第6話 爆誕 陰キャパーティ
さてこの女の子、名前はヒヨリ・エルシュタインと言うらしい。
なんかうやむやに離脱を試みた俺だったが、結局強制的に拉致られてこいつの話しを聞く羽目になった。
ヒヨリは南方のラグジュと言う都市の元領主エルシュタイン家の娘で貴族出身。見た目通りに上品なご令嬢様だった訳だ。ただし、父親が政争に負けて敢え無く没落、現在は一念発起して商人に変わり多目的スパを開業している。
都市ラグジュはこの国メルディアム王国でも屈指のリゾート都市であり、土地柄なのか回復系魔法使いを多数輩出し、ヒールやキュア、その他リラクゼーションに特化したスキル持ちが多く、都市全体が癒しのリゾートスパとして賑わっているらしい。
領主の娘として甘やかされて育ったヒヨリは、人生の再出発に賭けて懸命に働く父親や家族を無視して一切働く気がなく、遂には属性反転してしまい、喧嘩して飛び出して来た。
領主の娘時代は働きたくないと言っても、周囲から敬われていたのでコミュ力としてマイナスには作用していなかったらしいのだが、没落後はごく潰しの我儘娘に成り下がった。
「この私が、水汲みとか料理とか洗濯とかする訳ないじゃないですか、おかしいですよね」
そんな事を力説されても、ただ無言で死んだ魚の目になるしかない俺だった。
そんなヒヨリは父親と大喧嘩の末、大切な店の売上金をパクって王都に上京、人さらいにも捕まらず、有望な冒険者に養ってもらう為にダンジョン入り口に潜伏し、人の良さそうな陽キャパーティに参加をアピールしまくり、どうにかたかろうとしていたらしい。
この子、最悪じゃない?
「冒険者ギルドで勧誘していたら何故か皆さんに断られたので、こうして現場で声をかけているのです」
属性反転者の黒服女が「養って下さい」と迫っても、そりゃあみんな断るわな。
「へぇ、そうなんだ……」
俺は極力刺激しない様に、ツッコミを封印した。
こいつは駄目だ。関わっちゃいけない。
ヒヨリは元貴族令嬢とは言え世間知らずという訳でもなく、家からパクったお金でしっかり王都まで来て、身なりも全く疲れた様子がなく、その上図々しく冒険者にたかろうとしている。あざとい計画的犯罪者としか思えない。
モラルがなく、腹黒でグータラ、陰キャというよりは純粋にシステム不適合者だよな、早くお別れしよう。
俺はごく自然に立ち上がるとお尻の土を祓い、爽やかに言った。
「苦労したんだね、でも俺じゃあ力になれそうにないから、これから頑張ってね」
言葉と同時に速攻で駈け出そうとしたら、三度目のダイブをされ足首を掴まれると、俺は虚しく転んだ。だから、地味に痛いって!
「逃がしませんから! お願いですよぉ、私を養って下さい! 仲間じゃないですか!」
物凄い力で押さえつけられ、必死の表情で懇願して来る。
俺も全力で抵抗し、どうにか逃げようと必死だ。
「その腕力と根性で働けばいいだろう! 努力のベクトルが間違っているぞ!」
「エッチな事をしたくせに! 私はそれを水に流して、ここまで頼みこんでるんですよ! それを断るなんて人として恥ずかしくないんですか!」
「ここで無言スルーが出来るから、俺は陰キャなんだよ!」
「別に私に話す分には全然陰キャじゃないじゃないですか! 卑怯ですよ、陰キャのフリして逃げようなんて!」
あれ? そう言えばこいつとは普通に話せている、なんで?
こんな綺麗な女の子に、ズバズバ思った事をぶつけた事なんて今まで一度もない。
「どうゆう事だ? 俺が普通に喋れている……」
思わず当惑していると、ヒヨリは勝ち誇った顔でこう告げた。
「ふふん、陽性ヒエラルキーから外れたせいですよ」
なんぞ、それ?
