第12話ダンジョン二日目2


 妹の薬のためにも、自身の借金のためにも先に進まなければばならない事は、否定できない事実だ。

 ダンジョンバットから魔石を抜き出すと、少し離れた場所に腰を降ろし、我が市が産み出した『名菓ブラックライトニング』を頬張る。

 表面は薄く溶かしたチョコレートに覆われており、中にはココア味のクッキーが入っている。

 チョコレートには疲労回復や疲労軽減効果もあると言うので、冒険者にはピッタリなお菓子かもしれない。



「ダンジョンバットに噛まれたけど、狂犬病的なウイルスとか持ってないよな?」



 探索者はその『仕事がら怪我が多い』とよく耳にするが、感染症に罹って死んだと言う話は聞いたことがない。若者の収入増大を掲げている政権にとって、不都合だから隠しているだけなのか? どうか分からないので帰ったら入口の人に聞いてみよう。



「まぁ取りあえず、消毒だけでもしておくか……」



 ウエストポーチの中から市販の消毒液を取り出し、びゅーっと傷口に液をぶっかける。

 何かと反応したのか、消毒液はシュワシュワと泡を立てる。



「痛って!」



 消毒液が傷口に沁みる。

 子供の頃は兎に角消毒されたものだったが、最近では消毒すると傷の治りが遅くなるから、清潔な流水で洗い流すだけの事が多い。と保健体育の授業で習った時には心底驚いたものだが……今は知らない感染症の方が怖い。



「ついでだし、道具のメンテナンスもしておくか……」



 アルコール度数80%の液をティシュに付けて、オニキリカスタムと剝ぎ取り用ナイフを拭い、血や脂などの汚れを除去する。



 そんな事をしているうちに、疲れも少し和らいだので再び坑道のような通路を探索していく。


 今までとは違い、しっかりと天井まで確認する。すると今まで見つけられなかったスライムや、ダンジョンバットが息を潜めたり、眠って居たりしているのに気が付いた。



「スライムが多いって言う最初のフロアを飛ばしてから、スライム一匹見てないから、スライムなんてどこにもいないじゃん、って思ってたらこう言う所に居たんだ。何というか石の裏にいるダンゴムシ見たいだな……」



 俺はそんな事を考えながら、慣れた手つきで天井や壁の窪みに居るスライムやダンジョンバットを1~2撃で葬って行く。

 ダンジョンバットは超音波を発せられる前に倒せば、俺にとってはスライム以下の雑魚でしかない。



「金策もステータス上げも出来ると思えば、一挙両得と言ったところだろうか?」


「そろそろ、ゴブリン二匹を倒せるぐらい強くならないと先のエリアはキツイかな? 先ずそのために少し慣らしをしておこう」



 俺は丁度見つけた少し広めのルームの中を見る。

 中に居るのは、ゴブリンが一匹。

 武装はナイフ一振りと言った所で、剣鉈よりリーチが短いので戦いやすいとは思う。

 


「よし、コイツに決めた。俺がどれぐらい強くなったか試す、試金石にしてやる!!」



 前回のゴブリン二匹の討伐は、最初の一撃は全て不意を突いたものだった。

 だが今回は真正面からの戦いだ。


 ダンジョンバット先生のお陰で、刀の基本的な使い方や体の動かし方を文字通り身を持って教えてくれた。

 今の俺にとって不足はないだろう。


 俺は鞘から刀を払いゴブリンの前に出る。



「ようゴブリン! ちょっくらお前の命で俺の強さを試させてくれよ!」



 異様な男に驚いたのか、ゴブリンは脚を逆『ハ』の字で前後に開き少し腰を落とした態勢で、ナイフの先端を俺の方に向ける。



「ご、ゴブ!」



 ゴブリンは何か唸り声のような聞き取り辛い声を上げるが、霊長類の頂点。ヒト科ヒト族の現生人類ホモ・サピエンスである俺には、ダンジョンに住む異形のサルの使うゴブリン言語など理解出来ない。

 だが、眼前のゴブリンの大きな双眸そうぼうが、俺を睨み殺さんばかりの目力をしている事だけは理解出来た。  



「ヤるかヤられるか。ゴブリンも覚悟を決めた様だな……」



 俺は剣道すらやったことがない。だから、正しい構え方とかそう言う物は全くしらない。漫画やアニメ、ゲームで主人公達が構えている動きを模倣して刀を構える。


 数メートルの距離を開け、無言で相手の隙を伺う間が数秒続く……


 先に仕掛けたのは俺だった。

 柄をギュっと握りしめた俺は距離を詰め、斜め上から刀を振り下ろす。


 ゴブリンは、ナイフを巧に使い。俺の袈裟斬りを受け流そす。



「ちっ!」



 俺の袈裟斬りは、ゴブリンの巧みな技術によって受け流される。


刹那。


 ゴブリンの蹴りが腰に命中し鈍い痛みが走る。



「くっ!」



 痛みで怯んでしまえば、ナイフによる追撃を食らってしまいかねない。

 俺は痛みを堪えて、飛び前転の要領で衝撃を受け流しながら、ゴブリンの攻撃を回避し剣を構える。



「――――っ!」



 ダンジョンバット先生のレッスンのお陰で、一つの動きを注視すのではなく、相手の動きを全体的に観察する事の重要性を学んだ俺には何てことの無い戦闘だ。


 左下段からの切上げ攻撃を体捌たいさばきでかわし、がら空きの左脇腹目掛けてオニキリカスタムを下段から振う。

 

ザシュ。


 緑色の血飛沫がどっと吹き出し、ゴブリンの腹を切っ先が裂く。



「ゴブ!」



 ゴブリンは叫ぶ。



「終わりだ!」



 両手で剣を構え直しゴブリンの肩目掛け垂直に剣を振り下ろす。

 今までとは違い。刃筋を立てしっかりと力が伝わっているのか、一刀で肩を切り落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る