第23話 【モミジロウくんのかくれんぼ】

 次の瞬間、一志の手からマイクが抜き取られた。

 代わりにサングラスと帽子が収まっていた。


『まっかな体は夕焼けいっぱい浴びたから! 

 まっかな心はみんなに応援されたから!

 雨風だってへっちゃらさ! 

 今日も明日も元気モミモミ! モミジロウ!』


 素のままの自分が嫌なら演技させればいい。

 これもバカらしい提案だとわかっている。


 それでも一志は信じていた。


 天ヶ沢玲は声優であり、役者でもある。

 舞台に上がったのなら最後までやり通してくれると。

 

『ボク、モミジロウ! 秋葉山に住んでるもみじの妖精だよ!

 今日はみんなに会いたくて図書館まで風に乗って飛んで来たんだ。

 ごめんね! ちょっと疲れちゃって元気がなくなっちゃった。

 だけどもう大丈夫! みんなの応援のおかげで元気になったよ! ありがとう!

 みんなー! もう目を開けていいよ! あおぞら朗族劇をいーっぱい楽しんで!』


 台本にはないアドリブでこの場を切り抜け、明るい声と優しい口調で言葉を紡いでいく。 子どもたちの顔には笑みが見え始め、大人たちも険しかった表情を柔らかくしていく。


 これまでの失敗がすべてなかったことにはならない。

 それでも、これからのすべてが楽しいものだと感じてくれるような芝居を見せていく。


『みんなは、ボクが好きなものって知ってるかな~。

 ボクが好きなものはね、水と夕日でしょ。それから恋人のモミコちゃん!

 モミコちゃんはもみじの妖精でね、将来は結婚しようと思ってるんだ~。

 まっかな体に、まっくろな目、ぱっちりまつ毛がかわいい女の子なんだよ!』


 楽しそうに芝居を続ける玲の隣では、一志がなんとか笑顔を作って耐える。

 この冒頭の場面は書いている時に一番苦労したといってもいい。

 なぜ赤の他人、いや赤の妖精のノロケ話を書かなければいけないのかと。

 

『この前ね、ボクとモミコちゃんは秋葉山でかくれんぼしたんだ!

 モミコちゃんが隠れる役で、ボクが探す役。

 まずは数を数えるんだよね?

 いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお、

 ろーく、しーち、はーち、きゅーう、じゅう!

 モミコちゃ~ん! もういいか~い! 

 あ、聞こえた! まーだだよって! 

 みんなも聞こえたよね?』 


 姿を見せられない、セリフも出せないなら、それが許される物語を用意すればいい。

 秋葉山で一志が玲を探していた時に降ってきたアイデア。

 それが『かくれんぼ』。

 これなら姿を隠したままでいいし、セリフも出さなくていい。なにより子どもにもわかりやすい。


『いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお、

 ろーく、しーち、はーち、きゅーう、じゅう!

 モミコちゃ~ん! もういいか~い! 

 あ、聞こえた! もういいよ~って! 

 ようし、探しに行くぞ!』


 ここからが本番。

 あおぞら朗読劇だからこそできる脚本を書いたつもりだ。

 子どもたちの想像力と積極性に頼ることになる。

 けれど、大丈夫だろうか。

 そんな不安が汗となって手ににじむ。

 手を離そうとしたら逆に強く握り返された。

 不安なんて一瞬にして潰されてしまう。

 素敵なパートナーは、もう大丈夫そうだ。


『さあて、最初はどこから探そうかな。

 みんな~、ボクといっしょに秋葉山でモミコちゃんを探してくれる?

 秋葉山ってとってもとっても広いでしょ? 

 だからみんなに協力してほしいんだ』


 突然問いかけられて困惑気味の子どもたち。

 保護者の背後に隠れる子もいる。

 無理もない。

 授業で教師に指名されたような緊張感を味わっているのだろう。

 幼児はキョトンとした顔をして、小学生はうつむいてしまっている。


『元気モミモミ! モミジロウ! 

 元気モミモミ! モミジロウ!

 大丈夫! 

 秋葉山でモミコちゃんとかくれんぼしてると思ってみて!

 モミコちゃんならどこに隠れるかな。

 みんなはどこを探そうとするかな。

 かくれんぼは、隠れた子を最後まで見つけあげる遊びなんでしょ?

 だから、ボクといっしょにモミコちゃんを見つけてほしいんだ!』


 0ちゃんねるのようなスピーカー越しに一方的に聞かせる朗読劇ではなく、青空の下で観客もいっしょに参加できる体験型の朗読劇。姿も声も出すことができないモミコちゃんの印象を少しでも残すための策でもある。


 しかしこの方法では、子どもたちの集中力を欠くことになるかもしれない。物語への没入感ぼつにゅうかんぐことになるかもしれない。それでは逆に悪い印象を残す恐れもある。


 だから、あと少し待ってダメだったら本山から提案してもらうつもりだ。


「シカさん……」


 女の子のか細い声がした。


「シカさんのところ」


 今度は男の子の声。


 声の主を探すと髪の長い少女と帽子を被った少年を見つける。駄菓子屋で見かけて、0番街へ朗読劇を聞きに来てくれていた子たちだ。

 ここにも来てくれてきたことに縁を感じるし、勇気を出して発言してくれたことに感謝の念を覚える。


『二人ともありがとう! 

