第7話 これってチュートリアルだよな?
『くくく、バカなヤツだ』
再び声が聞こえ、俺は本に視線を落とす。
すると先ほどと同じような闇が出てきて……いや、それ以上……?
そして闇はなにかを形取った。
「お、狼……?」
ただし全身は真っ黒だし、体から異質な魔力を感じる。
『はあー、やっと出れた。こんな狭いところに閉じ込めやがって。見つけ出してぶっ殺──いや、人間は千年も生きられなかったっけな? ちっ、あいつ、勝ち逃げしやがって』
狼がぶつぶつと文句を呟いている。
「おい」
『ああ?』
呼びかけると、狼は初めて俺に気付いたという感じで、こちらに視線を向けた。
「貴様はなんだ。ただの魔物ではなさそうだな。俺を無視するとは、大した度胸だ」
『悪ぃ、悪ぃ。人間など眼中になかったからな。お詫びに……』
と狼が大口を開ける。
同時、膨大な魔力が放出された。
『混沌の闇を見せてやろう』
頭がぐちゃぐちゃになるような感覚。
なんだ、これは……と思うより早く、俺を中心に大爆発が起こったのだ。
『ガッハッハ! やっぱ非力な人間には、軽い一発でも耐えられねえか。まあ安心しろ。我の力はまだ未完成。わざわざ依り代となる体をぶっ壊したりしねえよ。まあこれで精神は破壊されたは……ず……?』
ここまで尊大な態度を取っていた狼だが、爆発したはずの
「うむ、ただの犬っころにしては大した魔力じゃないか。俺の結界を破壊するとは」
俺はそう言って、服に付いた埃をパンパンと払った。
『なっ……どうして貴様、生きてやがる!?』
「どうして、だと? なら俺から聞く。この程度で俺をどうにか出来ると思っていたのか?」
目の前の狼が哀れすぎて、溜め息も吐きたくなるというものだ。
しかしこいつはなんだ。
問いかけても、さっきから全然答えてくれない。
先ほど、混沌の闇がどうとか言っていたが……。
「あっ、そういうことか」
そこで俺は思い当たる。
「お前が俺に『混沌』の特殊魔法を授けてくれたのか」
ならば本を開いた際、聞こえた声と合致しているのが説明付く。
「そういうことだな?」
『ふ、ふんっ、理解が早いようだな』
狼は鼻からふんっと息を出し、平静を装っているよう。
『貴様は世界を支配したいんだろう? なら我と手を組もう。我と貴様となら世界を支配出来る』
「どうしてお前と手を組まなければならぬ? 俺は欲しいものがあったら、自分の力で手に入れる。誰も俺を従えることなど出来んのだ」
『ならば無理矢理にでも、貴様の体を貰い受けるのみだ!!』
と先ほどまで、どこか呑気な空気が漂っていた狼ではあったが、いきなり殺気を放ってきた。
どうやら、俺と戦いたいらしい。
混沌魔法を授けてくれたから、もしかしたら味方……? かと思ったが、その線も完全になくなった。
こいつは俺の敵だ。
ならば。
「ゲーム的に言うと、混沌魔法を使って戦うチュートリアルってところか?」
大した敵ではないだろう。
なにせ、チュートリアルはプレイヤーに倒されることを想定している。
製作者による救済策といったところだ。
しかし先ほどから使おうとしてみるが、どうにも上手く混沌魔法が発動出来ない。
うむ……さすがは主人公の聖魔法に並ぶチート魔法。一筋縄で使うことは出来ないか。
「まあ、ゆっくり試させてもらおう。そのためのチュートリアルなんだしな」
『さっきから訳の分からないことを言っているが……』
謎の狼は魔法を展開しながら。
『さっきのは軽い準備体操みたいなものだったが、今度は十パーセントくらい本気を出してやろう。
狼がそう唱えると、矢を形取った闇が俺に襲いかかる。
俺は即座に炎魔法で壁を作った。
先ほどと同じなら、この結界魔法で相手の攻撃は防げるはずだ。
しかし。
「ん……」
嫌な予感がして、闇の矢がこちらに辿り着く前に、その場を退避する。
すると闇の矢が結界に当たったと同時。
まるで最初からなかったかのように、結界が消失してしまった。
『貴様は結界魔法に自信があるみたいだが、そんなもの混沌の前では無意味。混沌の渦の前では、有象無象の魔法は消滅する』
