私(達)はアナタに夢中

黒姫凛

第1話 プロローグ






何も難しい話ではなかった。

剣を取り、生きる為に振るい、死に抗ってここまで来た。



何も辛い話では無い。

蔑まれようと、馬鹿にされようと、貶されようと。

心を無にすればなんの問題も無い。



何も悲しい訳じゃない。辛くなんて何ともない。

難しくも悩む事も何ともない。

笑って吹き飛ばすことぐらい出来ないものかと、思う自分がいるけど、生憎と笑うという事は忘れてしまった。



何故ここまで生に拘るのか自分でも分からないが、きっと。きっと私は何かを期待しているのかもしれない。


期待、期待とはなんだろうか?何に期待するのか。

醜い私は一体何を期待しているのだろうか。



だからそれは、きっと━━━━━。























振るう━━━━━。剣を振るう━━━━━。



横一線に振り抜かれた愛刀は、魔獣━━種類名『ゴブリン』と呼ばれた怪物の首を断ち切り、頭と首下に両断した。ゴブリンの鮮血が湿った地面に斑点の様な半円を描き、吹き出した液体が愛刀と私の服を赤く染める。


臭い、というのが印象だ。ゴブリンの血は魔獣と呼ばれる存在の中で群を抜いて臭いとされる。魔獣避けとして血に浸した布が冒険者ギルドでも売られている。臭くてとてもじゃないが店頭に置けていない様だが。


私の周りには既に無数のゴブリンの死体が転がっている。薄暗い洞窟を住処とするゴブリン達は、異種間交配が可能の魔獣であり、界隈ではかなりの美食家と称されるらしい。

『美人食い』なんて呼ばれるが、私のような醜い存在には興味が無く、顔が浮腫み全身が脂肪で覆われた美しい女性達が標的にされる。如何せん美人食いのお眼鏡にかかるのが人間だけのようで、人間以外の生物、種別だと亜人には興味が無いと聞く。まあ亜人は醜い容姿で有名だから当たり前と言えば当たり前だろうか。


雌としては雄に孕ませられるのが喜ばしい事だと思うが、こんな気持ちの悪い生物の子供を孕むなんて死んでも嫌だ。

一度実際に犯されている所を見た事あるが、あれは無理だ。やられたら死ねる自信がある。あんな気持ちの悪い肉棒が突っ込まれるなんて、吐き気がする。心底自分が醜い容姿をしていて良かったと思えるぐらいにはゴブリンに対して嫌悪感を抱いている。


まあ、そんな気持ちの悪い生物からも抱きたくないと思われている醜い私には、出過ぎた考えなのだろうが。



愛刀にこべりついた血を払い、念入りに使い捨ての布で吹き上げる。納刀し、代わりに無駄に大きな胸の間から短刀を取りだし、ゴブリンの死骸の右耳だけを切り取っていく。


クエスト完了を証明するにあたって、証拠を残さなくてはならない為に、臭くて仕方が無いが最も分かりやすい耳を持参しなければならない。


軟骨の部分に刃を這わせ、既に慣れた手つきで切り取っていく。

倒した数は20匹。巣に住むゴブリン達の数からすれば普通の数字。大人個体から子供個体まで全て手にかけた。

罪悪感があるのかと聞かれれば無いと答えられる。生き物はいつか死ぬし、自分の死を明確に判断する事なんて出来ない。

私が襲われることは無いに等しいとは言え、クエストを受けた以上、私にも生活がかかっている。


耳を切りとった死骸は地面に埋める。これをしなければ疫病が蔓延する可能性があるからだ。本当は再利用されないよう洞窟も壊して置く必要があるが、生憎と入り口を塞ぐような道具は無い。

私がソロで無ければ話は変わってくるだろうが、私とパーティを組みたい冒険者なんて居ないだろう。


私は一応冒険者としては名が知れた上級者である事は自負している。悪名高い方が有名だが。

冒険者はそれぞれランクが指定されており、その中でも私はAランク。後一歩Sランクに届かないと言った所で停滞している。

拠点としている町にはSランクが居ないとはいえ、Aランクに指定されているパーティはゴロゴロ存在する。

私もパーティを組めればきっと、Sランクになれるはずなのに…。



いや、辞めよう。私はSランクに上がるために冒険者をしているわけじゃない。

私は、ただ無我夢中で生きて、死にたい。


私はきっと、死に場所を探しているのだ。








✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿
















洞窟を出た私は帰路に着く。クエストはそこまで時間をかけなかったとは言え、早くこの臭い匂いをどうにかしたい。これでは私の悪名に拍車をかけてしまう。


生い茂った森林を、獣道となった更地となった小道を急ぎ足で駆ける。昨日かなり雨が降った為に地面はぬかるんでいるが、私ぐらいになれば足を取られることなど無い。寧ろ泥を上げずに駆ける訓練としては満点に近い状況。足音を殺して魔獣に近付く事が必要とされる冒険者にとって、こう言った何気ないことでも意識すれば身に付くというもの。

