第八話 崖
端役女優・
彼女は殺人犯だった。ここはある小さな島にあるひなびた温泉地。この近くにある旅館の温泉で、彼女は長年自分をゆすり続けていた芸能ライターを殺害していた。トリックは完璧。誰にもばれないはずだった。
だが、旅館にたまたま滞在していた榊原とかいう私立探偵の存在がすべてを狂わせた。榊原は綿密に現場を調べ上げ、そしてついにトリックの一端にたどり着いたのだった。こうなったらばれるのも時間の問題、ならば、せめて自分が主役になる事をあこがれ続けた二時間サスペンスドラマのラストシーンのように終わりたい。そう思った明美は、こうして旅館を抜け出して近場の崖の先端にやってきたのだった。すぐに榊原も気づいてここにやってくるだろう。そうすれば、自分は二時間サスペンスドラマのヒロインとして捕まる事ができる。ばれた事は不本意だが、それでも明美にとってはそれで満足だった。
と、そこへ背後から足音が近づく。どうやら、そのときがきたようだ。明美は含み笑いを浮かべながら振り返る。
「ようやくお出ましのようね、探偵さん」
それに対し、相手はこう叫んだ。
「おい、君! こんな台風の中で一体何をしているんだ! さっさと避難しなさい!」
そこに立っていたのは迷彩服を着た自衛隊員だった。
「え?」
「この島には全島民に対する避難勧告が出されている! 今回の台風で土砂災害が島のあちこちで発生していて、この辺も非常に危険な状態だ! 君もすぐに避難しなさい!」
暴風吹き荒れ豪雨が横なぶりに降りしきる中、崖の上に立つ明美はこのあまりの展開に唖然として固まってしまっていた。
「え、だって、あの、事件は……」
「事件? あぁ、旅館で起きたやつか。解決も何も、旅館そのものが土砂崩れで崩壊してそれどころじゃない! とにかく、すべては避難してからだ!」
そう自衛隊員が叫ぶと同時に、崖のすぐそばに自衛隊のヘリコプターが出現した。驚く暇もなく、そこから降下してきた自衛隊員が明美の体を固定し、そのままヘリへと吊り上げていく。見事なまでに完璧な救助であった。
「そ、そんなぁぁぁ! 私の夢がぁぁぁ!」
明美の絶叫も、台風の轟音によってかき消されてしまった。
こうして、島民の島外避難は自衛隊員の活躍によってつつがなく執り行われ、一人の犠牲者も出さずに幕を閉じた。なお、その後島で起こった殺人事件の犯人が榊原なる探偵に警察の取調室で真相を暴かれるという些細な出来事もあったが、台風のニュースで大して報道される事もなかったという。
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