第4話 同じ日を繰り返している①
仮説だが、この同じ日を繰り返す超常現象を、桜坂さんも体験している可能性が浮上してきた。いや、それどころか俺のこのループ自体が、桜坂さんが起こしているのかもしれない。
──またやり直せばいいし
彼女は確かにそう言っていた。
やり直す。
それはつまり、同じ金曜日を繰り返すって意味じゃないか?
いずれにせよ、疑惑を確信に変えるため、今日は一旦寝よう。
アラームと共に目を覚まし、日付を確認する。
「……はぁ」
四度目の金曜日を迎え、俺は小さくため息を吐いていた。
いよいよ桜坂さんに、自由に日にちをループさせる能力がある可能性が高くなってきた。そして何らかの形で、その影響が俺に響いている。
しかし、そうだとして、俺に取れる選択肢は──
「このまま、何も知らない体を貫くしかない、か」
俺も時間をループしていることを、桜坂さんが知っているのか判明していない以上、不用意にコチラの情報は渡せないからな。
俺は、肩が重たくなるのを感じながら、学校に行く準備を進めた。
淡々と時間は過ぎていき、放課後を迎える。
昇降口にて下駄箱を開けた時だった。
俺のスニーカーの上に、それはあった。
俺は頬を斜めに引き攣らせつつ、中身を確認する。
『私の愛する結弦くんへ。
突然手紙を差し出す無礼をお許しください。回りくどいことを言うのは苦手なので、単刀直入に言います。私を彼女にしてください。
放課後、屋上で待っています。いつまでも待っています。桜坂明里』
二度目の金曜日の時と、同じだ。
全く変わらない筆質で、書かれてある。
前回の俺は、このラブレターを見て屋上へと足を運んだ。ここで、帰宅するのでは矛盾が生じる。
俺は覚悟を決めると、屋上へと向かった。
屋上の扉を開けると、心地よい風が吹き抜けてきた。
掃除の行き届いていない屋上、人の気配はほとんどなく、開放感がある。
昨今、屋上に入れる学校は少なくなっているらしいが、ウチの学校では解放されている。掃除が後回しにされがちなので、訪れる人は多くないが。
背の高い塀が四方を囲っており、間違っても落下しないよう整備が整っている。
これが、屋上を開放できている最たる理由だ。それでも、危険だから屋上には立ち入らせるなの声が保護者から来ているみたいが、今のところ閉鎖の噂はない。怪我人が出た話もないしな。
さて、だいぶ話がわき道に逸れたな。
ポケットに入ったラブレターを右手で掴みながら、歩を進めていく。
すると、俺の存在に気がついた桜坂さんがベンチから立ち上がる。くるりと振り返り、爽やかな笑顔をぶつけてきた。
彼女は、ポッと頬を赤らめ、小走りで俺の元へと駆け寄ってくる。
「えっと、君が桜坂さん?」
二度目の金曜日同様、まずは確認を取る。
「うん。そうだよ! 久しぶりだね。えへへ」
「どこかで会ったことあるのか?」
「あはは……何度聞いてもキツいな」
「え?」
「えっとね、私が七歳で、ゆーくんが八歳の時……学校は違うところに通ってたけど、よく近所の公園で遊んでたんだよ」
少し会話の内容に変化はあるものの、似た流れで会話が進んでいく。
「悪いな。昔から記憶力には自信がない」
「……そっか。まぁ覚えてないことを文句言っても仕方ないよね」
「そう言ってもらえると助かる。それで、この手紙の件なんだけど」
「あっ、うん! それ、私の気持ちだよ。私、ゆーくんのことずっと好きだった」
しかし、ここに来て、会話の流れに変化が生じる。
前は、このままラブレターの返事を求めてきていた。
桜坂さんは胸に手を置き、訥々と秘めた想いを告げてきた。
「この前ね、やっとコッチに戻ってくることが出来たの。それで、ゆーくんと同じ学校に転校してきたんだ」
「そ、そうなのか」
どうやって俺の学校を特定したのだろう……。
「うん。一緒のクラスがよかったけど、学年が違うと一緒になれないみたい」
「あ、あぁ……だろうな」
今更だけど、桜坂さん一年生だったらしい。
勝手に同学年だと思い込んでいた。桜坂さんは続ける。
「でもゆーくん、私のこと覚えてないんじゃ、彼女にしてって言っても無理だよね」
顎に手をやり、寂しそうに呟く桜坂さん。
どうやら、ここが告白を断るチャンスみたいだな。行動を起こそう。
「あぁ、悪いが、桜坂さんとは付き合えない。それに俺、好きな人がいるんだ」
「……うん、だよね。でもね、私、ゆーくんのこと大好き。この世界の誰よりも。世界で一番、ゆーくんを愛してる。ゆーくんの好きな人ってどんな人? 顔は可愛い系、それとも美人系かな。胸は大きいの? それとも小さいのかな? 写真見せてくれれば、私がその人に成り代わってあげる。性格も、全部全部ぜーんぶ、ゆーくんの希望に沿ったものに矯正するし、その人そのものになれって言うなら、最大限努力する。食事の好みや、服の好み、なんでもゆーくんの言うとおりにするよ。私が彼女じゃダメ? 本当になんでもする。嘘じゃないよ。私を殴りたければ好きなだけ殴っていいし、もしゆーくんに変な性癖があって、誰かに寝取られて欲しいっていうなら、寝取られてもいい。なんでも……なーんでも叶えてあげる。だから、私を彼女にしてよ」
桜坂さんは、俺の頬に両手を伸ばす。
瞳の奥を覗くように、ジーと、ジィッと見つめられる。
まばたきすら許してくれない。俺の心拍が、激しい速度で上昇していく。
「い、いや……な、なにを言って──」
「あ、でもね。浮気だけはダメ。ゆーくんの女は私だけ。私以外の女の子は、虫けらなの。ゆーくんにちょっかい出そうとする女は総じて塵芥、ゴミだよゴミ。あ、私は違うけどね。とにかくさ、私のこと、彼女にして?」
問いかけるような口ぶり。
けれど、そこに選択肢などなかった。『イエスorはい』を迫る、暴力的な威圧感。
それでも俺は……身を奮い立たせて、しっかりと、彼女の目を見つめて返事をした。
「ごめん……桜坂さんとは、付き合えない」
桜坂さんは瞳のハイライトを消すと、これまで聞いたことのない冷たい声をあげる。
「……私が、こんなに想ってるのに……何が不満なの?」
「不満とかじゃなくて……」
「あ、ゆーくんの好きな人って誰?」
「え? ……いや、それは」
「詳しく教えて。その人が、ゆーくんを惑わせてるんでしょ。その人が消えればゆーくんの気持ち、少しは私に傾いてくれるよね?」
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