ニヤリと口角を上げる狼。
「この辺も、ゲームの仕様と一緒ということか」
チュートリアル的にはプレイヤーに混沌魔法を見せて、それを真似してもらおうという魂胆だろう。
『くくく、ようやく目の色が変わったな。我もさっさと地上に出て暴れたい。悪いが……今度は本気でいかせてもらう。
狼が勝ち誇った声で、再び闇の……いや、混沌の矢を放つ。
しかも今度は十発同時。
避けるのは無理そう。
対抗する混沌魔法はまだ使えない。
だからといって、既存の魔法では打ち消される。
「面倒だな……仕方がない」
俺は手をかざし、再び
『ガッハッハ! 無駄だ! 混沌に対抗出来るものは混沌のみ!』
「そんなことは知っている」
さっきから同じようなことを何度も繰り返してくるので、いい加減
チュートリアルの敵キャラなんだから仕方がないかもしれないが、辟易としてしまう。
『そんな結界は紙きれ……同……然?』
混沌の矢が、俺の作った結界が当たる。
しかし今度、消滅したのは俺の結界ではない。
狼が放った十本の矢の方であった。
『な、何故だ!? 何故、我の混沌が貴様の結界に負ける!?』
「自分で言ってただろうが。混沌には混沌をぶつければいい。だから俺は擬似的に混沌を発生させた」
『バカな。貴様に力を与えたとはいえ、まだ完全体ではないはず。我と同一になることによって覚醒が……』
「なんかごちゃごちゃ言っているが、混沌魔法は使っていないぞ」
──『ラブラブ』で有名なバグがある。
混沌魔法には混沌魔法。
正しくは聖魔法でも対抗出来るのだが……それ以外にも、混沌魔法を打ち破る術があるのだ。
それが先ほど実演してみせた『属性魔法負担バグ』。
ラストバトルになるレオ戦。
ただでさえバトル背景が効果で、混沌魔法の演出も凝っている。
それに重ねて、五つの属性魔法を同時にぶつけたらどうなるか?
ゲームが演出処理に耐えられなくなってしまうのだ。
これにより、何故か混沌魔法を打ち消すことが出来るのだが、「五つの属性魔法を混ぜることによって、擬似的に混沌を生み出したのではないか?」とプレイヤー内で冗談のように語られる。
色んな絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたら、汚い色になるだろ?
つまりはそういうことだ。
「俺は五つの属性魔法を操ることが出来る。だから五つの属性で結界を重ねがけして、擬似的な混沌魔法を実現させた。偉そうにしてるくせに、そんなことも分からなかったのか?」
『そ、そんな出鱈目なことが出来るわけないだろう!? 脳が魔法の処理に耐えられなくなる。下手をすれば頭がおかしくなるのに、貴様は……』
あー、確かに。
肩にどっと疲れがのしかかった感覚がある。この感覚を、『ラブラブ』のレオは嫌がっていたということか。
「それから、お前の間違っていることはもう一つある」
困惑している狼に対して、俺は魔法を発動する。
「混沌魔法なら、もう使える」
極大混沌魔法──
戦っている内に、ようやく混沌魔法の使い方が分かり、俺は室内に極小の宇宙を発生させた。
『くっ……! こちらも混沌魔法発動……いや、もう間に合わない!? バカな。世界の災厄たる我が、こんな若造に──』
狼が
周りのものも
「ふう……」
一息吐いて、俺は
「この魔法、やばいな。これ以上発動し続ければ、俺ごと消えてしまいそうだった」
そういや、『ラブラブ』の主人公エヴァンも、最初聖魔法に覚醒した時は暴走させていたな。
ゲーム内のチート魔法を制御するのは、一筋縄ではいかないということか。
今後はあまり、軽率に使うのはやめておこう。
「それにしても……あいつは『世界の災厄』とか言っていたが……」
ただのチュートリアルで倒される敵役が、そんな大層なもんじゃないだろ。
と俺は心の中でツッコミを入れる。
なんにせよ、混沌の力を得ることが出来た。
俺は確かな成長を実感し、ぐっと握り拳を作るのであった。
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