第171話 高校野球の抽選会は大体6月くらいから行われる

 教室の窓からは天の恵みがわんさかと降り注いでいた。


 これが全部金なら良いのになぁ。なんてあり得ない妄想をしながら憂鬱な気分を紛らわす。


 騒がしい昼休みの教室。すっかりと3年生にも慣れた6月の教室内は、一昨年、去年と同様にこの時期くらいから一層に騒がしくなる。


 それというのも、球技大会が終わって若干の絆が芽生えたと思ったら次は体育祭だ。更に絆が深まることだろうと皆、浮き足立っていることだろう。


 しかしだ。


 そんなイベントを詰め込んだせいで犠牲になっている人もいるのが事実。


 チラリと有希の席を見ると、昼休みから彼女の姿はなかった。


 球技大会と体育祭が同じ時期なもんで、生徒会は大忙しらしい。


「なんで球技大会と体育祭を同じ時期にやるのだか……」

「なんだ、晃。運動神経抜群のお前が運動系のイベントの文句だなんて珍しい」


 クラスの仲が深まっても、やっぱり隣には正吾がいてくれる。


 彼は眉をへの字にして、心底疑問だと言わんばかりの表情をしてみせる。


「そりゃ彼女とイチャコラできねぇからな」

「仕方ない。俺が一肌脱いでやるか」

「まじで脱ぐなよ」


 こいつがワイシャツをマジに脱ぐもんだから遠くの方で、「ゆっこー!?」と叫び声が聞こえてきた。


 見てみると、教室で鼻血を出して倒れているゆっこがいた。


 あの子、まだ俺と正吾のBLを諦めてなかったのな。


「お前のせいで無駄な血が流れただろうが」

「マジごめん」

「俺じゃなく、ゆっこに謝れよ」


 そんな無駄でしかない、いつもの日常的な会話を繰り広げて昼休みを潰していると、昼休みには珍しく担任の猫芝先生が教室に入って来た。


 視線はこちらを向いて、ガッツリ目が合うとこちらに向かってくる。


「守神くん。昼休みにごめんなさい。ちょっと良い?」

「いや、それよりも先生。あんたのクラスの女の子が教室の中心で鼻血を出して倒れているの放置で良いんですか?」

「ゆっこちゃんはあれがデフォルトだから良いのよ」

「ゆっこ血液足りてるのかよ」


 こちらの心配をよそに猫芝先生はケロッとした様子で教室に来た理由を語り出す。


「今日坂村くん休みでしょ」

「そうっすね。風邪かなんかで休みでしたね」

「今日夏の高校野球の抽選会なのよ」


 先生の言葉に俺と正吾は顔を見合わせた。


「坂村が休みってことは」

「誰かが代わりに行かなきゃならんってことか」

「そゆこと。で、守神くんか近衛くん。どっちか代わりに来てくれない?」


 俺はぶんぶんと手を振った。


「いやいや、俺と正吾は正式な部員になったって言っても、ほぼ助っ人みたいなもんですから。そんな俺らが大事な抽選会なんて、なぁ?」


 同意を求めるように正吾へ話しを振ると、流石のバカも身の程をわきまえているのか、ぶんぶんと首を縦に振った。


「流石の俺でも、そんな大事なことに、はいそうですか、とは返事できないぜ」


 俺達の拒否に先生は、パンっと手を合わせて懇願してくる。


「そこをなんとかお願い。他の子達も、『守神か近衛ならどんな結果でも許せる』って言ってたし」

「あいつら俺らに責任押し付けやがって」

「どうしようもねぇやつらだ」


 俺達がまだ渋っていることを察した猫芝先生は、今し方教室に戻って来た白川を見つけると、援軍が来たかのような安心と喜びの表情で彼女を呼んだ。


「白川しゅあああん!」

「女っ気なしのおっさんかよ」

「アラサー女子はほぼおっさんよ」

「んなことねぇわ! 全国のアラサー女子に謝れ」


 こちらの言葉を右から左へ受け流すような華麗なスルーを披露すると、白川を大きく手招きしてこちらへと呼び出した。


 先生を無視できない白川は素直にこちらへと足を運んでくる。


「ね! 白川さん!」

「あの、先生。わけわかんないです」

「主語なしで話進めるのはマジおっさん」

「だからアラサー女子はほぼおっさんだとあれほど……」

「違うって! 可愛いは作れるでお馴染みの先生だろ! もっと自信持ってこ!」

「うう……。若者の慰めは複雑な気持ち……」


 悲しくもなかろうに泣き真似をしてみせる可愛いは作れる系のアラサー女子へ正吾が一言。


「先生。まともに喋ってくれよ」

「近衛くんに言われるとか人生オワタ。鬱だ死のう」

「酷くない!? 俺の扱い酷くない!?」

「いつも酷い扱いを受けてるのは先生の方なのよ!? あなた達高校生はそこら辺で青春しやがって! 先生を尊死させる気なの!? 特に、そこのバカップルの片割れ!」


 ビシッと、犯人はあなたです的なノリで俺を指差して来やがる。


「俺?」

「そうよ、俺よ! いつもいつもいつも大平さんとイチャイチャしやがって! 私の授業の時にコソコソLOINしてるの知ってるから! あんたら同じタイミングで顔にやけてるから!」

「スマホ没収しろよ!」

「優しさよ!」

「あざす!」

「……あのー、せんせ?」


 痺れを切らした白川が呆れた様子で先生を見る。


「わたしに用ですか?」

「あ、ああ、ごめんなさいね白川さん」


 我に返った猫芝先生は、コホンと1つ咳払いをなさると本題へと移る。


「今日坂村くん休みでしょ。でも、今日は夏の大会の抽選会だから」

「あ! そっか!」


 ポンっと思い出したかのように手を合わせる白川へ正吾が尋ねる。


「抽選会ってマネージャーも行くのか?」

「うん。顧問と選手とマネージャーでね。選手は基本的にキャプテンがいくことになってるから、本来なら猫芝先生と坂村くんとわたしで行くことになってたんだけど……」

「なぁるほどなぁ」


 何を理解したのか正吾が、トントンと俺の背中を叩いてくる。


「それじゃ、晃、任せた」

「え!?」


 こちらの、は? おまっ、喧嘩売ってんのか? という言葉よりも早く、白川のリアクションが勝った。


 そんなリアクションを無視するかのように正吾が先生へと伝える。


「先生。晃はこう見えて抽選会は好成績なんです」

「くそ正吾。韻を踏むことばかり考えて発言すんな」

「でも、まじだろ?」

「何回か大会のくじ引きで良いところ引いたことあるけどな」


 その後、胸を張って鼻高々に威張ってしまう。


「ま! くじなんて関係ないけど! 俺が打たれなきゃ良いだけだし」

「だよなー! じゃ抽選任した」

「あ! くそ正吾! はかったな!?」

「うっほほーい!」


 ゴリラにはかられてしまい死にたくなる。


「守神くん、お願いね」

「俺が行く流れなんだ」

「じゃ詳しい話は白川さんから聞いてね。私、準備してくるから」


 先生は言い残して教室を出て行った。


「ウッホ。抽選頑張れよ、白川。おっと間違えた、晃」


 なんか含みのあるセリフを言い残して、正吾も去って行く。


「……」


 取り残された白川はなにか納得のいかない顔であったが、切り替えるように深く息を吐いた。


「それじゃ時間なんだけど」


 スマホを見ながら説明してくれる。たぶん、スマホにメモでもしているのだろう。

 ただ、彼女が俺と顔を合わせてくれることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る