37

 湖港ラルートに着いた翌日の昼過ぎまで、瑠依達は観光と称し街を回った。市場では物資補給、広場に並んだ屋台で魚の塩焼きや肉の串焼きなどを堪能する。

 そうして最後に、ラトル湖畔にあるという〈三ノ神殿〉に向かっていた。街の中心部から徒歩十五分程度、瑠依の目の前には雄大な湖畔を背景に清廉な建物が現れた。

 白いレンガで作られた礼拝堂らしき建物とその左側に鐘楼がある。右側には居住用の木造の家が建てられており、庭らしいところでは山羊が草を食(は)んでいた。素朴で穏やか、だが自然と背筋が伸びるような雰囲気がその建物にはあった。

 

「ここが〈三ノ神殿〉です。百五十年ほど前に旧神殿から移設された女神の形代がこちらにあるとのこと」


 素敵な風景に思わず写真を撮ろうとスマホを取り出しかけたが、リヴィウスの声でピタリと止まる。まだ彼らにスマホについては見せていない。急に知らない物体を大切そうな建物に向けて何かし始めたら、取り押さえレベルのモノではない。瑠依はボディバックからそろそろと手を抜いた。

 

「ここなんですね。〈三ノ神殿〉って。あの湖に経っている建物かと思ってました」


 瑠依は神殿の奥、たゆたう湖にそそり立っている白亜の建物に目を向けた。

 湖に突き刺さった巨大な杭の上に、古代の神殿が乗っかったような建造物。ザ・ファンタジーなその光景に、実は昨日移動中にちらりと見かけたときから、瑠依は気になっていた。


「あちらは〈水ノ神殿〉ですね。女神を奉る神殿とは異なり、女神が編み出した七つの精霊達へ祈りを向けた場所になります」

「……女神が精霊?」

「『この世界の全ては、女神が何も無いところから魔力の糸を編んで創り出した』と、我々には言い伝えられています。その一つが精霊といわれる存在で、女神に代わり世界の営みを見守ってくださっています」

「そういう神話なだけで、実際に見たことはないけどな」


 アゼルが心底つまらなそうに呟いた。神話などに興味がないのかと思えば、げっそりとした声で不満を漏らす。

 

「水の領域を守護しみまもってるって言ってるけど、水辺はここ最近、湖の魔物ウィルオウィスプとかギルマンとかばっかで面倒くさいし」

「ぎ、半魚人ギルマンとかも居るんですね……この世界」


 アゼルの愚痴より、瑠依はそちらが気になってしまった。

 瑠依はあまりファンタジーやRPGに詳しくはないが、この間七緒から借りた小説に半人半魚のモンスターが村を襲う、というような内容があった。作者の文章力や美麗な挿絵からイメージがつき、「自分の世界に居なくて良かった」と思っていたのもつかの間、こっちの世界には居るらしい。もしルラーク村を襲っていたのが「人間」の盗賊ではなく半魚人ギルマンだったら、瑠依でもパニックになる自信がある。そもそも半魚"人"は、人として対応した方が良いのだろうか。

 

「アレは魚で良いと思いますよ。鰭が手足っぽくなっている魚です」

「そもそも戦うようなら、俺達で対応するし」


 瑠依の思考が漏れたのか、リヴィウスとアゼルがフォローした。人の手足ではなく進化した鰭を持つのなら平気か、と少し心を落ち着かせた瑠依は、曖昧な笑顔で対応をお願いすることにした。魚はスーパー等に売られている姿か小学生の遠足で行った水族館くらいでしか生で見たことないので、さばける自信も無い。

 

「すみません、ありがとうございます。と、取り敢えず今は〈三ノ神殿〉を見ましょう!」


 建物の前を掃いていた神官らしい格好をした男性に挨拶し、礼拝堂の扉に手をかける。見た目は重そうだが、よく手入れされているのか扉はスムーズに開いた。


「うわぁ……!」


 光が降り注ぐ。天井に窓があり、そこから陽の光が礼拝堂内を照らしていた。祭壇の奥、湖側の壁には巨大なタペストリーが飾られていて、色とりどりな糸で山や海川、太陽や月、草原やそこに暮らす動物や人々が鮮やかに綴られていた。そしてその前に一人の女性の彫像がある。

 

「この方が女神様、ですか?」

「はい、この世界を創造したと云われる女神、それの形代です。後ろの織物は創世神話を描いていますね」


 採光窓のお陰で女神の形代やタペストリーを細部まで見ることができた。女神の形代もタペストリーも最初の〈三ノ神殿〉ができた頃からある、かなり古い物だという。だが欠けやくすみ、ほつれなどなど一つもない。毎日丁寧に掃除や手入れをされているのだろう。人々の信仰心を篤さを感じることができた。

 

「すごいですね……。何というか心が洗われます」


 初詣や捜査の解決祈願に行く神社か、両親の墓がある寺くらいしか普段行かない日本人的な瑠依でも、この光景には素直に感嘆する。何となく親しみが持てる顔つきの女神像に、瑠依は手を合わせてみた。

 

(取り敢えず、今のところ無事に良さそうな人達に保護してもらえました。ありがとうございます。あとは……坂岡さん達に連絡したいのと、藤森の行方が分かりたいのと)


 これまでの幸運の感謝と、これからできれば良いなぁと思っていることを瑠依が図々しくも心の中でお願いしていると、入り口の扉が大きな音を立てて開けられた。

 

「ここにいらっしゃいましたか! 旅のお方」


 振り返って見てみれば、質の良さそうな服を着た四十がらみの男性が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る