第3話 変わらない日常

 誰か……。


 顔はしかめつらになり、苦しげに浅い呼吸を繰り返す。

 うぅ……と呻きながら体をよじる。

 

 「ではー、次の問いを。」

 

 く、苦しい。暑い。喉が。


 助けを求めるように手を伸ばしたところで


 「金原」

 

 ゴン!と机に思い切り額を打ち付けた。

 瞬時に意識が覚醒し、ガタッと勢いよく立ち上がる。


 「はい!答えはⅩの二乗です!」


 口から勝手に言葉が出てきた。


 窓越しのポカポカとした陽気に当てられ俺はうたた寝をしていたようだった。

 口を開けたまま寝ていたからか、喉はカラカラに張り付いていた。


 悪夢を見ていた気がする。制服のシャツは汗で湿っていた。


 「金原」


 教師がこちらを見据える。眼鏡をくいっとかけ直す。

 持っている教科書をバサバサと見せながら、


 「今は古文の時間だぞ」

 

 シーンと静まった教室に、エイオーと校庭から体育中の他クラスの掛け声だけが響いていた。


 「金原、また居眠りかよー」

 

 クラスメイトに笑われながら半ば呆れられる。


 「すまん、またノート見せてよ」

 

 手を合わせおどけながらいつものように頼み込む。

 クラスメイトももう慣れているのか、


 「仕方ねぇなー、購買のアイス一本な」

 

 「まかせろ!」


 そんなやり取りを横目に、休み時間でガヤガヤとした教室で静かに本を読む少年がいた。

 

 彼の名は霧島冬夜。


 大人しくて病気がち。

 顔は美形で中性的な雰囲気を纏っている。

 密かに校内の女子からは可愛い、と人気を集めている。


 それを気に食わない一部の男子生徒からはからかわれ、最近はいじめと言える程にエスカレートしてきている。


 「おい、霧島」

 

 男子生徒が冬夜の読んでいる本を取り上げる。

 バサバサと冬夜の目の前で振ってみせる。


 「何いい子ちゃん振って真面目そうに本読んでんのー、『海の体温』?」

 

 本を取り上げられた冬夜は俯き無言のままだ。


 「聞いてんのか根暗」

 

 ガンッ!と冬夜の机を蹴り上げる。

 それにビクッと反応し怯える冬夜。


 男子生徒はイラつきを隠さずさらに冬夜へ突っかかろうとしたところで


 「おーい宮田ー、二組の原田さんがお前の事探してたぜー」


 俺は後ろから冬夜に突っかかっていた男子生徒、宮田にウィンクしながら声を掛けた。

 

 「は、原田さんが!?」

 

 「おー、お前に何か話があるって言ってたなー」


 「あの原田さんが、まじか!金原、サンキュ!」

 

 俺に礼を言って宮田は足早に教室の外へと向かって行った。

 

 原田さんは学年のアイドル的存在の女子生徒だった。

 すまん、原田さん。

 原田さんに心の中で手を合わせる。


 「大丈夫か?」

 

 宮田が落として行った冬夜の本の埃を払いながら差し出す。


 「うん、ありがとう。夏樹」

 

 冬夜がはにかんだ笑顔で応じる。


 「今日、古文の佐伯に呼び出し食らったから遅くなると思う」

 

 俺は冬夜の席の前の椅子を引っ掴み座る。


 「分かった」

 

 冬夜がこくんと頷く。


 「何かあったらすぐ呼べよ」

 「分かった」

 

 冬夜が頷き、目線はまた本へと移る。

 

 俺はそんな冬夜を見て満足気にしていた。


 それが俺達の変わらない日常だった。

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