 ようし、最初は鹿さんのいるところを探してみよう!

 あ、鹿さんたちが見えてきたよ! 

 茶色い毛に白くて丸い模様が入ってるね!

 かわいいなあ。

 銀色の柵があるけど、お話を聞きたいからちょっと入ってみよう。

 鹿さーん! 

 モミコちゃんを探してるんですけど、知りませんかー?

 わ! わわっ! ちょっと! 

 食べないでー! ボクはエサじゃないよー!』


 玲はかわいらしい声に身振り手振りを交えてコミカルな芝居を見せる。

 さすが子役として劇団で活躍していただけのことはある。

 子どもたちも笑いをこらえきれないといった風に口元をにやつかせている。


『こわかったー。柵の中には入っちゃダメだね。みんなも気をつけてね?

 次はどこを探そうか。ここから近いのは……アスレチック広場かな?

 わあい! ボク、アスレチック広場大好きー! 

 みんなも行こうよ!

 すべり台でしょ。ブランコでしょ。

 ジャングルジムに、ターザンロープ!

 これ、すっごいんだよ。ボク、ピューッて飛んでみせるからみんな見ててね!

 いち、にいの、さーん! ピューッ! ほら飛んだー! 

 すごいでしょ!』


「ダメー! モミコちゃん探してー!」


 母親の背中に隠れていた女の子が叫んだ。

 あまりに絶妙なタイミングなので一志も観客の子どもたちも笑い声をあげる。

 その声に驚いた女の子は、また隠れてしまった。


 モミジロウくんがモミコちゃんを忘れてアスレチックに夢中になる展開は台本に書いていた。しばらくしたら本山に呼びかけてもらう予定だったが、正義感の強い女の子に感謝である。


『わわっ! そうだった! ボク、かくれんぼしてたんだ!

 次はどこに行こうか。モミコちゃんが行きそうなところってどこだろう。

 みんなー! どこに行ったらいいか教えてくれるー?』


 最後に探す場所は、観客に決めてもらおうと脚本を書く前に決めていた。

 ここからは台本がない。

 すべてアドリブになる。

だが、玲ならきっとできるだろう。


「モミジロウくん! がんばれー!」


 気がつけば一志は再び応援していた。

 もう大丈夫とわかっているはずなのに。

 それでも言わずにはいられなかった。

 恥ずかしくても叫ばずにはいられなかった。

 自分の気持ちを、彼女への想いを、今言葉にしなかったら後悔すると思ったから。


「モミジロウくん! 最後までがんばりましょう!」

 台本になかった応援に本山も対応してくれる。感情をしっかり込めた大きな声で。

 それに呼応するように子どもたちからも声援が届く。


『ありがとう……心配かけてごめんね……もう、大丈夫だよ……』


 モミジロウくんは涙まじりの声になったけれど、それに気づいたのは一人しかいなかった。


 声援の波が引いて穏やかになった頃、大人の男の声が届けられる。


「野外音楽堂」


 一志も玲も驚いた。

 野外音楽堂は秋葉山の中の施設としては地味だから知らない人も多い。もっと知名度のある噴水広場や展望台、湖などを挙げてくると思っていた。

 予想外だが、二人にとっては好都合でもあった。

 それは、この物語において最も理想的な展開だから。

 

『ありがとう! 野外音楽堂だね! ようし、行ってみよう!

 モミコちゃんを探してよいしょよいしょ! 

 モミコちゃんを探してうんしょうんしょ!

 あ、風が吹いてきた! 

 ボク、風に乗って踊るのが好きなんだ! 

 これに乗って行こう!

 ピューッ! ピュピューッ! 

 見えてきた見えてきた! 野外音楽堂だー!』


 いつの間にか、子どもたちも大人たちもまぶたを閉じていた。

 こちらからはなにもお願いしていないのに。

 だが一志も、本山も、目をつむる。

 柔らかな風やあたたかな日差しを肌で感じながら明るく澄んだ声に耳を傾ける。


『あ、野外音楽堂のステージで誰か踊ってるよ。

 わあ、すごいなあ。きれいだなあ。

 ひらひら! くるくる! 

 ボクもいっしょに踊りたくなってきちゃった!

 みんなー! ボクといっしょにかくれんぼしてくれてありがとう! 

 だけど、最後にこれを言わないと終わらないよね。

 せーの!

 モミコちゃん! みいつけた!』


 あおぞら朗読劇はいろいろあったものの、無事に終わりを迎えることができた。

 子どもたちの顔には笑みがあふれ、大人たちは大きな拍手を送ってくれる。

 一志と玲は並んで観客たちに深々と頭を下げる。


『本日はありがとうございました!

 【モミジロウくんのかくれんぼ】は、0ちゃんねるでも放送予定です。

 気になった方は秋葉市の地元商店街、0番街で会いましょう!』


 ちゃっかり宣伝することも忘れない玲を見て、一志はホッと息をつく。

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