさん、大丈夫?体、辛くない?」


 カペラの体を気遣って声を掛けるアクア。

カペラは「えぇ、ありがとう」と体を起こした。

そして、過去に自身の体に何が起きたのかを話始めた。


 意思を持ったカペラだったが、それだけでは体を動かす事は出来なかった。

しかし、放置されていた場所に星の雫が雨の様に降り注いだ時があったそうだ。

その時、ぬいぐるみの一部に星の雫が入り込み、生命体の様に体が動かせる様になったという。

しかし、見えないだけで星の雫は空気中に漂っている。

体がぬいぐるみのカペラには星獣達の様に星の雫を取り込み続けても害が無いような体ではなかった。

数十年の年月をかけて少しずつ体内に蓄積されていった星の雫は、いつしか限界を越えてしまう…。

欲望のままに活動するしか出来なくなったカペラは、コール星の近くを通る宇宙船のシステムにエラーが出るように思念波を出し、次々とコール星へと引き込んでいった。

そして、引き込んだ星獣をぬいぐるみへと変え、町を新しく作り直していったという…。


「皆さん、お願いがあります。私の体から…星の雫を抜いてくれませんか?」


 『このまま自分が生きていればまた同じ事を繰り返す』

そう思ったカペラは自らの中に入り込んだ星の雫を取り除いて欲しいとアクア達にお願いし始めた。

しかし、アクア達は首を縦に振る事はなかった。


「そんな事出来ないよ。カペラさんだって『生きてる』んだよ?」


「そうそう!それにオレ達星天獣は物に命を吹き込む側の立場だしな」


「そもそもキミをコール星に放置したのも元はと言えば冥天獣のようだし…。そうなると私は何も言える立場にはないな」


 アクア達のこの発言。

それはただの同情などではなく、カペラを救う方法をアクア達はちゃんと考えていたのだった。

アクア達はカペラを連れて星空トレインの列車へ。

そして、通信機に電源を入れると何やら交信を始めた。


「はい、リゲルさん達ですね?どうされました?」


 応答したのはポラリスだった。

アクア達は、ポラリスの星を出る際にポラリスが寂しくならないようにプレアデス軍に探知されないタイプの通信機を置いてきていたのだ。


「ポラリスさん、実はお願いがあるんだけど…」


 リゲルは、手短にカペラの事を話す。

そして、レグルスへ帰って全て解決したらカペラとぬいぐるみ達を受け入れて欲しいと頭を下げた。


「なるほど、そういう事ですか。私は構いませんよ。賑やかになりますしね」


 二つ返事で快諾してしまったポラリスに思わずアクア達も苦笑いをしてしまう。

アクア達は、魔女のポラリスならカペラを星獣達の様に星の雫を害が無い物にする方法を考えてくれると思い、連絡してみたのだが見当違いではなかったようだ。


「本当はオレ達と一緒に行ければそれが良いんだけどさ。オレ達、追われてる身だから…」


「そうだね。話を聞いた限りだとカペラさんなら年単位で星の雫を取り込み続けても大丈夫そうだし」


 自分の為に色々と動いてくれるアクア達に涙が溢れ出すカペラ。

涙を拭っているとポラリスは「カペラさん、お会いできるのを楽しみにしていますよ」と言い、通信が切れた。


「さて!これでひとまずは解決、かな?」


「そうだな、カペラが1日も早く安心出来るように私達も先を急がなければ」


 リゲルとスピカがそんな事を言いながら列車の外へ出るとシリウスが数人の仲間を連れてアクア達が出てくるのを待っていた。


「アクア、また頼み事をしたいんだが良いか?」


 シリウスがアクア達に頼みたい事…。

それは、母星まで乗せていって欲しいという事だった。

どうやら乗って来た宇宙船が本当に壊れてしまっていたようだ。

詳しく話を聞くとシリウスの母星は『惑星ガント』

スピカに方角を確かめると、次の目的地の星と同じ方向のようだ。

それを聞いたアクアは直ぐに快諾。

シリウスの仲間達は足早に宇宙船へと荷物を取りに戻って行った。


「ところで、アクア達はオレ達を降ろした後はどこに向かって行く予定なんだ?」


 アクア達の行き先が気になっていたシリウス。

すると、リゲルが地図を出してシリウスに見せた。


「この鍛治職人が多くいるっていう星です。アクアが鍛治に興味があるみたいで」


 地図を見て「ここは…惑星プレスか」と言葉を詰まらせるシリウス。

そして、アクアの顔を見ると「ここには行かないほうがいい」と言った。


「ここには今はプレアデス軍が駐留している。君達は軍に追われているようだし、アクアが本当に天使の子なら尚更だ」


 それを聞いたアクアはしゅん、と耳と尻尾が垂れ「そうですか…」と残念そうに返事をした。

しかし、「でも心配するな!」とシリウスがウインクをした。


「鍛治に興味があるならオレが教えてやるよ!オレも一応鍛治職人だからな!」


「本当ですか!?やったぁ!」


 さっきまで垂れていた耳と尻尾がピンと跳ね、嬉しそうにぴょんぴょん飛び回るアクア。


「だが、シリウスさん。本当に大丈夫なんですか?私達は冥天獣からしたら軍に追われている『お尋ね者』ですよ?」


「だとしてもだ。あんたらがオレ達の命の恩人である事には変わりない。村の奴らにはオレ達が説明する。心配するな」


 スピカは迷惑をかけてしまう事を心配し、納得していない様子だったが「分かりました。ですが、本当にご迷惑なら直ぐ出て行きますので…」とシリウスの好意に甘える事にした。


 それから30分程経った頃…。

シリウス達の荷物も運び終わり、アクアとリゲルによる車両点検も何事もなく無事に終わった。


「よっし!異常無し!今度は完璧だな!」


「久々にお客様を乗せての運行だね!」


 アクア達は見送りに来てくれたカペラと順に握手をする。


「ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありませんでした」


 カペラは3人に深々と頭を下げる。

そして、列車の中にいるシリウス達にも頭を下げた。


「カペラ、私達やポラリスさんには連絡が出来るように通信機を渡しておくから体に何か異変があったら直ぐに連絡するんだ」


「また寂しくなるかもだけど、必ずポラリスさんの所に連れて行くからさ!」

 

 スピカから差し出された通信機を受け取ると、再び3人に頭を下げた。


「よし、それじゃ惑星ガントに向かって出発だ!」


「「らじゃー!」」


 スピカの掛け声に元気よく敬礼するアクアとリゲル。

何だかんだでこれもお決まりになりつつあるようだ。

そして、リゲルとスピカは先頭車両へ乗り込み、アクアは首に掛けた小袋からハーモニカを出すと星空トレインの発車メロディを軽快に奏でた。


《間もなく、星空トレインの車両が発車致します。車両に近づきすぎないようにご注意下さい》


 リゲルのアナウンスと共にアクアも直ぐに先頭車両の中へ…。

すると、空へと伸びる線路が車両の前に生成され始め、ゆっくりと走り始めた。


 カペラは、アクア達の乗った列車が見えなくなるまで空を見上げていた。

その顔に不安や寂しさなどはなく、とても清々しく見えた。


「皆さん、本当にありがとう。次に会う時は何かお返しが出来るといいな…」


 また再会出来るその日を信じて。

カペラは再びぬいぐるみ達との日々に戻るのだった。

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