第30話 武人、その名はミル
さて、気を取り直したミルが、意気揚々と杖を持ったまま通路を進み始めると、すぐに今度はホーンラビットが出て来た。
ウサギと言うには一角獣みたいな角もあり、これまたサイズがでかい。
その大きさは一メートルを超え、凶悪につり上がった三白眼の瞳は全く可愛くない。
現れたホーンラビットは俺達を発見すると、素早く戦闘態勢に入った。
牽制し的を絞らせない気か、不規則に左右にジャンプしながら、これまた凄い速さで距離を縮めて来た。
再びミルが杖を掲げゆったりと詠唱を始めた。
「天地の万物を……、むん!」
ザン!
当然詠唱は間に合わないが、迫りくる速い動きなど問題とせず、居合での一刀両断が見事に決まった。
続けざま、すぐに再びシルバーウルフが現れた。
「天地の万物を……、むん!」
ザン!
もはや詠唱は単なる枕詞か掛け声で、これまた一瞬で居合切りにされた。
その後も丁度密集地帯に入ったのか、エンカウント率がやたらと高くなり、次から次にホーンラビットとシルバーウルフが現れ休む暇なく襲って来る。
「天地、むん!」
ザン!
「天、むん!」
ザン!
「むん!」
ザン!
ミルは全く危なげなく、華麗な動きで次々と難なく屠ってゆく。
もう最後の方なんか詠唱すらせず、すっかりノリノリで斬りまくり、もはや剣を戻さず普通に戦っていた。
だが途中でハッ気が付いて「わーわーっ!」、と誤魔化す様に奇声を上げて慌ててなおしていた。
一応魔法なんだろ? しっかりしてくれ。
「トウノ、まあ大体こんな感じだ。まだこの階層に出るホーンラビットやシルバーウルフは単体だ。基本的に攻撃パターンも単純だと考えていい。ただし次の四層も同じ魔獣が出て来るが、三層の単体に対し四層は複数体で現れる。常に連携をしてくるから、かなり手強くなるぞ。まずはこの階層で狩り慣れてから次に進むのがいいだろう」
などと、世話好きなミルらしく凄く真面目に語るのだが、ほんの少し顔を赤らめ俺の様子を伺う様におどおどしていた。
「そうか、かなり参考になったよ。そろそろ俺も怖いけど実際に倒してみたいから、前衛を変わろう。お疲れさん、ミル」
「ん、そ、そうか、うん、そうだな、次からはトウノに任せるとしよう。あー、私も魔法を使い過ぎたから、少し休まないといけないしな、魔力回復が必要だ」
「全部一撃だもんな、凄かったよ、まあ、ゆっくりしてくれ」
俺は普通にそう言って前に出た。
すると、後ろに控えていたヒヨリがひょいと出て来て、こう付け足した。
「あのう、ミルさんは剣士だったんですね」
途端にミルの顔色が変わり激しく狼狽えた。
「い、いや、魔法だぞ。詠唱破棄での、あーあれだ、そう、エアカッターだ!」
「だって、杖に仕込んだ剣で斬っていたじゃないですか? もうバレバレですよ。それにトウノさんもトウノさんです、なんでツッコまないんですか? ちゃんと仕事して下さい」
訝しがるヒヨリに俺は注意する。
「もう、ヒヨリは馬鹿だなぁ、まだ言うなって。ここはもう少し泳がせて、羞恥に耐えきれなくなったミルがヘタレて自白するって流れじゃないか」
「あっ、そんな楽しみ方をしてたんですね。気がつきませんでした」
途端、ミルは目の色を変える。
「ちょ、トウノ! お前も気が付いてたのか!」
「あのなぁ、ミル、お前最後の方は剣を杖にしまわないで普通に切っていたからな、どこからバレてないなんて自信が来るんだよ? もう単なる痛い子だからな。」
もう魔法を言い張る事が出来なくなったミルは、顔を真っ赤に染める。
「わ、私はまんまと羞恥プレイをさせられていたのか!」
「そんな変な言い方するなって、魔法使いのミルさんや」
「もう、やめてくれぇ!」
ヘタレとなったミルは両手でその端正な顔を隠し、いたたまれなくなって屈みこむとプルプル震えた。
その後、どうにか復活したミルがたどたどしく説明した。
エルフの中でもミルは魔力量が多い方で、魔法の才能はしっかりとあるのだが、いかんせん詠唱を唱えるのが苦手だった。
とにかく間違えてはいけないとゆっくり唱えるので、まともに実戦では使えない。
詠唱破棄も詠唱待機も悲しいかな出来ず、仕方なく剣や格闘術に活路を見出す事にした。
すると豊富な魔力を剣や体に纏う事で、その戦闘力を飛躍的に上げる事に成功した。ただしエルフとしては異例の肉弾戦型剣士となり、仲間から「エルフなのに、頭おかしくないか?」といじられまくった。
それが里を飛び出す本当の原因になったという訳だ。
「でもさぁ、ミルとしてはやっぱりエルフとして魔法にこだわりがあるのか?」
「さっきはついムキになったが、正直に言うとない。私は武人として生きる方がカッコいいと思っている、そうだろ、違うか?」
「ははは、まあ、カッコいいけどさ、最初からそう言えばいいのに」
「それはエルフとしての矜持という奴だ、私は武人ではあるがエルフでもある。だから見ろ、この仕込み魔法杖を! エルフたる矜持と武人の魂、その二つを融合し象徴しているのだ!」
なんかすっかり開き直って、自分をいい風に自慢し始めたな、こいつ。
「俺には笑わせに来てるとしか思えないけどな」
「そんな事言うなぁ―――っ!」
再びその顔を羞恥で赤く染めるミルだった。
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