戸惑う俺にヒヨリが説明してくれたのは、この世界の人々は陽の属性に所属し、その強度によりヒエラルキーが自然と発生する。
その属性ヒエラルキーでは、陽性が強い人間は弱い人間に対し無言の圧力を与え、弱者は思わず委縮してしまう。
陽性の強さは自然と他者と上下関係を築き、自分の存在をごり押しさせてしまう恐ろしい力だと言う。
まあ、リア充ってそうだよね。
だが、属性反転者はそういう陽性ヒエラルキーを外れ、精神的にも自由になり、陰性同士は何も圧の感じないナチュラルな関係になれるらしい。
ただし、ヒエラルキーを外れた陰性とは言え、対陽性になると以前程ではないが個人差の範囲で委縮はあるとの事だ。
「と言う訳で、楽しい会話も出来て平等な立場で仲間となれるトウノさんと、私はパーティを組もうと考えているわけです!」
確かに俺がこれだけの長文で他人と話せるなんて、前世では考えられない。
俺は陰キャでコミュ障だ。その根幹にあったのは、確かに他人から受ける圧だった。
それはまさしくこの世界で言う属性ヒエラルキーそのものだ。
陽キャは「自分達の価値観」を振りかざし、その共感度が「圧」となり上下関係を作り出す。さらに奴らの作る「価値観」を理解出来ない人間は、存在を否定どころか消されてしまうのだ。
俺なんか常に完全無視されていた。
同じ見えない存在でも、Wi-Fiだったらスマホでちゃんと認識される。俺なんか人として誰とも接続出来なかったぞ、エブリデイ圏外だ。
そんな陽キャは、スマホ片手に「ねぇ、この猫動画、すっごく可愛くない?」とかピュアなふりをしてその「価値観」を押し付ける。
そして「別に」とか言う人間がいようものなら、集団で陰口を言いまくって全否定して仲間にも「圧」をかけ同意を強要する。
お前らどんな精神構造だよ、サイコパスかよ、と俺は思っていた。
だから俺は奴らの作るヒエラルキーカーストの最下層で、陽キャの圧を避け地味に生きて来た。
だが、そんな圧を感じないヒヨリに対し不思議な感覚に襲われる。
悔しいがなんとなく凄く新鮮で嬉しい気分だ。
「あー、その、確かにお前の言う事にも一理はあると思う」
「でしょう! 決まりですね、私達はこれから仲間ですね」
「とは言え、お前は俺にたかろうとしている。俺にお前を養う義理や義務は微塵もない!」
「もう! こんな可愛い子と、いつも一緒に居れるんだからいいじゃないですか!」
「いいか、俺はルックスより性格重視だ。お前の可愛さなど一週間も一緒に居れば飽きる」
「ぐはっ! た、確かに私は性格に自信がありません!」
そこは自覚があるんかい!
と言いつつも、俺は救済案を出してやるのを初めから決めていた。
「だけど、俺はこんなに気安く話せる奴って、実は人生で初めてなんだ。だから提案なんだけど、試用期間を設けようと思う」
「えっ? 試用期間?」
「養うなんてそんなおこがましい事は出来ないけど、ヒヨリだって何かは出来るだろう? 二人で協力して共生出来るなら、別にパーティを組んでもいいと思う。だから暫くの間、お試しで一緒に活動してみるのもありかなと思うんだ」
そんな俺の提案にヒヨリはニンマリ笑った。
「嬉しいです!」
あれ? 美少女のにこやかな言葉と裏腹に、ちょっとなんだかぞわっとした。
何故だろう、既になんか後悔しそうなフラグを立てちゃいました? あれ?
と言う訳で、俺はヒヨリと暫くの間パーティを組む事になった。
そこでヒヨリが自慢げな顔で告白して来た。
「ふふふ、私はこう見えて魔法が使えます。トウノさんの言う協力関係も築けるはずです。まあ、どうしてもと言うなら、少しは助けて上げてもいいですよ」
「いや、なんで上から? お前マウント取る派か? まあ、ところで魔法って何が出来るんだ?」
「バフは使えませんが、デバフが出来るんです!」
おっと案外出来る子だったのか、魔法を使用できるのは有用だ。
「私が属性反転する前の幼い頃、何故か周囲の人間が無気力で怠惰になってしまっていたんです。お父様が有名な魔導師に調べさせた結果、原因は私で、ナチュラルにデバフを使用していたみたいなんです。私のステータスの魔力量は人より多くて、無自覚に習ってもいない魔法を常時使えていた訳です。凄いでしょ、天才ですよね、褒めてくれていいですよ」
「確かにそれはすごいな、戦闘で使えそうだし、魔力量が多いってのも驚きだ」
俺が素直に褒めるとヒヨリは少し顔を赤らめ、もじもじしながら早口で付け加えた。
「ただし、ただしですね、敵じゃなくて味方にしか使えないという謎の制約があるんですけどね、あはは」
「……、おい、ちょっとまて!」
俺が無表情でヒヨリの肩を掴むと、全力で目を逸らされた。
「つまり、何か、お前は味方をグータラにさせる事しか出来ないという事か?」
「まあ、そういう感じですかね」
「全く使いどころがないじゃないか」
「そんな事はありませんよ、戦っている時に見てて『あっ、トウノさん、ちょっと働きすぎだな』って思ったら、私が気分でデバフをかけて休ませてあげる事が出来るんです!」
「なんで戦闘中にグータラしないといけないんだよぉ、しかもお前の気分任せって怖いわ、死んじゃうだろ! もう足手まといを越えて、迷惑系魔法使い認定だ!」
「もう、そんなジャンルは魔法使いにありません! なんでそんな酷い言い方をするんですか、私達は仲間ですよ!」
「その仲間に殺されそうになるから言ってんの」
ヒヨリはやっぱり駄目な子だった。
俺は話せる相手にうっかり嬉しくなり、異世界に来て初手でとんでもないお荷物を抱えてしまったみたいだ。
時間は戻せない、そんな事実を突きつけられ、判断が間違っていた事に強く目をつぶり、今はただ忘れようと努力した。切り替えて行こう。
まあ、俺も何も出来ないん弱キャラだけどさ。
これって駄目+駄目=暗礁じゃない? そんな計算式がそっと脳裏に浮かんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます