第98話 ツーショットは腑抜けた顔になる
ラーメン屋を出てから、店構えを見て、数分前のことを思い返す。
味噌ラーメン……。めちゃくちゃ美味しかったな。
今まで食べた味噌ラーメンの中でもトップクラスで美味しかった。地元にできないかな……。
そう思わせるほど満足の味噌ラーメンを食した。
「私は今まで、なぜラーメンを避けて生きていたのでしょうか……。ああ、神よ、この愚かなる私めをお許しくださいませ……」
有希はなんだか懺悔をするみたいに天に祈りを捧げている。修学旅行だからはしゃいでいるのだろう。
「2人共。今から観光」
猫芝言いながら、パンっと手を叩いて頭を下げてくる。
「って言いたいんだけど、時間がないから観光も全然時間ないんだ。ごめんなさい」
さっき、結構ビールを飲んでいたのだが、シラフと変わらない様子だな。酒癖の悪い人じゃなくて良かった。
先生の言葉に有希がスマホで時間を確認すると、「あ、本当ですね」と声を上げてから質問を投げる。
「観光する場所って決まっているのですか?」
「ううん。2人の行きたいところどこでもって感じだけど、あんまり遠くには行けないんだ。本当にごめんね」
先生が先程から謝ってばかりなので、「いえいえ」と俺と有希は気にしていないことを言葉で伝える。
「あ、でしたら」
有希が小さく、パンと手を合わせると行きたいところを提示する。
「ここらの地域の観光で行きたいと言えば──」
♢
「やっぱりここですよね」
有希が行きたかったのは、重要文化財でもある時計台だ。
観光ブックにも必ず載っている超有名観光スポット。
三角屋根の上に大きな時計を乗せた歴史を感じる建築物。
観光客と思しき人達や、海外の方なども、玄関口で記念写真を撮っている。
「2人共。せっかくだし、写真撮ってあげるね」
先生が言い出してくれたので、遠慮なく俺と有希は撮ってもらうことにする。
海外の方が写真を撮り終えて、嬉しそうに時計台の中に入って行った。次に俺と有希で撮ってもらうことにする。
先生に俺のスマホを渡して、時計台をバックに有希と隣り合うと、彼女が軽く笑った。
「ふふ。ここまでトラブル続きで、まさか初日から時計台で写真を撮るとは思いませんでしたね」
「ああ。本当なら、スキー場で集合写真だったろうな」
「集合写真ということは、晃くんと私は、あの休んだ人みたいに右上辺りで別撮りでしょうか?」
「あー。あれな。そうかもな」
「休んでいないのに別撮りって、ふふ。つくづく今日は奇妙な日ですね」
「でも、こういうトラブルも楽しむのが真のトラベラーなんだろ?」
「当然です」
彼女はごく当たり前のような顔をしながら、「えいっ」と俺の腕にしがみ付いてくる。
「ちょ? ええ!?」
「こういうのも修学旅行のトラブルのおかげでできるのですよ。普通の修学旅行だと、学校の人がいるからできません」
「そうかもだけど……。ええっと……」
心臓を、バクバクさせていると、カメラマンの先生がジト目で見てくる。
「だから、学校の人はいるんですけど? 初めてだよ。写真撮る人に、もっと離れてって思うの」
「先生。今がシャッターチャンスです」
「彼氏いない歴5年に当てつけですか!?」
彼氏いない歴5年なんだ……。ってことは、先生になってから彼氏ができていないってことだよな……。
ほぉ……。こんなにおだやかで優しい先生が……。彼氏なしか……。
ギュッと俺の腕にしがみ付く力が若干強くなり、彼女の実った大きな果実の感触が腕から脳へ伝わり、幸せホルモンがバズる。
有希の方を見ると、上目遣いで微笑んでくる。
あ、うん。先生。有希が最強だ。№1だわ。
「晃くん。カメラ見てください」
「あ、ああ」
頷いたが、有希の上目遣いが可愛くて目が離せない。
有希もこちらをずっと見つめてくれる。
「おーいバカップル! せめて写真撮る時はこっち向かんかい」
カシャ。
♢
スマホのツーショットを確認したところ、有希は相変わらず綺麗な顔で映っているのだが、彼女に抱き着かれている俺は、なんとも腑抜けな顔で映っていた。もちろん、取り直しを要求したのだが、有希がそれを却下。先生もへそを曲げて、これ以上は撮りませんと言われる始末。
なので、俺と有希の時計台ツーショットは、俺のなんとも言えない腑抜けた顔が一生残ることになった。
記念写真を撮った俺達は、時計台の中へと入って行く。
中は歴史館みたいな感じになっており、どうこう、こういう感じの流れで今の時計台があるみたいなことが、沢山の動画や資料で説明してくれた。
ここに来て、本当の意味での修学旅行を味わった気分だ。
あまり歴史は好きではない俺も、なぜだか集中して見て回れた。
カンッ。カンッ。
時折聞こえてくる鐘の音が鳴り響いた時、猫芝先生が俺達に言って来る。
「2人共。そろそろホテルに向かおっか」
スマホを見ると、結構時間が経っていることに気が付いた。
猫芝先生に素直に従い、時計台を出て行く。
結構堪能した時計台を出て、再び玄関口にやってくると、先生はタクシーを呼ぶために電話を始めた。
「そういえば……」
有希が思い出したかのように声を出すので小首を傾げて、「どしたん?」と尋ねてみる。
「ラーメンを食べてテンションが上がったのですっかり忘れていたのですが、3日目の観光の場所ってここでしたね」
「へ? うそ」
「ほんと」
生徒会長の有希が言うのだから冗談ではないのだろう。
「もしかして、3日目も俺達ここに来るの?」
「そうなりますね」
「流石に2回っていうのは……」
「そうですね。せっかくの最後の修学旅行が場所被りはいささか好ましくはありませんね」
有希は胸に手を置いて、自信満々に言い放つ。
「ここは生徒会長特権を使い、3日目は違う場所にしてもらいましょう」
「そんなことできるんか?」
「ええ。私なら可能でしょう」
「おお! 初めて職権乱用が正しく使われている気がする」
パチパチと拍手を送ると、有希がジト目で見てくる。
「それ。どういう意味です?」
「いや、有希って職権乱用下手じゃん」
「どこがですか!」
真実を言ってやると、手をグーにして真っすぐ下に伸ばしてご立腹に言ってのけた。
「専属メイドになる、って俺に得しかないから」
「そんなことないですから! それ、私の方が得でしたー!」
「例えば?」
「そりゃ……。晃くんのお世話をできるとか?」
「いつもありがとうございます。有希は最高のメイドですよ。本当に。この旅で疲れを癒してください」
「晃くんこそ最高のご主人様です。この旅でいつもの疲れを癒してくださいね」
「ちょっと離れたらこれだよ! 目を離した隙にイチャイチャしないでー!」
「「普通です」」
「もう、やだ、この2人……」
猫芝先生は、本気で泣いていた。
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