第5話 一人の天才を目にして(ルフィナ視点)

(side ルフィナ)


 私はルフィナ。

 二十歳を迎えたばかりの神官である。


 これでも、二十歳で魔法適正の検査を任されているんですよ? 検査官は五十〜六十歳くらいのおっさんっていうのが相場。二十歳で検査官になれるのは、なかなかのエリートなのだ。えっへん。


 そんな私だが、仕事が大嫌い。

 神官のくせになんと不敬なことか……と言われるけど、嫌いなものは嫌いだから仕方がない。


 特に残業は大嫌い。


 あんなのは無能がすることだ。

 定時でさっさと帰る私に、教会の偉い人たち顰めっ面をするけど、私が誰よりも仕事が出来るものだから文句は言えない。


 そして今日、私はハズウェル公爵家に招かれることになった。


 大っぴらには言えないけど……ハズウェル公爵家は評判の悪い貴族だ。

 時には違法スレスレのことにも手を染め、財をなしていると聞く。


 さらにその中でもハズウェル公爵家の第一子息──レオ様の評判がこれまた悪い。


 なんでも傲慢な性格をしており、後継になるための勉強や鍛錬をろくしないらしい。

 他人への接し方も常に上からで、特に平民に対しては苛烈の一言だ。


 そんなレオ様の魔法検査を任されたということで、私は朝から億劫な気分なのであった。



 さっさと終わらせて帰ろう……。



 そう思い、屋敷に向かうと私はまず、レオ様の外見に驚いた。


 えっ? 

 めっちゃ可愛いんですけど!


 言葉は悪いけど、レオ様は太っていると聞いていた。

 しかし目の前にいる男の子はそれとは真逆。

 まるで女の子と間違えるくらいに、美しい容姿をしていた。


 だけど。


『うむ、さっさとやってくれ。それにしても名前も名乗らないんだな? 俺を前にして、なかなか失礼ことをするな』


 性格は聞いていた通りのようだ。


 とはいえ、貴族の前だというのに、舐めた態度を取ったのは私の方。

 それなのに口頭だけの注意だけで済んだのは、幸いとも言えるだろう。


『ちゃちゃっとやっちゃいましょー。レオ様、私に手を』


 早く帰りたかったので、すぐに魔法の検査に移った。

 その結果に、私はさらに驚くことになってしまう。



レオ=ハズウェル


魔力量:測定不能

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属性魔法

『炎』

『水』

『風』

『雷』

『土』

---------------



 ちょ、ちょっと待って!

 魔力量、測定不能!?

 検査で測れないくらい、魔力量が多いってこと? こんなの初めて見るんだけど!


 しかも五属性に魔法適正がある。


 待て待て。


 神官の中でかなり優秀と称される私でも、魔法適正は二つしか持っていないんですけど?

 それなのに、この目の前のレオ様は五つも属性魔法に適正があるって?

 こんなのは大昔、世界を災厄から守ったと言われる大英雄くらいしか聞いたことがない……。


 しかもそれだけの結果を見ても、



『うむ、当然だ。俺は天才だからな。五つくらい属性魔法があっても、驚きはしない』



 とレオ様は全く驚かなかった。


 傲慢な言葉遣いではあるが……決して慢心しているわけではなさそう。結果を当然のものとして受け止めている。


 なに、この大物……。


 レオ様の才能と度量の広さに驚いたが、私の仕事はこれで終わった。残業にならないうちに早く帰ろうとした。


『せっかく神託を受けたんだ。今すぐにでも魔法を使ってみたい。付き合ってくれるか?』


 しかしそんな私をレオ様が引き止めた。


 本来なら、たとえ貴族に言われたとしても断るんだけど……さすがの私でも、レオ様を前にすれば興味が出てくる。


 彼も五属性に適正があると聞いて、ちょっと浮かれてるのかな?

 いくら才能があっても、初回でまともに魔法を放てると思えない。


 ならば私はレオ様が調子に乗らないように、しっかりと見守ってあげよう。

 こんな老婆心が湧いてきたのも、初めての経験だった。



 正直、私は舐めていた。



 そもそも、まともに魔法を放てると思っていなかった。

 だから結界魔法を一重にしか張っていなかった。


 しかしレオ様の魔法は私の横を通過し、壁を粉砕したのだ。


『ひゃーーーー!』


 その際、歳上の威厳なんて吹っ飛び、間抜けな声を上げてしまったのはちょっぴり反省している。


『ご、ごめん! 大丈夫!?』


 そう駆け寄ってくるレオ様を見ながら、私は考えていた。


 一回目だっていうのに……まさか上級炎魔法の『ファイアートルネード』を放ってくるとは思っていなかった。

 魔法を放つ前、レオ様が『ファイア』と呟いていた気がするが……あんな初級魔法があってたまるか。

 もしレオ様の狙いが外れず、私に炎魔法が直撃していたらどうなっていただろうか?

 思い出すだけで冷や汗が出る。



「全く……あれが本物の天才ってヤツか」



 そして帰りの馬車の中で、私はそう呟く。


「他人の評判ってのは、アテにならないもんだね」


 だって、聞いていたレオ様の評判とは違いすぎるんだもん。

 面倒臭い仕事だと思っていたが、想定外の学びを得ることが出来て、私は清々しい気持ちになっていた。



 だが、私が驚愕するのはこれだけで終わらなかった。



「あれ?」


 馬車が急に止まった。


 なにかあったんだろうか?


「どうしたんですか? 急に止まって……」


 馬車から出て、御者の方にそう質問する。


「そ、それが……」


 と彼はわなわなと震えた手で、前方を指差した。


 あれは……魔物の死体?

 というか、あれってベヒモス!? 一体討伐するだけでも、A級冒険者が複数人必要だっていう。


 だけど今は丸焦げになって、地面に転がっている。


 どこかの冒険者が倒して、死体をそのままにした? いや、ベヒモスから取れる素材は高くで換金出来るはずだ。なのに死体をそのまま放置するなんて考えにくいけど……。


「ま、まさか!?」


 私はある可能性に気が付き、ベヒモスの死体に駆け寄る。


 御者の方は「ま、また動き出すかもしれないぞ!」と止めてきたが、私はそんな声が耳に入らないくらいに驚愕していた。


 ベヒモスの体にそっと手を付ける。

 そして体に纏っている魔力を、ゆっくりと分析した。


「間違いない……この魔力、さっきのレオ様の魔力だ」


 も、もしかして……。


「レオ様があの時放った炎魔法が、ベヒモスに当たったっていうこと?」


 いや、まさかそんな。


 しかしこの魔力……レオ様のものに間違いない!


 有り得ないことではあるが。

 レオ様が放った炎魔法は壁に当たっただけでは、衝撃を完全に殺しきれず、ここまで届いた。

 そしてたまたまいたベヒモスに不運(幸運?)にも当たり、一発で焼死させた……と。


「ひ、ひええええ〜〜〜」


 腰を抜かし、私は地面に尻餅を付く。


 レオ様はただの天才じゃない。

 その気になれば世界を引っくり返せるような人物になることも出来るだろう。


「大英雄……もしくは、魔王にね」


 つまらない仕事だと思っていた。

 しかし私は今日、世界が変わる瞬間を目の当たりにしてしまったかもしれない。


 私の頭に『レオ=ハズウェル』という、一人の天才の名が刻まれた。

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