第25話 暖かい雨

    ✳︎


「…………ッ」


 痛い、痛い。全身にありとあらゆる痛みが身体に流れて来る。


 頭がボーッとして今にも意識を失いそうだが、まだ意識を失うわけにはいかなかった。


『サミー! 絶対に生き残ってくれよ! お前に教えて欲しいこと沢山残ってるんだから!』


 大切な親友との約束。そのために僕は帰らないといけないんだ。


「もど…………ろう…………」


 腕に走る激痛に耐えながらうつ伏せになった身体を起こし立ち上がり、ふらふらと洞窟の出口へ向かおうとするが、


「ぁ……」


 バタリとまたうつ伏せに倒れてしまった。

 鼓膜が破れたからなのか、頭がクラクラして上手く動けない。


「け……ん……」


 近くにあった剣を取ろうと手を伸ばす、だけど少し離れてて届かない。

 僕は剣の下まで地面を這った。


「ぅ……ゴホッ……!」


 痛い。一歩這う毎にお腹を刺すような痛みが襲った。


 しかし苦しみながらも剣の下まで辿り着く。

 そして再び立ち上がる。再び頭がクラクラして倒れそうになるが剣を杖代わりにしたおかげで倒れずに済んだ。


「か……え…………ろう……」


 大丈夫、この痛みに耐えて戻ればシオンが傷を癒やしてくれるはずだ。

 そんな希望を抱きながらゆっくり、ゆっくりと洞窟の出口へ歩いていく。





    *


 何十分進んだろうか。足を震わせながらようやく洞窟の出口が見えた。さっきの戦闘でとうに身体はボロボロ、だけど執念でここまで辿り着いたのだ。

 そうして洞窟から出て倒れているトカゲの魔物の横を通り過ぎようとした時、頬に水が落ちて来た。

 水滴が一つ、また一つ降りしばらくすると大量の水滴が僕の身体に降り注いだ。


「あめ……」


 このままではまずい、なるべく早く帰ろうと前に歩き出そうとした時、目の前に一人の後ろ姿が見えた。


「…………」


 そいつは雨の中無言で立ってボーッとしているようだった。

 だけど、その後ろ姿には見覚えが、いや違う、確信があった。


「ライ…………ン……グ」


 その声にライングは振り返り僕を見た。

 いつもの元気そうな表情とは違いどこか険しい表情を浮かべている。


「ぁ……!」


 そうか、心配して僕を助けに来てくれたのだ。そして今から洞窟に入ろうとしていたのだろう。

 だけどちょっと遅かったね。巨大オオカミは僕一人で倒したよ。


「        」


 身体の痛みを忘れてライングの下まで近づく。ライングも僕を見て何かを話しながらゆっくりと向かって来ている。


 耳が聴こえなくてよくわからないが、たぶん僕の姿を見て心配してくれてるんだろう。

 大丈夫だ、こんな傷すぐに治るから。


 そうしてお互いに触れ合える距離までになる。


「ぁ……」

 

 無理をしてしまったからかな、ふらついて倒れそうになってしまう。

 しかしライングが僕の身体を受け止めてくれた。


「ライン……グ…………、僕……やった……よ……」


 初めて自分一人で成し遂げた功績をこんな状況なのに自慢したくてついつい言ってしまった。

 憧れの存在のライングに少しだけ近づいたというのを聞いて欲しくて言った言葉。

 その言葉を聞いたライングは。


 サクリと、僕のお腹に剣を突き刺したのだった。


「ぇ…………」

「         」


 何が起こったのかも分からずに刺されたお腹を見た。

 剣が刺さってて、そこから血が流れてて、雨がそれを薄くしてて。

 何がなんだかわからないまま、僕はライングの手を握ろうとした。


「     」


 ライングは無言の言葉と共に刺さった剣を引き抜き、僕を払い除けた。

 うつ伏せで倒れてしまう。そしてお腹から大量の血がドクドクと流れ出ていく。


 痛い、いやだ、なんで、苦しい、なんで、なんで、痛い、いやだ。


 頭に感情が溢れて止まらない。

 訳も分からず上を見上げると。


「ら……いん…………ぐ」


 まるで、壊れたおもちゃを見るような。そんな冷たい瞳が僕を見下ろしていた。


「       」


 見下ろしているはボソボソと話していた。

 鼓膜が破れて何を言っているのかは分からない。

 だけど、


『お前は必要ない』


 そんな言葉が頭に響いて聞こえた。聞こえてしまった。

 そして僕に興味を失ったようには後ろに向き、ここから去ろうと歩いた。


「まっ…………て……」


 おいてかないで。


「まっ………………て……よ」


 いやだ、ひとりにしないでよ。


「ま…………て」


 ひとりはこわいんだよ、くるしいんだよ。


「……っ…て」


 すてないで。


「……………………」

 

 ぼくをひとりにしないでよ。


 去りゆく影に手を伸ばしても、サミーの叫び願いは誰にも届かない。

 ただただ、降りしきる雨の音がその声をかき消し、血と共に流していくだけだった。

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