故に私は更に速度を上げて駆ける。臭いが滲み出ているため、魔獣との戦闘は最低限起こらないだろう。周囲に気にせず走れるというのは、少し清々しい気持ちになる。匂いは臭いが。



しかし、駆ける私の耳に気になる音が届いた。思わず私は足を止めて身を屈める。

大型魔獣だと、ゴブリンの匂いを無視して来る凶暴なヤツもいる。見境なく襲ってくるのもあるが、大型魔獣は普段もっと森林の奥地にいる為、こんな町村近くに現れるとなれば被害が出る前に狩らなければならない。町村によっては、武力を持たない町村もある為、冒険者に所属するものとしては見過ごせない。


暫く身を隠していたが、音の主は一向に姿を見せない。通り過ぎてしまったのだろうか。いや、そんな気配は無かった。

私が空耳など有り得ない。が、もしかしたら小動物の可能性もある。

もう少し経ってから、少し音のした方に移動しながら待とう。



茂みを掻き分け、ゆっくりと音を立てずに前進する。

だが気になるのが近付いていく度に、何か違和感を感じるという事だ。


まずいい匂いがする。湿気で鼻が効きにくいはずなのに、妙にこの鼻腔を擽るいい香りは何なのだろうか。体がムズムズして仕方がない。

続いて息遣い。かなり息が上がっている。咳き込んでいる音も聞こえる事から、魔獣や小動物では無く恐らく人型種。人間か亜人か判断は出来ないが、何らの異常があるのだろう。弱っている、明らかに。


そうと判断出来れば身を隠している必要は無い。身体を起こし、急いで声の主の元へ向かう。距離的には離れていない。すぐそこだ。

しかし何だこの匂いは。なんでこんないい匂いがするのだろうか。まるで美味しそうなお肉を前に群がっていく腹ぺこの様な気持ちだ。


見えた。やはり倒れている。見慣れない服装だ。貴族だろうか。黒髪とは珍しい……っ。



思わず私は足を止めた。止めてしまった。

何故こうもこんなにいい匂いがするのか分かってしまったからだ。何故ここまで体が疼くのか理解してしまったからだ。



「……お、とこ……」



『男』。『男性』、『オス』、『人間の貴重な雄』。

男がそこに倒れていた。肩を上下させ、とても正常では無い呼吸音をさせて倒れている。


私はゆっくりと近づいた。濃い、匂いが濃すぎる。男性は異常を患うと雌を呼ぶホルモンを無自覚で放出するという。この甘ったるい匂いがきっとそうなのだろう。私の臍の奥、恐らく子宮部分がキュンキュン疼いているのが分かる。


こんな醜い私でも人並みには異性に関して興味がある。というか、男性との恋愛シチュエーションの妄想は誰もが通る道。妄想してそれを肴に自分を慰めたことだってある。


そんな存在が今、妄想の中でしか手を繋げないと思っていた男性が目の前にいる。


が、そんな幸せ絶頂の気分も束の間。男性の異常が何なのかが問題であった。

見られない服は見るからにずぶ濡れで、力が入らないのか、脱力している。


咄嗟に近付いて表情を伺った。



「……うっ、そ……なに……この……」



かっこよ過ぎでしょ……♡

っは、違う違う。今はそれは置いておこう。表情は苦しそうに眉をひそめている。蒸気した汗が興奮させてくるが匂いを嗅ぐのを我慢して額に手を当てる。


熱い。恐らく熱を出している。状況から察するに昨日の雨に打たれてこの場でずっと倒れていたのだろう。かなり降ったし、雨宿り出来る場所は正直何処にも無い。木々に隠れて雨に打たれなかったとしても、あの雨じゃ体温も下がる一方。


体調を崩すのも分かる。だが、何故ここに男性が一人でいるのだろうか。

普通、男性は貴族が囲うか生殖奴隷として町村全体で飼われる事が多い。男性と一緒にいるなんて奴隷販売で高額で買い取ったお金持ちぐらいしか居ないはずなのに。

この男性は逃げ出した脱走奴隷なのだろうか。


……少し身体をまさぐってみる。何か所持しているもので身分を証明するものがあるかもしれない。


腰の横、収納出来る場所に何か薄く四角いものが入っていた。

文字が書いてあるのか。読めないが、これが身分証だろうか。似顔絵……にしてはやけに鮮明に描かれた絵がついた紙?なのだろうかコレは。よく分からないが、目が覚めてからそれは聞くとしよう。今は……仕方がないから背負うしかないか。

仕方がない。これは仕方がない事だ。治療出来る場所まで運ぶ為に仕方の無い事なのだ。決して体を堪能仕様だとかそういった下種な考えは持ち合わせてはいない。


……もう少しまさぐっていても怒られなかったよね?だって気を失ってるし。私にはもう一生来ないチャンスなのに。



淡い気持ちを流しつつ、私は拠点としている町の知り合いが経営する医療施設へと駆ける。

既に私は急ぐということしか頭に無かった為、この男性が口にした言葉を聴き逃す失態をしてしまったのだった。





「………め、がみ………」












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