それを食べ尽くす君と君を飼う僕

香坂 壱霧

一、僕と君

「今日は、これ」


 僕は、ノートパソコンの画面を君に見せた。原稿用紙換算で五十枚程のそれを、君は無言で読み始める。


 少しでも面白いと感じると、君は不機嫌になる。本当なら、それは良いことなのに、最近の僕はそれを望まなくなっているらしい。


 笑うな。

表情を変えるな。

無のままでいてくれ。


そう思う僕は、物書きとして僕は終わっているのかもしれない。


 君が僕を見る。

どうやら、読み終わったらしい。


「席、外して」


 君がそう言うと、僕は寒空の下、散歩を始める。およそ五分位歩いて、コンビニで君の好きなミルクティーを買って戻ると、ちょうどよい時間になっている。


「おかえりなさい。ごちそうさま」


部屋に戻った僕に気づくと、君は少しだけ口角を上げる。

目を合わさないことで喜びを隠しているんだと気づいたのはいつだったろうか。


 どういう仕組みなのか分からない。

君は僕の作品の不味い部分だけを食べているらしい。


そこだけ空白になり、データ容量も僅かに減っている。削除した形跡はないのは不思議だ。


「これ、ミルクティー、買ってきたから飲んで」

「ありがとう」


 君はミルクティーを飲み干すと、頬を少しだけ緩ませた。笑うのが苦手らしいけど、君にとっての笑顔はこれだと思う。

僕の作った駄文を食べた後のミルクティー。それが幸せだと前に呟いていた。


 なぜ君がそうするようになったのか、僕は知らない。聞いちゃいけないのだと勝手に思っている。

君が何者でも構わない。僕は救われているから。


 満足した君は僕を抱擁したあと、目の前からいなくなる。

たとえ君が人間じゃないとしても僕は君を受け容れたいのだけど、それはまだ言わないでおこう。僕の中にいる君を飼っている間は──。


 そして僕はまた、君のために紡ぎ始める。




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