第105話 お家でなら良いですよ
楽しかったウィンタースポーツ体験を終え、夕飯を食べ終えたら入浴の時間。
なのだが、俺と有希は修学旅行の引率責任者を務めている教員の部屋を訪ねた。
要件は、3日目、明日の観光のことについてだ。
俺達は、3日目に観光する予定だった場所を1日目にしてしまった。なので、別の場所を観光させて欲しいと先生に掛け合っている。
先生は難しい顔をしており、雰囲気的には答えはNOだったが、有希が言葉巧みに先生を説得してくれた。
学校のせいで私達の最後の修学旅行が台無しになる。みたいなニュアンスの言葉をオブラートに包んで発した瞬間に、悩んでいた先生の顔色が一気に変わった。
「──わかりました。元々こちら側の責任でもあります。ですが、あまり公にしないようにしてくださいね」
「はい」
有希は勝ち誇った顔をして俺へと小さくVサインを送ってくれる。
♢
「先生のお気持ちも十分に汲み取れるのですがね」
引率責任者の部屋を出て、廊下を歩いていると有希が、ポツリとこぼした。
「まぁなぁ。平等性に欠けるって思ったんだよなぁ」
俺達だけ3日目に違うところを観光したとなると、他の生徒から苦情がくるかもしれないもんな。
「しかしそれは、学校側の責任でそうなった。と申せばすぐに答えが出ましたね」
「あ、やっぱり、あのオブラートの言葉はそういう意味だよな」
「当然です。話のわかる先生で良かったですよ。通じなければ放送禁止用語を遠回しに言うところでしたからね」
怪しく笑う有希の姿を見て、絶対に敵に回してはならない。恋人で良かったと改めて思う。
「なにはともあれ、3日目は晃くんとの2人っきりの時間を頂けましたね」
「そうだな。明日筋肉痛になりそうな予感がするけど……」
スノーボードは全身運動だ。運動不足のため、明日に筋肉痛が襲ってきそうでめちゃくちゃ怖い。体が痛くて有希がせっかく交渉してくれた最終日の観光を楽しめないなんて嫌だから風呂でしっかりマッサージしないとな。
「あ……」
そこで、ふと声が漏れると有希が小首を傾げる。
「風呂の時間過ぎてんじゃない?」
見ると時間は21時になっていた。しおり通りなら就寝時間となってしまっている。結構長い間交渉してたもんな。
「大丈夫ですよ。先生方には晃くんと私の入浴時間をズラしてもらいました」
「いつの間に?」
「さっきの交渉の前に、教頭先生が出してくれた航空券や、猫芝先生が出してくれたタクシー代、昼食代やらの領収書をまとめて提出したりした時ですね。経費で落ちると思うので一応取っておいたのを提出しておきました」
「すげー……」
そういうのをサラッとできるとか、本当有能過ぎて頭が上がらん。
「あれ……? ってことは、猫芝先生が酒飲んだのバレるのでは?」
「ご心配なく。ビールは別で領収証を発行してもらっていたので」
「まじ有能」
「猫芝先生にはお世話になっていますからね。あれくらいの羽目は外してもらうくらいして丁度良い程度ですよ」
なんなのこの子。超好き。
「ですので、お風呂は貸切ですよ」
このホテルの宿泊客はウチの学校の人間だけ。教員も含めて入浴は21時までとなっているが、ホテル自体の入浴時間は24時までと部屋の案内に書いていた。有希と俺は特別に許可をもらっている。
よって貸切風呂。
「ふふ。お背中お流ししましょうか?」
「なっ……!?」
瞬時に、脳内に裸の有希が現れて、俺の股間を刺激する。思春期の妄想はたくましく、目の前の有希の体が容易に想像できてしまった。
完璧な身体ほど、妄想しやすいものはない。
「晃くん、えっちな想像してるでしょ」
からかうような表情で言われてしまう。
「してます!」
「……あ、いえ。してるんですか。正直ですね」
ちょっと思ってた答えと違うと感じている有希へ、「はい!」と運動部バリバリの歯切りの良い返事をした。
「なのでお背中お流しください!!」
「や、その……ええっと……」
俺が、ドギマギしているのをからかう予定だったのが覆されて、やたら髪の毛をいじっている。
「やっぱり背中よりお腹を洗いっこしたいです!!」
欲望をそのまま伝えると、顔を真っ赤にした。
「だ、だだ、ダメでっ! ダメでちゅよ! 貸切と言っても男女べちゅなんすから!」
「あ、噛んだ」
「うう……。晃くんが照れると思って……。というかお腹の洗いっこは……恥ずかしいですよ……」
顔を熟成されたトマトのように真っ赤に染めているのは、相当に恥ずかしいと思っているのだろう。
「そうだよな。ごめん。調子乗っちゃった……」
流石に今のは悪ノリが過ぎたな。
「や、むぅ……。えっと……。洗いっこ、したいのです?」
こちらの真剣な謝罪に何処か気に食わない様子で聞いてくる。
これは素直に答えた方が良いのか?
「そりゃ……。好きな人とだし、やりたいけど」
「だ、だだ、だったら、お家で、お家でやりましょ?」
「お、うち、で?」
コクコクと頷くと、有希は恥ずかしくなったのか、小走りでエレベーターに乗った。
「あ、ああ、明日、お家へ、帰ったらやってあげますから。それまで我慢して、ください」
そう言い残して、エレベーターの閉ボタンを連打し、俺を置いたまま自分の部屋の階層へと上がって行った。
「早く修学旅行終われ」
そう願ったまま、ホテルの大浴場へ向かった。
♢
露天風呂の星空を眺めていると、流れ星なんかよりずっと綺麗な人物が生まれたままの姿で俺の前に現れた。
「晃くん!? なんで!?」
それはこっちのセリフなんだけど、有希。
なんで男風呂に乱入してきたよ。どんなご褒美だ。
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