第31話 ロックとダンス

 ステージで歌う千代子を待っていたのは、子どもたちの歓声と大人たちの冷ややかな視線。

 前者にとっては駄菓子屋のチョコ姉でも、後者にとっては何者でもないのだ。

 かつてメジャーデビュー寸前までいったロックバンドのギターボーカルと言われてもピンとこないだろう。


 それでも千代子は動じない。

 これまで全国各地のライブハウスで演奏してきたのだ。

 自分のことを知らない興味ない人たちの前で演奏するのは当たり前。

 そんな観客の心をわしづかみにして揺さぶるのは、たまらなく気持ちいいと知っている。


「さあて、もう一曲やりますか! 今度はもっと派手で盛り上がるやつを!」


 再び千代子がギターの弦をかき鳴らそうとした時、子どもたちの明るい声があがった。


「あー! モミジロウくんだー!」


 握っていたピックを落としそうになった。


「は? モミジロウくん?」


 理香は、到着まで一時間以上かかると言っていた。

 あの言葉が本当だとすればまだ代役は来ていないはず。

 しかし千代子が目線を向けた先には、もみじの葉っぱ形の頭に朱色に染まった体の着ぐるみが立っている。まさしくそれはモミジロウくんだった。


『まっかな体は夕焼けいっぱい浴びたから! 

 まっかな心はみんなに応援されたから!

 雨風だってへっちゃらさ! 

 今日も明日も元気モミモミ! モミジロウ!』


 ステージのスピーカーから流れる玲の声に合わせてモミジロウくんもポーズをとる。

 子どもたちと親の拍手と歓声が鳴り響く。

 声優・天ヶ沢玲を見るために来た大人たちは不満そうにしている。

 ただ一人、ギターを抱えたままの千代子だけが混乱している。


 まさか代役がもう来たのか? 

 いや、いくらなんでも早すぎる。


『みんな~。ボクが得意なものって知ってる?

 ボクが得意なのはね、風に乗って踊ることなんだ!

 今日は、みんなにボクのダンスを見てほしいな!』


 未だ混乱状態の千代子をよそにモミジロウくんは勝手に話を進めていく。正確には、テント内で朗読している玲がやっていることだが。

 モミジロウくんが踊るというのなら自分はどうすればいいのかと千代子は悩む。

 一志の脚本には目を通している。たしかモミジロウくんとモミコちゃんは社交ダンスを踊る予定だった。

 だが自分はロックしか演奏できない。とても社交ダンスに合うお上品な曲は無理だ。

 仕方ないと諦めてギターとアンプを抱えてステージを降りようとする。


「チョコ」


 突然モミジロウくんに呼ばれて驚いた。しかもあだ名で。


「なにやってるんですか」


「いや、代役が来たんならもういいだろ」


「勝手に帰らないでください。これからが本番ですよ」


「その声……もしかして……」


 千代子をあだ名で呼び、どんな時でも丁寧な口調を崩さない人を一人しか知らない。


「最高に気持ちいい音楽を頼みますよ。チョコ」


「おう! リカちゃんも頼んだぞ!」


 千代子は笑いながらギターの弦にピックを当てる。そして始まりの合図を待つ。


『それじゃあみんなー! いっくよー! せーの!』


 会場にいるすべての人たちの心に電流が走る。


 子どもたちは足から崩れ落ち、大人たちもなんとか立っているのがやっとだった。だが決して不快感はなく、音の波が全身をかけめぐって快楽のうずを引き起こしているかのよう。


 それでも千代子のギターは止まらない。

 アンプで増幅(ぞうふく)させた音を会場全体に響き渡らせる。

 演奏している本人はもちろん、聴いている観客も最高に気持ちよくなる音楽。

 それこそが千代子の理想とする音楽だった。

 バンド時代にも実現できなかったものが今ここで現実となった。


 モミジロウくんも負けていない。

 なんといっても今日の主役は彼なのだから。

 リズムに合わせて両手を叩いている。

 そして両腕を上下左右に伸ばしたり広げたりしながら軽快なステップを踏む。

 大きな頭と寸胴ずんどうな体をしているのに、ステージ上で自由に飛び跳ねる。

 

『まだまだこんなもんじゃないよ! 

 いっくよー! せーの!』


 もみじの葉を模した頭をステージに付けて両手で体を支え、それからくるりと一回転して見せる。

 ブレイクダンスのヘッドスピンだ。

 観客たちの目を大きく開かせ口を半開きにさせた。

 これには冷めた目を向けていた大人たちの度肝どぎもを抜くことに成功する。


「玲は昔からこの町のアイドルだ。無理にステージに出したらみんなの信頼をなくすさ」

 千代子はギターを演奏しながら言う。


「イベントの成功よりも秋葉市民の幸福を守ることが大事。それが市役所職員の勤めです」

 本山理香も踊りながら言う。


 二人はそれぞれの想いを胸に、それぞれができる最高の仕事を行った。

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