第13話 変わっていく日常
静まり返った部屋に時計の秒針の音が鳴り響いている。
目を覚ますと見覚えのない部屋のベッドに横たわっていた。
部屋は暗く、ベッドの枕元のライトが薄暗く点けられていた。
ここは……?
辺りを眼だけで見回すと、視界の隅に見知った顔を見つけた。
ベッドのそばに置いてある椅子に冬夜が目を瞑って座っていた。
冬夜は、ゆらゆらと眠そうに左右に揺れながらも眠気と戦っているようで、時々うーんと唸っていた。
あれ……?何で冬夜が……。
俺、何でこんなとこに居るんだ?
頭がぼーっとして上手く働かない。確か、ずっと走り続けて、橋の所で父さんを見つけて……。
「っ!父さん!」
突然大声を出した俺にびっくりしたのか舟を漕いでいた冬夜はビクッと飛び起き、椅子からひっくり返りそうになっていた。
「なっ、夏樹!」
冬夜はへなへなと力が抜けたように、ベッドに顔を伏せた。
「良かったあ……。ようやく起きた……」
「冬夜、俺……何でここに……」
冬夜は俺がここに運ばれてくるまでの事をひとつひとつ順を追って話し始めた。
父さんが橋から飛び降りた後、河川敷をトレーニングの為にランニングしていた大学生達数名によって父さんは奇跡的に迅速に救助されたらしい。
川に落ちた衝撃で父さんは意識を失っていた。だが、不幸中の幸いか意識を失っていたから溺れずに済んだのかもしれない。
父さんはすぐに救急車で病院まで運ばれて行ったそうだ。
俺は父さんが飛び降りた後、その場で倒れたまま意識を失っていたらしく、同じく周りにいた人によって呼ばれたもう一台の救急車で父さんと同じこの病院に運ばれてきたらしかった。
冬夜は裏道の方を探してくれていたが、日が暮れても見つからなかったので俺と合流する為に大通りの方へ向かった。その途中、河川敷で何やら騒ぎになっていることに気付き、父さんの救急搬送時に関係者であると名乗り出て病院まで同乗した。
父さんに重いうつ症状があること、家から居なくなり家族と探しているところだった等、搬送中に状況の説明をしてくれていた。
その後、冬夜は処置室に運ばれた父さんを待っている間に今度は俺が運ばれて来て、相当焦ったらしい。
俺も精神的ショックで意識を失ったままだったから、倒れた時に頭を打っていないか念の為病院の空きベッドで様子見とのことだった。
冬夜はそのまま、俺の傍で起きるまでずっと付き添ってくれていたそうだ。こんな時間まで。
「お前……大丈夫なのかよ、こっちの心配ばかりして」
「ん、まぁ……なんとかするよ、気にしないで」
「何とかって、でも!」
声を荒げ、ベッドから起き上がろうとした時。
「金原さん、具合はどうですか?」
コンコンと軽いノックと共に、病室の外から看護師らしき女性が声を掛けてきた。
「あ、はい!もう大丈夫です、お騒がせしました!」
慌ててベッドから起き上がる。
ガラッと看護師が扉を開けて病室へ入ってくる。
「念の為、先生に診てもらってくださいね」
「あ、わかりました」
そう言うと看護師は再び各病室の巡回に戻っていった。
そっか、一応俺倒れたんだった。自分が何故ここに居るのかようやく記憶がハッキリとしてきた。
「冬夜、もう大丈夫だから。ずっと付き添ってくれてありがとな」
「父さんにも」
「ううん、何てことない」
ふるふると首を振る冬夜の表情は、本当に何でもなかったかのようにいつも通りの落ち着いたものだった。
「おじさんの事も、もちろん心配だけどさ。僕は夏樹のことも心配してる」
「俺は……。ほら!見ての通りピンピンしてるから大丈夫だって!」
ああ、こんなのは空元気だってどうせバレてるんだろうな。でも、これ以上情けない姿を見せたくないんだ。
「うん……。そっか」
例え気が付いていたとしても、冬夜は何も言わない。だけど、心配をかけてしまったことはもうどうにも出来ない。
「無理、しないでね。じゃあ、また明日」
「おう!明日も弁当持ってくなー!」
だから、俺は。俺に今出来ることは、精一杯いつも通りの俺で居ること。
傍から見て滑稽だと思われても。
「はは……」
冬夜に大げさに手を振り見送った後、急に視界が歪んできた。
ありゃ、やっぱり頭でも打ったのかな。
「さっさと先生のところへ行かなきゃな、っと」
一つ、二つと。床には雫が落ちていく。
「なんっ、で……。今になって……」
ついに堪えきれなくなり次から次へと涙が溢れてくる。
「っひ……くっ……!」
声を必死で抑えながら腕で涙を拭う。しかし、溢れ続ける涙で上手く呼吸が出来なくなりさらにしゃくり上げる。
こんなところ誰にも見られたくないのに。
「ど……してっ、止まんね、んだ」
生きていてよかった、そう思う安心感と同時に一人ぼっちになっていたかもしれない恐怖感。
そして何より、あんなにも父さんが追い詰められていたことに気が付けなかった自分の不甲斐なさに腹が立つ。
「ごめんよ……父さん」
「くっ、そ!」
待合室の壁を思い切り殴る。殴った右手がじんじんと熱くなるのとは反対に、冷え切った壁の感触が今起きている事の現実感を俺に突き付けた。
規則正しく時を刻み続ける時計の秒針が、やけに耳に残る。
それは、変わらない日常が変化していく合図だった。
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