第27話 青空に、僕はひとり

    ✳︎


 透き通るような青空の上に僕はいた。


 さっきまで無我夢中で地面を這っていたら、目の前に綺麗な青い光が見えたのだ。

 そして光に助けて欲しいと願いながら手を伸ばしたらいつの間にかこの景色になっていた。

 どういうことだ、僕はあの暗い洞窟にいたはずなのに。


 そしてこの身体もだ。さっきまでは前へ一歩進むことすら困難なぐらいの重傷を負っていたのに、今はまるで傷なんて最初から無かったかのように塞がっている。


「……どういうことなんだ?」


 立ち上がって周りを見渡す。

 見える景色、立っている場所すらも綺麗な青空になっていて、ここは天国だと言われたら信じてしまいそうなぐらい幻想的な光景だった。そしてたまに吹いてくる風が肌を心地よく撫でていて気持ちがよかった。


「あれ?」


 ふと、遠くの景色に何かが見えた。


 そこへ近づいて見てみると、そこには青空の上で何者かが横になっていた。

 真っ白なワンピースのような服を着ており、この青空と同じぐらい透き通っている青白い髪をした幼い少女、そして。


「お母さん…………?」


 その顔を見て思わず目を見開いた。

 顔立ちはまだ幼かったが、その顔立ちはサミーの母親と瓜二つだった。


 どうしてお母さんがここにいるんだ、お母さんは…………既に亡くなっているのに。

 唐突な出来事が多すぎて頭が混乱してしまう。

 わからない、何が起きているのか全くわからない。

 しかしその疑問は突然の声に遮られてしまった。


『まさか守護者を退ける者が現れるとは思ってもいませんでした』

 

 どこからともなく何者かの声が頭に響いてきたのだ。


『そして、ようやく目覚めの時が来ましたか』


 男性とも女性とも取れ、それでいてどこか優しさの中に厳格さがある声だった。


「だ、誰なんだ!」

『誰……? そうですね……私はこの空間の主、ということにしといてください』


 声の主を探そうと青空を見渡しても寝ている少女のみで他には誰も見つからない。

 

『さて、一つ問います。……貴方は救世主ですか?』

「救世主?」


 救世主、メシア、人々を救う者。声の主はサミーが救世主なのかと問いた。

 その意味不明な問いにサミーは眉を顰める。


「訳がわからない。自分は救世主なんかじゃない!」

『おや、そうでしたか。ですが守護者を退き私を目覚めさしたのに変わりはありません。それに━━━━貴方の魂の色がこの世界の人達とは少々異なるというのもあります』

「魂の色……?」


 魂の色とはどういうことだ。魂に色なんてあるのか。それが違うとはどういうことだ。

 この声の人物が何を言っているのかまるでわからない。


『ともあれ貴方には救世主の資格は充分にあります。故に貴方が誰であろうとかつての契約を果たす義務が私にはあります』


 救世主じゃないと言っているのに話を進めようとしている。この空間の主とやらは話が通じないのか。

 混乱しているサミーを余所に空間の主は声を響かせた。


『アクォル・ラウ・フィアレ契約を履行ス』


 聞き覚えのない言語を頭の声は紡いだ、しかし頭ではその言葉の意味が何故か理解できていた。『契約を履行する』と。

 そして一際強い突風に思わず腕で顔を覆ってしまう。


ウィル・レイド継承を開始


 声と突風の音が耳を突き抜け、そして通り過ぎる。

 突風が吹き抜け目を開くと、サミーの目の前に小さな光が浮いていた。

 

「これは…………」

『その光は私の力の源。貴方がそれを受け入れれば力が手に入るでしょう』

「力…………?」


 力とはどういうことだ。ここまで出来事が急に動き過ぎて頭がこんがらがってしまう。

 頭を左右に振り落ち着かせよう。


「少し話をさせてくれ」

『はい』

「僕はさっきまで死にかけて必死だったんだ」

『はい』

「それなのに今はこんな状況に置かれて混乱しているんだ、説明してくれよ。貴方は何者なんだ? ここは何処なんだ? 契約とは、力とは何なんだ? この寝ている彼女は何者なんだ?」

『説明…………』


 長い沈黙。そうして三つ目の風が頬を撫でた時、再び声が聞こえた。


『わかりました、一つ一つ説明いたします。長くなりますがお聴きください』





    ✳︎


 私は貴方達の言葉で『神』と呼ばれる存在です。


 遥か百年前、私はこの国で平和に暮らしていました。しかしその平和は崩れてしまったのです。


 太古に封印されし魔王が復活し、この世界を滅亡させようとしました。

 魔王は他の神々の力を支配し、世界は滅亡寸前。


 しかし、四人の救世主が世界を救うべく立ち上がったのです。


 救世主は魔王の力に対抗するため、神の加護を求めました。しかし、先も申した通り他の神々の力は魔王に支配されています。


 そこで行われたのが強大な力を持ち、神に成る資格がある者を神へと昇華させる『神への導きライフ・マストラブ』という儀式でした。


 当時の私はまだ神では無くただの一匹の生物。しかしながら私は強大な力を持っており、神になり得る資格がありました。


 そのための人柱としてそこで寝ている彼女の魂が捧げられました。


 そうして私は神と成り、救世主に加護を与え、世界は救われました。


 世界を救った後、救世主の一人が言ったのです。『魔王は再び復活する。その時、貴方は次の救世主を導いて欲しい』と。それが契約でした。


 …………長くなりましたが、貴方の質問にお答えしましょう。

 私は神の一柱、名を『カルアント』と言います。


 この場所は私の力で作った空間、救世主を導くための部屋。


 力とは私の持つ力の一端。加護とはまた別の物ですが、貴方にとって強大な力になるでしょう。


 そして今貴方の側で寝ている少女は巫女であり人柱。私を祀るため転生を繰り返している私の大事な娘です。

 

 これが私からの説明です。





    ✳︎


 サミーは困惑していた。

 声の人物の正体が神だとか魔王の復活だとか話のスケールが大きさに。


『さて、私は貴方の疑問にお答えしました。次は私が問います』


 そして一際強い風がこの空間を駆け抜け、青空の雲が揺り動いた。


『選択をお願いします。この力を受け取るか否か』

「選択…………」


 力。それはこの世界に生まれてから一番欲しかった物だった。お母さんを、ライングやシオンを、そして自分を守るために何としても手に入れたかった。


 だけど、いくら努力しても越えられない壁という物がいつも隣に居た。

 悔しかった。羨ましかった。そんな自分が惨めだった。

 

「だけど……」


 この神の力、これは僥倖なのだろう。これに触れるだけで二人と肩を並べられる、二人を守れるのだ。

 ……でも。


『お前は必要ない』


 脳裏に浮かぶのはあの冷たい瞳。

 怖い、怖い、この力を手にしたら何かが終わってしまうような気がして。

 

 唐突に訪れた幸運と恐ろしい予感。その狭間に囚われその思考を右往左往させる。

 

「━━━━僕は」


 そうして救世主迷える仔羊は一つの決断を下した。

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