榊原恵一の日常
奥田光治
第一話 師走の不審者
年末になると犯罪者は増加するという。刑務所に入って温かい飯を食おうという人間が増えるからだ。だから、わざと店員の前で堂々と万引きする人もいる。特に、行き場のなくなった老人の犯行が増えており、近年司法関係者は頭を悩ませている。
この日の夜も、東京警視庁から緊急連絡が巡回中のパトカーに響き渡った。
『警視庁から各巡回車両へ。杉並区○○番地の住宅地において不法侵入者の通報あり。犯人は七十歳くらいの老人男性。その住宅に在住の小学生を襲おうとしたところを不審な物音を聞きつけた両親によって発見。近隣車両は至急現場に急行せよ』
「了解、現場に向かう」
近くをパトカーでパトロールしていた警視庁捜査一課の榊原恵一警部補と橋本隆一警部補は、すぐに現場に急行した。
現場は閑静な住宅街で、すでに何台ものパトカーが周りに停車している。
「ご苦労様です!」
所轄の刑事が敬礼して二人を迎えた。
「状況は?」
「犯人は小学生の部屋に侵入して部屋を物色していました。部屋の主である小学生が目を覚ましたので襲おうとしたところを両親が発見したとのことです」
「住人は?」
「すでに三人とも避難済みです。この家の中には侵入者しかいません」
「ならすぐに突入して……」
「駄目です。小学生の話では、犯人は何か袋を持っており、その中から箱に入った爆発物らしき物体を取り出したそうです」
「爆発物だと?」
榊原と橋本が顔色を変えた。
「現在、SATと爆発物処理班に応援を要請しています」
「住人は犯人に心当たりはないのか?」
「全くないそうです」
と、そこに重装備の爆発物処理班と、SAT部隊が到着した。
「隊長の
SAT隊長が自己紹介とともにこれからの動きを説明する。榊原たちは厳しい表情で高橋らに告げる。
「犯人は二階の子供部屋にいます。慎重に行動してください。相手は爆発物を所持している可能性があります」
「任せてください。抵抗するようなら射殺します。爆発物処理班がすぐに動けるように、態勢を整えておいてください」
「了解しました」
その五分後、SATは家を取り囲み、突入準備を整えた。高橋が指で合図を送る。その刹那、二階の屋根に控えていた隊員が窓ガラスを思いっきり割り、別の一人がスタングレネードを部屋に投げ込んだ。眩い閃光が走る。
「突入!」
高橋の叫びとともに、SATが一斉に家に踏み込んだ。その後から爆発物処理班と、榊原たち刑事が続き、中から老人の悲鳴が響き渡る。そして、勝負は一瞬で終わった。
「犯人確保! 凶器等は所持していません!」
「爆発物確保!」
次の瞬間、爆発物らしき箱を持った爆発物処理班が家から飛び出し、近くの空き地にその箱を置くと、周りを盾で囲んで、そのうちの一人が箱を慎重に開けた。
「中はクマのぬいぐるみです」
「中に爆発物が仕込まれているかもしれん! 慎重に解体!」
「了解!」
その後、爆発物処理班はそのぬいぐるみを徹底的に解体したが、結果、爆発物ではないと判明した。
「ひとまず、解決だな」
橋本がくたびれたように家の外に出る。と、その後から何人もの捜査員に暴れるのを取り押さえられながら、一人の老人が姿を現した。
老人は白い顎鬚で、赤い衣装に包まれた太った体を揺さぶらせながら、必死に何かわけのわからない言語を連発していた。ただ、『プレゼント』という言葉だけは榊原にも認識できた。
「とんだプレゼントもいいとこだな」
橋本が悪態をつく。老人はそのままパトカーに押し込まれて、最寄りの署まで連行されていった。
「しかしなぁ」
「どうした、榊原?」
「あの爺さん、どっかで見たような気がするんだよなぁ」
「……ということがあったんだよ。確かあの後、裁判で最高裁まで十年以上争って、結局懲役三年になったはずだ」
十数年後、警察を辞めて私立探偵事務所を開いていた榊原は、事務員の大学生・深町瑞穂にそう話した。先日その老人が出所したのだ。瑞穂は半ば呆れながらそれを聞いていた。
「たかが不法侵入者にそこまでやったんですか?」
「確かに今思うと、少しやりすぎだったかもしれない。だがねぇ、あの爺さん、確かにどこかで見た記憶があるんだがねぇ。それが誰なのか今になっても思い出せないんだが……」
榊原はしきりに首をかしげていた。
「くそ! 二度とプレゼントなんか配るか!」
前科者になったサンタクロースは北極で悪態をついていた。その後、サンタの伝説はいつしか「親が正体」という事になってしまったという。
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